この連休、北海道へ行っていました。
私の里で、法事をしてきました。
原発で少し知られている泊村に智竜寺というお寺があります。
大正時代、3人のニシン長者が当時のお金で一万二千円を寄付して建てたという、田舎には不釣り合いなほど、立派な伽藍です。至る所にすばらしい彫刻が目につきます。
ニシン御殿と共に、いわば伝説的なニシン景気をしのばせるものでした。
ニシンって何かですか?
よくスーパーで目にする魚ですよ。
私の故郷、岩内町はこのニシン漁と茅沼炭坑の石炭で栄えた町です。
うっすらと記憶に残っている幼い頃、春が来ると繁華街にはやん衆といわれる季節労働者が一攫千金を目当てにあふれていました。
歌舞伎や相撲、サーカスなどの興行で賑わっていました。
雪解け道をニシンではち切れそうになった荷馬車が何台も何台も行き来していました。
この頃、価値があったのはニシンの卵、カズノコです。
まるまると太って、焼きたてにジュッと生醤油をかけて食べると、何ともいえぬ美味しさと幸せ感が身体を包みます。
でも当時はカズノコを取った身は、ほとんど肥料に回されたのです。
残りは身欠きニシンという干物として保存されました。これがニシン漬けという、北海道ならではの漬け物で、どの家庭でも冬中食べる野菜として、樽や大きなカメにいくつもつけ込まれました。
もちろんカズノコはお正月になくてはならないものとして、日本全国で珍重されます。
このニシン漁の網元は今では想像もできないくらいお金持ちでした。そのお金の一部が、漁の安全を祈願するお寺への寄進だったのでしょう。
思いもかけず、懐かしいこどもの頃と出会いました。
帰りの札幌で、「ウタリ」という学生の頃よく通った炉端焼きで懐かしいニシン漬けとニシンの丸焼きをいただきました。嬉しい時間でした。
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