井口健二のOn the Production
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2018年07月01日(日) 教誨師(タリーと私の秘密の時間、バンクシーを盗んだ男、追想、19歳の肖像、詩季織々、マイナス21℃、ディヴァイン・D、祈り)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『教誨師』
2018年2月に急逝した俳優の大杉漣が主演と共に初エグゼク
ティヴ・プロデューサーも務め、2009年12月紹介『ランニン
グ・オン・エンプティ』などの佐向大の脚本・監督で、死刑
囚にキリスト教の教えを説く牧師の姿を描いた作品。
巻頭では死刑囚に対する様々な規定などが紹介され、その中
で親族の他に主人公のような宗教関係者が面会出来ることが
明示される。そして映画は、拘置所内の一室で刑務官の立ち
会いの許、死刑囚と向き合う主人公が描かれて行く。
その主人公が相対するのは、暴力団の元組長という男や、世
間に拗ねてしまっているような男。またホームレス風の男。
さらに浪速のおばちゃん風の女性まで、様々な連中との面接
が続いて行く。
その中にはいつ刑を執行されるか判らない恐怖からか、妄想
を抱き始めているような人物も登場する。そんな連中をなだ
めたり、時には声を荒げたりもしながら宗教心を目覚めさせ
ようとする主人公が描かれて行く。
それと同時に、主人公がその仕事を始めるに至った自身の事
情も描かれ、そこには少しファンタスティックな味付けもな
される。その一方で、現実的な死刑の執行の手順なども紹介
される。

共演は、古舘寛治、光石研、烏丸せつこ。さらに舞台演出家
でもある玉置玲央。マーティン・スコセッシ監督の「沈黙−
サイレンス−」にも出演の五頭岳夫。佐向監督のデビュー作
に出演の小川登らが様々なキャラクターの死刑囚を演じる。
題名からは、最後に死刑囚が改心するような感動的な物語を
想像したが、脚本も手掛けた佐向監督はそのような生半可な
作品は指向せず、ある意味死刑制度そのものに向き合うよう
な作品をかなりドライな演出で描いている。
その制作態度は上記の『ランニング…』の紹介文を読み返し
ても、その頃から全く変っていないようだ。その才能を大杉
が見い出し、自らのプロデュースで本作を実現させたものだ
が、この顔合わせが1作で終ってしまうことも残念だ。
なお大杉は生前、熱烈な徳島ヴォルティスのサポーターであ
ったことでも知られるが、本作ではそこかしこにサッカーネ
タが振られていることも嬉しくなった。これは2017年12月紹
介『ホペイロの憂鬱』の脚本も手掛けた佐向監督のお蔭でも
あるかもしれないが、改めて大杉氏の冥福を祈りたくもなる
ものだった。

公開は10月6日より、東京は有楽町スバル座他にて全国順次
ロードショウとなる。

この週は他に
『タリーと私の秘密の時間』“Tully”
(2007年『JUNO』の脚本でオスカー受賞のディアブロ・
コーディと、監督賞の候補になったジェイスン・ライトマン
が、2012年2月紹介『ヤング≒アダルト』のシャーリズ・セ
ロンを再び主演に迎えた、かなり不思議な感覚のある作品。
主人公は仕事に家事に育児に完璧主義と揶揄されそうに働く
女性。しかし3人目が生まれ、過負荷状態となる。そこに夜
だけのベビーシッターとして若い女性がやって来る。彼女も
また全てを完璧にこなす女性だったが、さらに主人公の悩み
の相談相手としても優れていた。こうしていろいろな負担か
ら解放される主人公だったが、そこにはある秘密が隠されて
いた。この結末がいろいろ議論の的となる作品だが、僕はそ
の前の旧友との再会や、女性の自己紹介にもヒントがあるよ
うに感じた。共演は2017年10月紹介『ブレードランナー』な
どのマッケンジー・デイヴィス。公開は8月17日より、東京
はTOHOシネマズシャンテ他で全国順次ロードショウ。)

