井口健二のOn the Production
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2018年06月17日(日) ワンダーランド北朝鮮、私の人生なのに(7号室、悲しみに、ポップ・アイ、ラ・チャナ、バッド・G、オーケストラ・C、スターリンの葬送)

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『ワンダーランド北朝鮮』
       “Meine Brüder und Schwestern im Norden”
韓国・釜山出身の女性監督チョ・ソンヒョンが、母国籍では
入国できない近くて遠い隣国・北朝鮮を知るため、ドイツの
パスポートを取得し取材したドキュメンタリー。
作品を観たのが、正に米朝首脳会談の行われた日で、これか
らはどうなるのかな(?)という気持ちでも観ていた。2018年
6月3日題名紹介『北朝鮮をロックした日』を観てから間な
しでもあったし、いろいろな意味でコントロールされた作品
を観るのも興味深かったものだ。
宣伝チラシにも「プロパガンダか?」というコピーがあった
が、この状況下での取材でそれ以外を期待するのはなかなか
難しい。特に農村部の様子などは、正にソビエト連邦時代の
コルホーズ、ソホーズの紹介映像を思い出すもので、これが
共産主義だという感じもした。
ただし、堆肥の活用や太陽光発電の利用など、意外とエコロ
ジーなのは面白かったところで、この辺は日本の農協などと
は違う一面も見せてくれる。何故そうなったのかの経緯など
が不明なのは残念だが、これが資本主義と社会主義の違いな
のだろうか。
因にこの農村のシーンでは、糞尿などのメタンガスで炊飯す
るという話も登場するが、あの程度の設備で本当にガスが集
められるのかには疑問を感じた。正直、韓国映画などで描か
れる貧困の農村部とはかなり違うもので、どちらが真実なの
かは判らないところだ。
一方、都市部の様子に関しては、このページでは過去にヤン
・ヨンヒ監督の『ディア・ピョンヤン』(2006年7月紹介ド
キュメンタリー)、『愛しきソナ』(2011年2月紹介ドキュ
メンタリー)、『かぞくのくに』(2012年7月紹介ドラマ)
を観てきているが、それらの作品との差異は感じられた。
ただ純粋培養的な若者の姿は、『愛しきソナ』で描かれた姪
の姿にも重なるもので、そのうそ寒さみたいなものは本作で
も充分に伝わった。ソナが大きくなってもこんななのだろう
な、とは思わされたものだ。その中で語られるソウルに眠る
祖父への想いは本作の眼目かも知れない。
なお、後半の縫製工場のシーンで、「HIKARI」という
日本風の名前の付いたミシンが、ずらりと並んでいる様子が
登場するが。ネットで調べたら中国の会社の製品だそうで、
日本から不正輸出が行われたものではないようだ。まあ日本
では需要もなさそうだが。

米朝首脳会談の結果で、今後の北朝鮮がどのような方向に進
むのか、原状では全く不明だが。本作は正に北朝鮮が見せた
い自国の姿を描いているもので、僕らがいろいろ考える上で
のヒントにはなりそうな作品だ。
公開は6月30日より、東京は渋谷シアター・イメージフォー
ラム他で全国順次ロードショウとなる。

『私の人生なのに』
新体操の日本代表を目指しながらも脊髄損傷で下半身麻痺と
いう悲劇に見舞われた女性を、K-POP「KARA」の元メンバー
知英の主演で描いたドラマ作品。
主人公は体育大学の新体操部所属で、次期オリンピックの日
本代表にも選出されようとしていた女性。ところが1人で練
習中に突然の腹痛に見舞われ、失神して気が付いたのは病院
の病床。しかも彼女の下半身は完全に麻痺していた。
病名は脊髄梗塞。疾患による血流の障害で脊髄が虚血性壊死
し、発症部位から下の機能が麻痺して回復は不能というもの
だった。それでも学業には復帰する主人公だったが、両親や
周囲の人の励ましも素直には受け入れられない。
そんなある日、彼女は通学の駅に向かう川縁の道で、幼馴染
だった若者に出逢う。2人は高校の学園祭で一緒に歌い盛り
上がった仲だったが、若者の突然の引っ越しで以後は音信不
通だった。その若者は彼女に一緒に歌おうと誘い掛ける。
その誘いにすぐには乗れない主人公だったが…。

