井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2014年09月21日(日) ヲ乃ガワ、茜色クラリネット

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ヲ乃ガワ』
山形県米沢市にある小野川温泉が製作した長編劇映画作品。
因に試写状にはスチームパンクSFと書かれていた。
物語の背景は、2033年に地球規模の災害が発生し人類がほぼ
滅亡して1000年後の未来。旧日本の小野川温泉があった場所
には大災害を生き延びた人々の末裔が僅かながら暮らしてい
た。そしてそのコミュニティは「ヲ乃ガワ」王国と称し、そ
の国は絶対権力を持つ国王が支配していた。
その国王が定める国法の根幹は、1000年より以前の旧世界に
関る調査を禁止すること。そして子供たちには国王の業績を
崇める教育が徹底され、それらを監視する「監視局」が強権
を持って人々を統制していた。そんな統治が1000年も続き、
人々は貧しいが安定した社会を築いていた。
しかしそんな社会に疑問を持つ者はいた。それは主に考古学
者で、彼らは遺跡からの発掘物を解析して旧世界の真の姿を
探ろうとしていた。そして主人公は、亡き父の遺志を継いで
違法な発掘を続けている少女。そんな彼女が見付けた電子機
器が社会に新たな局面を招来する。

脚本と監督は、2003年発表の『グシャノビンヅメ』がモント
リオール・ファンタジア映画祭で受賞を果たすなどしている
山口ヒロキ。主演は、2009年8月紹介『携帯彼氏』などに出
ている前田希美。共演に戦隊シリーズの劇場版などに出てい
る及川奈央。
他に今年1月紹介『魔女の宅急便』などの志賀廣太郎、侏儒
役者のマメ山田、『るろうに剣心』などの深水元基、2013年
12月紹介『ゼウスの法廷』などの川本淳市。さらに『グシャ
ノビンヅメ』にも出演の漆崎敬介らが脇を固めている。
登場する国王の姿が毎回異なるものになっているなど、映画
の端々にはいろいろな仕掛けが施されている。それらの因果
関係は、SF映画を観馴れている者にはある程度予測できる
ものだが、それなりの見識は理解できた。
その他にも、この種のユートピア(ディストピア)物にあり
がちなある設定が、最後に重大な意味を持っているなど…。
先の受賞作も未来社会を背景にした物だったようだが、この
手の物語はお得意のようで、本作もしっかりした世界観で作
られていた。
それに試写状に添えられたスチームパンクという言葉が、な
るほどこれならと納得できたものだ。

地元での先行上映はすでに行われたようだが、一般向けには
11月1日から、東京は渋谷のシアター・イメージフォーラム
を皮切りに全国順次公開される。

『茜色クラリネット』
北海道札幌市で6年間も続いているという中学生向けの映画
ワークショップが製作、ワークショップで学んだ高校1年生
の少女が監督した上映時間81分のファンタシー作品。
主人公は、札幌市の一角で屯田兵の歴史を持つコトニの中学
に通う3年生の女子。夏休みになりそろそろ進学先の進路を
決めなくてはいけない時期だが、彼女自身は自分の将来の夢
が決まっていない。
そんな主人公が、親友が店番をしている古書店で「夢の中に
入れる」本に遭遇する。そしてその本に書かれた手順を実行
してみると…。主人公と親友は、場所はコトニだが人影のな
い不思議な街を歩いていた。
そんな夢の中で主人公たちは助けを求める少女の声を聞く。
それはその場所で交通事故に遭い昏睡状態が続く幼馴染みの
ものだった。こうして幼馴染みの窮状を知った主人公たちは
彼女を救うことを決意。
これに、最近コトニで異変が起きていると主張する新聞部の
男子や、夢を失ったまま大人になってしまった「大人病」の
大人たちが絡んで、コトニの街を襲う最大の危機との闘いが
開始される。

監督は、ワークショップで中学の3年間学んだという坂本優
乃(1997年生まれ、撮影時高校1年生)。すでに中学時に脚本
監督した短編作品が受賞も果たしているとのことで、今回は
ワークショップ初の長編作品に抜擢された。
脚本は一般公募された島崎友樹という男性のものだが、監督
はその改稿も行ったとのことで、今どきの女子中学生の言い
回しや、元々ファンタシーが好きという監督の感性が作品の
各所に磨きを掛けているようだ。
主演は、監督の前作にも出演したという佐藤楓子と佐藤莉奈
(共に1999年生まれ)。その周囲を劇団系や舞台演出も務める
大人の俳優たちがしっかりと支えて、見事なアンサンブルを
繰り広げている。
映画の巻頭では躍動する演出で活気に溢れた街の風景が描写
され、そこから一転して静謐な夢の世界に入って行く。その
切り替えが見事で、正しく夢に入ったという感覚が伝わって
きた。これが高校生の作品かと括目したものだ。
また物語には、夢と現実の多層化という複雑な構成があり、
さらにそこに監督自身の映画に掛ける想いや現実社会の状況
なども重なって、一歩間違えば混乱の極みになるような作品
だが、10代の監督が見事にそれを処理していた。

僕が観た初回の試写会では、上映後に監督も登壇のティーチ
インがあって、そこでの発言によると編集や画質の調整など
には大人のプロの手も入っているとのこと。しかし基本は監
督の意見な訳で、この才能は期待したい。
それにしても、登壇した現在高校2年生の監督は受け答えも
しっかりとして正に才媛という感じ。将来は三谷幸喜のよう
なコメディも書いてみたいと話していたが、ファンタシーの
路線も忘れずに夢を実現して欲しいものだ。
地元での公開はすでに行われたようだが、東京では11月1日
から14日まで、渋谷のユーロスペースにて2週間限定のモー
ニングショウが行われる。以後は全国のミニシアターで順次
公開となるようだ。
また海外の映画祭での上映も決定しているようで、それに向
けたファンドの支援が呼びかけられている。ファンディング
の期間が10月23日までで、映画を観ない内の支援は難しいか
もしれないが、観た僕は少し支援したいと考えている。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二