『バンクシーを盗んだ男』“The Man Who Stole Banksy”
(正体不明のグラフィティアーティストが、2005年と2007年
にヨルダン川西岸地区のパレスチナ側の分離壁に残した作品
について取材したドキュメンタリー。実は分離壁に描かれた
作品の一部がパレスチナ人には不評で、その壁面を切り出し
て持ち去った男がいる。それが本作の題名にもなっているも
のだが、映画ではグラフィティアートをイタリアの絵画修復
師が壁から分離して保存する手法なども紹介され、ストリー
ト芸術の全般に関るような作品にもなっている。ただ本作で
はそのいずれもが少し掘り下げが足りない感じで、全体的に
は物足りない感じもした。というかそれらがどれも僕には興
味深かったもので、それらの個々についてもう少し詳しく知
りたくもなったところだ。でもそれをやったら専門的過ぎて
つまらないのだろうな。まあ本作はヴァラエティ的には面白
いものだった。公開は8月4日より、東京はヒューマントラ
ストシネマ渋谷他で全国順次ロードショウ。)

『追想』“On Chesil Beach”
(2007年12月紹介『つぐない』でオスカー候補になったシア
ーシャ・ローナンが、再び同じ原作者イアン・マキューアン
のブッカー賞最終候補作に挑戦した作品。因に原作者は前作
に続いて本作でも製作総指揮を務めている。1960年代のイギ
リスを舞台に、新婚旅行で海辺のホテルにやって来た若いと
いうより、性に対して幼い男女の行き違いが描かれる。前作
でローナンが演じたのも幼さ故の過ちを犯す少女だったが、
本作でも彼女は幼さ故に陥穽に陥ってしまう。実は原作の発
表が2007年なので、これは前作の少女のその後なのかもしれ
ない。そして映画では過去の経緯などがフラッシュバックで
挿入され、さらにエピローグが描かれるのも前作に似た構成
になっている。共演は2017年12月17日題名紹介『ベロニカと
の記憶』などのビリー・ハウル。監督はテレビ出身で、本作
が映画デビューのドミニク・クック。公開は8月10日より、
東京はTOHOシネマズシャンテ他で全国順次ロードショウ。)

『夏、19歳の肖像』“夏天十九歳的肖像”
(2013年11月紹介『光にふれる』などのチャン・ロンジー監
督が、ミステリー作家・島田荘司の1985年発表同名原作を、
舞台を台湾に移して映画化。交通事故で入院中の若者が病室
から見掛けた隣家の邸宅に住む女性に一目惚れし、望遠鏡を
入手して観察を続けるが…。その眼前でとんでもない事件が
発生する。やがて退院した若者は友人らと女性の周辺を調べ
るが。出演は2017年6月4日題名紹介『レイルロード・タイ
ガー』などのホアン・ズータオ。共演は2013年にドルフ・ラ
ングレン主演のSFアドヴェンチャー“Legendary”に出演
のヤン・ツァイユー。他にジャ・ジャンクー監督のカンヌ映
画祭・脚本賞受賞作『罪の手ざわり』などのリー・モンらが
脇を固めている。映画の発端からはヒッチコックの名作『裏
窓』を想起するが、当然物語は別物。本作では特に青春ドラ
マの味付けが巧みだった。公開は8月25日より、東京はシネ
マート新宿他で全国順次ロードショウ。)

『詩季織々』
(『君の名は。』を手掛けたアニメーション制作会社コスミ
ック・ウェーブ・フィルムが、中国の会社と組んで制作した
「衣食住」を各テーマとする3作品からなるオムニバス。監
督は中国の易小星と日本の竹内良貴、それに企画者でもある
李豪凌。北京、広州、上海を舞台に風景は変わるけれど、普
遍の青春ドラマが展開される。先週ピクサーアニメーション
を観た後で本作を観ると、世界で評価される日本のアニメー
ションの実力が理解できる。見方を変えると実写でもできる
とも思えるが、アニメーションのオブラートが観客の心に沁
みる感性を生み出している。そんなことに改めて気付かせて
くれる作品だった。特に「食」がテーマの最初の作品「陽だ
まりの朝食」は、登場するビーフンが日本の感覚とはちょっ
と違っているのだけれど、逆に印象に残った。他は「小さな
ファッションショー」と「上海恋」。公開は8月4日より、
東京はテアトル新宿他で3週間限定ロードショウ。)