共演は、2015年『仮面ライダードライブ』や2017年10月29日
題名紹介『HiGH&LOW』などの稲葉友。他に2018年1月21日題
名紹介『ROKUROKU』などの落合モトキ、2017年10月紹介『花
筐』などの根岸季衣らが脇を固めている。
脚本と監督は、2015年根岸季衣出演の『Drawing Days』や、
2016年知英主演の『全員、片想い』などの原桂之介。
日本代表を目指すアスリートが脊髄損傷の悲劇から立ち直る
話では、2009年1月に『パラレル』を紹介しているが、実話
に基づく同作に対して本作はフィクション。しかも原作は、
2017年12月紹介『レオン』(主演・知英)などの清智英原案
によるライトノヴェルだから、内容は知れる。
とは言え、2009年作はスポーツtoスポーツの転身で、どちら
かと言うとスポ根ものに近い内容だったから、それに比べる
と本作はいろいろドラマティックだったりはする。それは観
る方も気楽であったりもするし、それなりの面白さも生じる
ものだ。
また、映画の後半には知英の歌声も聞けて、ファンには嬉し
い作品と言えそうだ。
因に東京パラリンピック2020の実施種目に新体操は含まれて
いないようで、映画の鑑賞中にそういう道はないのかと考え
ていた僕にはちょっと意外だった。車椅子による競技ダンス
は2024年のパリ五輪を目指すという話を聞いており、オリン
ピックの華とも言われる体操競技が全く無視されているのは
意外だったものだ。

公開は7月14日より、東京は新宿バルト9他で全国ロードシ
ョウとなる。

この週は他に
『7号室』“7호실”
(店舗の売却を目論むレンタルDVD店の店主が、事故で死
んだ従業員の死体を隠そうとするブラックコメディ。自分が
子供の頃に観た舞台中継で、大衆食堂に来た客が料理を注文
した直後に急死し、その事実を隠そうとする料理人らが右往
左往するという内容のものがあり、観た当時にもひどい話だ
なあと思った記憶があるが、本作もそれに通じる。ただし本
作ではそこに薬物の密売などが絡み複雑になってはいるが。
人間の本性は何時まで経っても変わらないということなのだ
ろう。脚本と監督は、2013年“10 Minutes”(英語題名)と
いう作品で釜山国際映画祭の観客賞などを受賞しているイ・
ヨンスンの第2作。出演は、2018年1月21日題名紹介『悪女
AKUJO』などのシン・ハギュンと、2017年3月5日題名紹介
『あの日、兄貴が灯した光』などのアイドルグループEXO
のディオ。公開は8月4日より、東京はシネマート新宿他で
全国順次ロードショウ。)

『悲しみに、こんにちは』“Estiu 1993”
(本作でゴヤ賞新人監督賞などを受賞した女性監督カルラ・
シモンの自伝的デビュー作。巻頭で幼い少女が祖母から引き
離され、都会の家から田舎の親戚の家に引き取られる。その
家には彼女より幼い娘がいた。こうして馴れない田舎暮らし
に放り込まれた少女は、周囲との軋轢の中で何とか居場所を
見つけようとするが…。最初は不明な少女の境遇が徐々に明
らかにされ、その中で少女が状況を受け入れるまでの葛藤が
描かれる。苛めなどがある訳ではないが、ちょっとしたこと
が少女の立場を悪くする。しかもそこには少女の心に秘めた
思いもある訳で、そんな微妙な物語が丁寧な演出の中で描か
れて行く。出演は共に新人のライア・アルティガスとパウラ
・ロブレス。スペイン・カタルーニャの田園を背景に、僕は
1952年の『禁じられた遊び』を少し思い出したかな。そんな
悲しみに満ちた物語が展開される。公開は7月下旬、東京は
渋谷ユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『ポップ・アイ』“Pop Aye”
(2017年東京国際映画祭「アジアの未来」部門で上映された
が、僕は見逃していた作品。タイが舞台の中年男性と象によ
るロードムーヴィ。建築家の主人公は業績もあるが、後進の
ため席を譲らざるを得ない。そんな時、バンコクの町角で見
付けたのは、彼が幼い頃に一緒に育った象だった。そして思
わずその象を買ってしまうが、妻には理解されず、止む無く
彼は象と共に故郷を目指すことになる。ところがヒッチハイ
クしたトラックは見知らぬ場所で彼らを置き去りにし、さら
に象の勝手な移動を禁止する法律によって警察も動き出す。
それでも何とか故郷に向って進んで行くが…。脚本と監督は
本作が長編デビューのカーステン・タン。出演は、タイでは
音楽家として著名なタネート・ワラークンヌクロ。時間軸の
前後が多少判り難いが、本作は2017年のサンダンス映画祭で
脚本賞受賞など、喝采されたそうだ。公開は8月より、東京
は渋谷ユーロスペース他で全国順次ロードショウ。)

