井口健二のOn the Production
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2016年03月27日(日) 手をつないでかえろうよ シャングリラの向こうで、シリア・モナムール

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『手をつないでかえろうよ シャングリラの向こうで』
昨年5月に急逝した2006年6月紹介『THE WINDS OF GOD』な
どの今井雅之が、その前作を踏まえて創作したという今井の
遺作となった作品。
主人公は軽度の知的障害を持つ男性。彼は車を運転している
が、その運転は高速道路には乗らずUターンもしないという
慎重なものだ。そんな彼の車に女性が援助を求める。
その女性はある目的から伊勢神宮を目指していた。そして本
来なら数時間で着くその道のりが、彼の運転では2日掛ると
告げられる。しかしそれでも良いと彼女は乗車する。
こうして2人の旅が始まるが、その行程では天の橋立に立ち
寄るなど、いろいろな出来事が繋がって行く。それに並行し
て順調ではなかった男性の人生が描かれて行く。

主演は、今井の舞台仲間だったという川平慈英。共演に俳優
石田純一の長女のすみれと、2015年河崎実監督の『アウター
マン』でスクリーンデビューした七海。
また2016年1月紹介『珍遊記』などの板尾創路、2014年9月
紹介『風邪』などの勝矢、2014年1月紹介『魔女の宅急便』
などのLiLiCoらが脇を固めている。
さらに吉田敦、藤田朋子、別所哲也らがゲスト出演。監督は
今井の盟友であり『THE WINDS OF GOD』の1995年オリジナル
版を手掛けた奈良橋陽子が担当した。
2006年6月紹介の『THE WINDS OF GOD』はその紹介文を読ん
で貰えば判るように評価に戸惑った作品だ。それは今井が元
自衛官という経歴もあって、判断ができなかった。
しかしその作品でも、主人公の1人が軽度の知的障害という
設定だったようで、その辺に今井の思うところはあったよう
だ。そして本作は正にそこを描いている。
そこには障害や人種などの差別に対する思いがあって、さら
にそこから派生する争いや闘いへの思いが今井の創作意欲で
あったのかもしれない。
ただそこに『THE WINDS OF GOD』では軍隊を登場させ、本作
でもヤクザ=暴力団を登場させてしまう辺りが、僕にはどう
しても距離を置いてしまうところではある。
とは言え本作では川平の演じる知的障害者の存在が大きく、
それは『THE WINDS OF GOD』とは比べるもなく明確に今井の
思いを伝えている。
それが副題の「シャングリラ」という言葉にも集約されてい
るのだろう。

公開は5月28日より、東京はお台場シネマメディアージュ他
で、全国順次ロードショウとなる。

『シリア・モナムール』“ماء الفضّة”
シリア出身で、過去にはドラマ作品による映画祭での受賞歴
なども持ち、現在はパリに在住の映画監督オサーマ・モハン
メドが、祖国から発信されるYouTubeやFacebookなどの映像
を基に描いたドキュメンタリー作品。
以前に発表した作品により祖国を追われ、亡命生活を余儀な
くされている監督は、2011年から続くシリアの内戦に対して
も、焦燥感と無力感の中でネットにアップロードされる映像
などを収集することしかできなかった。
その日々の中で彼は、祖国のシネマクラブで知り合った若者
のことを思い出す。『ヒロシマ・モナムール』について語り
合ったその若者も、志の道の半ばで戦乱に巻き込まれ尊い命
を落としたのだ。
そんな監督が戦乱の街ホムスに暮らすクルド人の女性シマブ
からのメッセージを受け取る。そして映像の撮り方も知らな
かったシマブはパリにいるオサーマの耳や目となり、シリア
の現実をカメラに収めて行くことになる。
本作の主な舞台となるホムスは、2015年7月紹介『それでも
僕は帰る/シリア/若者たちが求め続けたふるさと』でも描
かれており、その状況などは先に理解していた。とは言えそ
の過酷な状況は、ホムスだけに限られたものではない。
そんなアラブの国の現状が痛切に感じられる作品になってい
る。しかし一方で本作は、それらが極めて誌的とも呼べる構
成で綴られたもので、その落差のような感覚が僕にはある種
の驚きでもあった。
それは写し出される映像の激しさ、過酷さなど言葉に尽くせ
ない衝撃ともあいまったもので、それが誌的な構成との落差
によってより大きく表現されている。この不思議な感覚が本
作の価値と言える。
そしてそれが世界に向けて見事に発信されている。
それにしてもこの極限状態の中で、予想以上に多くの子供た
ちが暮らしているという事実にも驚かされた。そこには小学
校まで存在する。『それでも僕は帰る』のときにはそれなり
に若者の心情は理解できたのだが…。
因に『ヒロシマ・モナムール』は1959年アラン・レネ監督の
『二十四時間の情事』のこと。SF映画ファン的にはタイム
トラヴェルの要素もあるとされる作品だが、本作にはレネへ
のオマージュも感じられた。

公開は6月より、東京は渋谷シアター・イメージフォーラム
ほかでの全国順次ロードショウが予定されている。

この週は他に
『少女椿』
『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』
         “Batman v Superman: Dawn of Justice”
『セトウツミ』
『オオカミ少女と黒王子』
『ふたりの桃源郷』
『嫌な女』
『ノック・ノック』“Knock Knock”
『サブイボマスク』
『カルテル・ランド』“Cartel Land”
『スティーヴ・マックィーンその男とル・マン』
         “Steve McQueen: The Man & Le Mans”
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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