先日、鍵山秀三郎先生の講演で、喜びには3つあることを教えられました。
「もらう喜び、できる喜び、あたえる喜び」です。
今回の帰省で、少年時代の様々な思い出にふれることができました。
いつものことながら、思い出は嬉しいことよりはほろ苦さや苦痛を伴うことの方が多いものです。
過ぎてみると、ああすればよかったとか、こうすれば人を傷つけなくてすんだとか、出来事が起こった現場にいるせいか、かなり生々しく思い出します。
傷口をなめるように、そんな想いに浸っていると、ふと、傷つけたのは他人ではなく自分だったことに気がつきました。
記憶は思考や行動にその都度影響していきますから、知らないうちに自縄自縛の状態を作り上げます。時に見る悪夢はその吹き出し口なのかもしれません。
そんなことを考えていると、ハッと思い当たりました。
もし3つの喜びのうち、できる喜び、与える喜びの中にある今であったら、これまで苦い思い出と思っていたことはすべて、今をつくり出すために必要な出来事だったのです。
そう思うと自然に、人生はありがたいものだと、つくづく感じさせられました。
今のこの人生のために起こった一つ一つの出来事を、それでよかったのだと、先祖供養のように浄化できることがわかりました。
今をどう生きるかがいつも最重要課題です。
もらう人生なのか、できる人生なのか、与える人生なのか、意識しながら日々を送ることでしょうね。
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