『ラ・チャナ』“La Chana”
(本名アントニア・サンティアゴ・アマドール。1946年生ま
れ。バルセロナの貧困層出身で14歳から踊り始め、若くして
才能を開花。1960年代には世界ツアーなども行い、欧州映画
に出演してハリウッドにも招かれたが、そのキャリアの絶頂
期に表舞台から姿を消す。そんな伝説的フラメンコ・ダンサ
ーの姿を追ったドキュメンタリー。彼女の行動の裏には封建
的なヒターノ(男性)社会の影があるようだが、本作ではそ
の辺を深くは追及しない。それよりも現在の屈託なく踊る彼
女の姿が中心に描かれている。それは若い頃に編み出した激
しく足を踏み鳴らすもので、現在は膝を悪くして椅子に座っ
たままでのパフォーマンスだが、その迫力には正しく圧倒さ
れた。試写会場では、上映中に届いたという本人からのメッ
セージも披露され、日本公演も行ったことのあるダンサーの
思いが伝わってきた。公開は7月21日より、東京はヒューマン
トラストシネマ有楽町他で全国順次ロードショウ。)

『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』“ฉลาดเกมส์โกง”
(アメリカ留学を目指してアジア全域で行われる学力試験、
その合格を目論む大カンニング作戦を描いた、中国での実話
に基づくとされるタイ映画。主人公は学力優秀な女子高生。
しかし貧困層の彼女は金持ちの同級生にカンニングを許した
ことから、同級生の友人も含めたカンニングビジネスに巻き
込まれる。一方、彼女はやはり貧困層の男子と学内のトップ
争いを続け、アメリカ留学に近づくが、学内から選ばれるの
は1人だけだった。そんな中で金持ちの子女たちに留学の道
を開く作戦が始まり、それは予想外に大規模になって行く。
どこまでが実話か知らないが、かなり奇想天外な作戦の実行
がスリルとサスペンスで描かれる。脚本と監督は主に短編を
手掛けてきたナタウット・プーンピリヤ。主演のモデル出身
チュティモン・ジョンジャルーンスックジンのクールビュー
ティ振りも注目の作品だ。公開は9月22日より、東京は新宿
武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)

『オーケストラ・クラス』“La mélodie”
(プロの演奏家が、それまで音楽に触れる機会のなかった子
供たちに演奏を教えるというフランスに実在する教育プログ
ラムからヒントを得たとされる作品。主人公は演奏活動に行
き詰まっているヴァイオリニスト。彼はアルジェリアからの
移住者の子供が多く通う小学校に赴任し、連合音楽会に出演
できるレヴェルまで彼らを指導することを求められるが…。
才能を見せる生徒や落ち着きのない生徒など、様々な子供た
ちが事件を引き起こす。物語は俳優でもあるギィ・ローラン
のアイデアに基づくとされるが、僕は観始めてすぐに2016年
6月26日題名紹介『ストリート・オーケストラ』を思い出し
た。それも実話に基づく作品だったが、ファヴェーラが舞台
の過激なブラジル作品に比べると、本作の方が多少身近に感
じるかな。この程度なら日本でも共感を呼べそうだ。脚本と
監督はこちらも俳優出身のラシド・ハミ。公開は8月18日よ
り、東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)

『スターリンの葬送狂騒曲』“The Death of Stalin”
(スティーヴ・ブシェミがフルシチョフに扮するソビエト連
邦・最高指導者の突然の死を巡るドタバタを描いたブラック
コメディ。大粛清によって人々に恐怖を与え続けた指導者が
突然の死去。その死体を囲むマレンコフら政府要人たちは、
体制維持と自らの保身を賭けて様々な手を打って行くが…。
特にマレンコフとフルシチョフの主導権争いが熾烈になる。
マレンコフ役には2016年12月25日題名紹介『ザ・コンサルタ
ント』などのジェフリー・タンバー。他に、2017年12月紹介
『ロープ』などのオルガ・キュリレンコらが脇を固める。原
作はフランスのコミックスの映画化。2017年トロント国際映
画祭でプレミア上映されたが、ロシアでは上映禁止処分にな
っているそうだ。なお、スターリンの生地が全編英語の台詞
ではジョージアと発音されていたが、字幕は「グルジア」。
これは当時の状況からは正しく良い字幕だ。公開は8月3日
より、東京は新宿武蔵野館他で全国順次ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二