■幸せのかけら / りゅーな■
■2003年10月26日(日) 日記。二年。幸せのかけら。

ここで日記を書き始めてから、今日で2年。
いつから書き始めたんだっけ? と、ふと思い立ってHDをあさってみて、驚いた。…今日で丁度2年。
本当の初日は、消しちゃってたのでここにはもうないけど。消しちゃったのでここでは1年ちょっとの分しか読むことは出来ないけど。
だけど… 2年。
ずっと書いてた。

2年。

そうだね、色々あった。日記つけてるとやっぱり思い出す切欠になってくれるから。
だけど、わからない。私は変われたから。本当に自分の書いたものなのか、今一つ実感がなくって。上手く、思い出せない。
ただ、辛かったことだけは思い出せる。痛かったことだけは思い出せる。実感のない、夢の中の出来事を思い出すような、薄い記憶だけど。
忘れてはいけないことなんだとは思う。だけど、忘れたい。だけど、忘れてしまっている自分が、少し、怖くて。 きっと日記を消さないのは、過去の私と今の私を、上手くつなげられなくなるのを恐れているから。せめて日記で繋げていたいんだろうね。


そう、もう上手く繋げられないけど。
そう、痛みばかりは、よく覚えてる。

苦しんで苦しんで、血を吐くような思いで紡いだ言葉を、ずっとここに書き綴ってきた。書かなきゃ、って思いだけで、ずっと書きつづけてきた。
私は生きている、思考している、腕があるからここに書きこむことが出来るんだ、って。
書いてて辛かった。痛くて仕方なかった。だけど私は生きたかったから書いてた。

私は私を見て欲しかった。

それが私が日記を書く理由だった。
私が生きてるって事を、誰かに知って欲しかった。誰かに覚えていて欲しかった。誰かに教えて欲しかった。
こんな風に考えて生きてる、あたしと言う存在を、知って欲しかった。
私は感情をこう言う場所で吐き出しつづけていないと生きていけない人間だったし。私はずっと何かを考えていて、だけどだからこそ自分を不確かに感じていて、考えを感情を、文字に、言葉に、直してどこかに記しておかないと、自分で自分の存在を忘れてしまいそうだったから。
だからずっと吐き出しつづけていた。じゃなきゃ自分で自分がますますわからなくなりそうで嫌だった。だから、痛くても、書いてた。
自己満足にしか過ぎなかったけど、だけど、書いてた。


助けてくれる人がいて、私は変われた。
もう血を吐くような思いでキーボードを叩かなくてもいい。苦しい感情を刻まなくてもいいのだと。
それでも書くのは、やっぱり、私は感情を吐き出す先が必要だからだろうか。
だけど、せめて幸せなことばかりを綴っていけるように。
幸せの欠片。失くしてしまう前に。拾い集めるようにして。うん、もっと探していける。


私の2年間。
2年。病気で泣いてた時間と同じくらいだな。
長かった、ね。


折角なのでシアワセノカケラ裏話。(笑)
この日記、最初は「スケイプ・ゴート」ってタイトルだった。…その頃から知ってる方いますか? 贖罪の山羊。食材でも良いけど(笑) なっつかしいねぇ。確かその日読んでた本が「エスケープ・ゴート」ってこの言葉のもじりだったとこからつけたんだったな。単純。
んでそのあと「壊れた私の惨めな心」ての挟んでから「幸せのかけら」になったですよ。
知ってる人どれだけいるかな。や、あの頃のことなんて、忘れてくれて構わないんだけど。

「幸せのかけら」はね… 幸せなんて目に見えないし、なかなか掴めないけど、ちっちゃな幸せなんて、気づかないだけであっちこっちに落ちてるんだよ。って意味。ささやかな、ちっちゃな幸せのこと。
そして、拾い集めて辿っていけば、おっきな幸せに辿りつけるかもしれないよ、って意味。
大切なことだけど、自分でも忘れがちだから。思い出せるように、大切に使ってる名前。

そう言えば書き始めたばっかりの頃、前サイトの頃のもの引き摺って、違う名前で書いてたような。名前が漢字だったりもしたねぇ。
なつかしいわ。思い出そうとすれば思い出せるものね。
2年も前で、どれもおぼろげなのに。
そうか、あたし、2年もここにいたんだ…
今更だけどね、なんか。しみじみ。


あ、その前に一年ちょっとくらいの間、サイトのほうで手作業でつけてたっけ。
あっちは嘘ばっかりだった。気持ちが嘘ばっかりだった。本音なんて何一つ書いてない。隠せるだけ隠して。可愛子ぶって。
だけど、書いてて辛くはなかったよ。楽しかった。
本音を隠すことしかしなかった頃と、全てを曝け出そうとする時の痛みを覚えてしまった今と、どちらがましだったんだろね。

…今は、もう、変われてるけど。

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