『マイナス21℃』“6 Below: Miracle on the Mountain”
(スノーボードで遊覧滑走中に立ち入り禁止区域に侵入し、
軽微な装備で8日間、極寒の山中を彷徨い生還した元アイス
ホッケー選手の実話に基づくサヴァイヴァルを描いた作品。
主人公は禁止区域の看板を見ながらそこに入って行くが、そ
こでは天候によりホワイトアウトが生じるなど、想像以上の
危険が待ち構えていた。しかも携帯電話は圏外、さらに狼の
群れも現れる。そんな中で雪洞を掘ったり、水分摂取はビニ
ール袋に入れた雪を体温で溶かすなど、基本に忠実な行動が
彼の命を救う。とは言えこれは壮絶さでは究極だ。出演は、
2018年2月11日題名紹介『Oh Lucy!』などのジョシュ・ハー
トネット、2008年5月紹介『帰らない日々』などのミラ・ソ
ルヴィノ。それに2015年『ゾンビーワールドへようこそ』な
どのセーラ・デュモント。監督は2014年『ニード・フォー・
スピード』などのスコット・ウォー。公開は7月21日より、
東京は新宿シネマカリテ他で全国順次ロードショウ。)

『ディヴァイン・ディーバ』“Divinas Divas”
(1960年代、軍事政権下のブラジルでドラァグクイーンカル
チャーの黎明期を支えた人々の姿を描くドキュメンタリー。
独裁体制下では当然のように迫害される性的マイノリティた
ちが、女装により芸能の才を発揮させることで自らの生きる
道を見つけて行く。そんな彼らがデビュー50周年を記念して
再結集しライヴを敢行する。作品は久々のパフォーマンスに
悪戦苦闘するクイーンらの練習風景と、60年代の貴重な記録
映像によって綴られる。監督は、60年代から彼らに活動の場
を与え続けたナイトクラブのオーナーの孫娘で、女優として
も活躍するレアンドラ・レアル。幼少期に舞台の袖から観て
きたクイーンたちへのリスペクトを込めて描かれた作品だ。
映画に登場するパフォーマンス自体は、いわゆるキャバレー
芸程度で大したものではないが、彼らの生き様には見るべき
ものがある。公開は9月1日より、東京はヒューマントラス
トシネマ渋谷他で全国順次ロードショウ。)

『祈り』“ვედრება/Мольба”
(1967年、ジョージアがソビエト連邦の構成国だった時代に
同国の名匠テンギズ・アブラゼ監督によって作られた作品。
因に原題はフィルム上ではロシア語だが、母国のジョージア
語も表記しておく。物語は19世紀ジョージアの国民的作家ヴ
ァジャ・プシャベラの叙事詩を基に、ジョージア北東部の山
岳地帯に暮らすキリスト教徒とイスラム教徒の因縁の対決を
描く。そして敵味方を超えた人間の尊厳と寛容が描かれる。
映像はモノクロームで、内容は難解な作品だが、日本文化を
好み1994年に他界した監督は生前に日本人なら理解できると
思っていたようだ。確かに作品には初期の黒沢作品や小津作
品を思わせる味わいもある。その本作は製作から51年を経て
日本初公開となる。なお僕は都合により本作しか観ていない
が、上映は「祈り」3部作とされる1976年の『希望の樹』、
1987年の『懺悔』と同時に行われる。公開は8月4日より、
東京は岩波ホール他にて全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。
なおこの週は他に2作品を観ているが、諸般の事情により、
紹介は次週以降に行うことにする。


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