残暑というか、なかなか暑いです。
昨夜、柔整の講義がありました。
セルフエンパワーメントが主題でした。基本は自己受容にあるのですが、その先には自己解放と自己変容があります。
そのお話の取っ掛かりに、不自由な自分の認識が必要と、生徒さんたちに話しかけると、自分は安全の欲求タイプと認識しているB君が、「僕はすべて自由です」とポツっとつぶやきました。
すると次々と、不自由なんかしていない、という声があちこちから聞こえてきました。
自由の認識があまりないのがよくわかりました。
確かに、現在の日本では、行動や思考に対する目に見える束縛はほとんどありません。せいぜい家庭や職場、金銭の束縛くらいでしょう。それさえも深刻な束縛は感じないかもしれません。
そこで順番に、小さいころは家という安全と束縛が、さらには学校、職場、生活環境、結婚して家族ができる、病気、死という自分から自由を奪うさまざまなことがあるのではないかと問いました。
その一つ一つのエピソードにうなづきながら、だんだん乗ってきた彼らは、ついに「心の底から自由だと思うことは可能なのか?」という、本質的質問を出しました。
気づきの瞬間を感じるのは講義冥利と、嬉しくなりました。
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