井口健二のOn the Production
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2025年09月07日(日) ぼくらの居場所、次元を超える

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『ぼくらの居場所』“Scarborough”
カナダの作家キャサリン・エルナンデスが実体験に基づいて
執筆したとされるデビュー小説を自ら脚本化し、ドキュメン
タリー映画で実績を持つシャシャ・ナカイとリッチ・ウィリ
アムスンの監督コンビに託して描いたドラマ作品。
物語の舞台はカナダ・トロント東部に位置するスカボロー。
高級住宅地とは言えないその町には、DVを逃れてきた母子
やシェルターで暮らしている先住民の血を引く一家、両親に
諍いの絶えない家族などが暮らしている。
そんな暮らしの中でそれぞれの家族の子供たちにとっては、
イスラム系の女性ソーシャルワーカーが責任者を務める教育
センターが唯一の心の拠り所だったが…。貧困や様々な差別
や虐待などが彼らの前途を険しいものにして行く。

出演はリアム・ディアス、エッセンス・フォックス、アンナ
・クレア・ベイテル。さらにチェリッシュ・ヴァイオレット
・ブラッド、アリーヤ・カナニ他。出演者の多くは現地の在
住者で、中には演技未経験の人も含まれているそうだ。
そんな作品だが、カナダのアカデミー賞とされる2022年のカ
ナダ・スクリーン・アワードでは11部門にノミネートされ、
作品賞を始め、脚色賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞な
ど8冠に輝いている。
現代社会における最も厳しい側面を描いたと言える作品で、
特にそれを子供の立場から描くことでその厳しさを一層際立
たせている。しかもそれを平易に描くことで誰の目にも理解
し易く表現している。
これは監督らの出自が上手く嵌ったと言えるかも知れない。
正に観察することでその奥深さも見えてくる。それは海外評
の中に2024年6月紹介『至福のレストラン』などF・ワイズ
マン監督の名前が挙がっていることでも納得できた。
つまりこの作品では、観客に無用な感情移入などを強いるこ
となく。冷静に事物を見せることで問題の所在を観客自身に
考えさせる。そんな手法が問題の重大を把握させ、より感動
を大きなものにさせる。そんなことを思わせる作品だ。
ただこの手法で全ての観客が自らの問題としてこの作品に対
峙できるかには懸念も生じるが。今やこの現実は地球に住む
人間が全て理解できる状況にあるとも言え、そんな現実が突
き付けられている感じもする作品だった。

公開は11月7日より、東京地区は新宿シネマカリテ、UPLINK
吉祥寺、渋谷の[シアター]イメージフォーラム(8日より)他
にて全国順次ロードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給会社カルチュアルライフの招待で試
写を観て投稿するものです。

『次元を超える』
2005年7月紹介『空中庭園』などの豊田利晃監督が窪塚洋介
と松田龍平を主演に据え、さらに千原ジュニアを加えた三つ
巴の呪術師の戦いを描いたファンタシー色の濃い作品。
最初の登場はジュニアが演じる阿闍梨。彼は山奥の修験堂で
怪しげな説法を行っている。そこには松田扮する暗殺者も来
ているが、エスカレートする阿闍梨の過激なパフォーマンス
にも動じることはないようだ。
そんな暗殺者は同行の女性から窪塚扮する修行者のの捜索を
依頼されており、やがて法螺貝の音に誘われるように暗殺者
は修行者と邂逅する。そして2人は次元を超えるめくるめく
旅へと突入するが…。

共演は、2023年12月紹介『青春ジャック 止められるか、俺
たちを2』などの芋生悠、2025年5月紹介『中山教頭の人生
テスト』などの渋川清彦。さらに東出昌大、板尾創路、祷キ
ララ、窪塚愛流、飯田団紅、マメ山田らが脇を固めている。
物語は2019年に発表された『狼煙が呼ぶ』に始まり、各年に
公開の「狼蘇山」という短編シリーズの集大成となるものの
ようで、登場人物の多くはシリーズにも関っているようだ。
でも初めて観ても理解に問題はなかった。
その物語はかなり哲学的な命題に根差しており、そのテーマ
は宇宙の果てのさらにその先はどうなのかというもの。この
テーマは劇中ではジュニアによって提示されるもので、表面
的には悪役の彼が映画を背負っているものだ。
そしてこのテーマは、実は1968年公開の『2001年宇宙の旅』
にも通底するもので、その観点で見ると本作には実に多くの
オマージュが描かれている。それは例えば宇宙服のデザイン
や彼が歩く通路の情景。
さらには1968年作でも有名なstar gate corridorへのオマー
ジュと思われるシーンでは、CGIを駆使してもしかすると
クラークとクーブリックは本当はこれが描きたかったのでは
ないかと思わせる映像まで登場する。
他にも法螺貝を落としてそれを拾うシーンなどは、1968年作
でのボーマンが食器を落とすシーンを髣髴させる。つまりこ
の作品は豊田監督による『2001年宇宙の旅』への回答の様に
も思えてきた。
その伝で言うと窪塚と松田はボーマンとプール、ジュニアは
HAL 9000なのかな。因に宇宙船の造形も突飛だが、1968年作
のディスカバリー号の造型にもいろいろ解釈はあったもの。
ただしここは1974年の『フレッシュ・ゴードン』かな?
『2001年宇宙の旅』へのオマージュと思う作品は2014年11月
紹介『インターステラー』などいろいろ指摘してきたが、本
作はその中でもクーブリックに寄せた作品として僕は評価し
たいと思う。実に楽しめる作品だった。

公開は10月17日より、東京地区は渋谷のユーロスペース他に
て全国順次ロードショウとなる。
なおこの紹介文は、配給会社スターサンズの招待で試写を観
て投稿するものです。


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井口健二