井口健二のOn the Production
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2015年10月04日(日) ムーン・ウォーカーズ、さようなら

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ムーン・ウォーカーズ』“Moonwalkers”
1969年7月20日の「アポロ11号による月面到着」がフェイク
だとする都市伝説に基づいて作られたコメディ作品。
時は1969年7月、1961年5月25日に故ケネディ大統領が発表
した「1960年代の終わりまでに人類を月面に到達」させると
する施政方針に基づき立案されたアポロ計画は、月面着陸の
最終局面を迎えていた。
ところが関係者の中から成功を危ぶむ声が上がり始め、急遽
失敗した場合の代替処置が検討される。その結論は月面から
生中継される映像を捏造するというもの。そしてその監督に
前年『2001年宇宙の旅』を発表したスタンリー・クーブリッ
クの名前が挙がる。
一方イギリスでは、一向に人気の上がらないロックバンドの
マネージャーが、クーブリック監督とも親交のある従兄弟の
プロダクション社長に援助を求めていた。ところが社長室に
押し掛けた彼はそこで思わぬ儲け話にぶつかる。
それは巨費を投じて監督にSF映画を依頼するというもの。
しかも社長と間違われた主人公は、監督に風貌の似た友人を
偽者に仕立て上げ、その資金を横取りする計画を立てるのだ
が…。それは途轍もなく危険な賭けだった。

出演は2013年7月紹介『パシフィック・リム』などのロン・
パールマンと、『ハリー・ポッター』シリーズや2003年8月
紹介『サンダーパンツ』などのルパート・グリント。他には
主にイギリスのテレビ俳優が脇を固めているようだ。
原案と監督は、2007年2月紹介『恋愛睡眠のすすめ』などの
ミシェル・ゴンドリー監督らが参加する制作会社パルチザン
に所属し、CMで数多くの受賞も果たしているアントワーヌ
・バルドー=シャケ。本作が長編デビュー作だ。
都市伝説とクーブリックの関係に関しては、昨年1月に日本
公開された『ROOM237』でも言及されていたものだが、すべ
ての事象をユダヤ人のホロコーストに結び付ける作品では、
その内容もうさん臭く感じられたものだ。
とは言えそのような都市伝説が伝わっていることは事実な訳
で、それに基づく本作にも観るまでは懐疑的な気分は拭えな
かった。しかし観終えての感想は、これはクーブリックへの
リスペクトに溢れた作品だった。
大体、クーブリック本人が登場しないところから本作が都市
伝説と一線を画したものであることは明らかだが、さらに本
作では、1972年『時計じかけのオレンジ』から1999年『アイ
ズ ワイド シャット』までの作品へのオマージュも満載で、
これは正しく監督へのリスペクトなのだ。
それは観ているだけで感動してしまうほどの心温まるオマー
ジュになっていた。しかも描かれる2作品がともに本作の時
点より後の作品というのも何とも言えない気分にさせられる
ものだった。

公開は11月14日より、全国ロードショウが予定されている。
因に本作の台詞でKubrickの発音は、アメリカ側ではクーブ
リック、イギリスに渡るとキューブリックのように聴こえた
が、そういうことなのかな? 僕自身の記憶では、1970年に
来日した時のイギリス出身アーサー・C・クラークの発言で
はクーブリックと聞こえたと思ったのだが。


『さようなら』
人間とアンドロイドが共演することで話題の平田オリザ原作
舞台劇を、2011年7月紹介『東京人間喜劇』などの深田晃司
監督が映画化した作品。
物語の背景は、日本各地の原発が次々に崩壊し、放射能汚染
によって日本中に避難勧告が出されている状況。人々は行政
による避難の順番を待っているが、その中で異邦人の主人公
には後回しにされている感が拭えない。
そんな主人公は病弱でほぼ家に籠っているが、その主人公に
は介護用のアンドロイドが付き添っていた。しかし脚部が故
障したアンドロイドに修理を呼ぶこともできず、アンドロイ
ドは車椅子で仕事を続けている。
そして終末の時が迫る中、1人の人間と1体のアンドロイド
による生活が静かに描かれて行く。

主演は、深田監督の2010年作『歓待』に出演し、平田オリザ
演出によるオリジナルの舞台でも同じ役を演じていたという
ブライアリー・ロングと、アンドロイドのジェミノイドF。
他に、2012年8月紹介『莫逆家族』などの新井浩文、舞台女
優の村田牧子、2015年3月紹介『忘れないと誓ったぼくがい
た』などの村上虹郎、『東京人間喜劇』にも出演の木引優子
らが脇を固めている。
さらに2006年12月紹介『パリ、ジュテーム』などのジェロー
ム・キルシャーと、2004年12月紹介『エレニの旅』の続編の
『エレニの帰還』などのイレーヌ・ジャコブがゲスト出演。
因に2人は、平田オリザ演出『アンドロイド版変身』に出演
していたそうだ。
登場するアンドロイドは人間が操縦しているのでSFで言う
アンドロイドからは程遠いが、生身の人でないものが演技を
していることは間違いない。そのアンドロイドは大阪大学の
石黒浩教授の制作によるもので、テレビのヴァラエティ番組
に出ているものと同種のようだ。
2012年7月紹介『演劇1』『演劇2』の印象で平田オリザの
演出はアドリブを許さず、演技のタイミングも秒以下の単位
でコントロールしているもののようだが、そんな平田の指向
にアンドロイドは最適なのかもしれない。
しかしテレビのヴァラエティ番組で石黒教授はアンドロイド
の可能性についても幾多の検証を行っており、その2つの方
向の交わる先には、いろいろ面白いものが生み出されそうな
予感もするものだ。

なお本作は、10月22日開催「第28回東京国際映画祭」のコン
ペティションに選出されており、深田監督には『歓待』での
「ある視点部門」作品賞以来の受賞が期待される。
公開は11月21日より、東京は新宿武蔵野館他で、全国ロード
ショウが予定されている。


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井口健二