井口健二のOn the Production
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2013年02月20日(水) コズモポリス、野蛮なやつら、ふたたびの加奈子、コドモ警察、食卓の肖像、フリア/よみがえり少女、孤独な天使たち、シュガーマン

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『コズモポリス』“Cosmopolis”
翻訳もされているアメリカの作家ドン・デリーロの原作を、
カナダ出身のデイヴィッド・クローネンバーグ監督が映画化
した作品。ノーベル文学賞候補には毎年のように挙げられて
いるという原作者だが、発表された原作が映画化されるのは
今回が初めてのようだ。
物語の主な舞台は、大型の乗用車(リムジン)の中。その車
内にはインターネットからトイレまで、生活に必要な全てが
揃っており、主人公はその車内で金融に関わる日々の業務も
行っている。そんな主人公は相場を先読みする天分を持ち、
彼はそれで巨万の富を得ていた。
ところがある日、主人公は人民元の相場が読めないことに気
付き、自分が現実を知らないことに気付かされる。そして彼
はリムジンを街の反対側にある理髪店に向かわせるのだが、
その日の街には大統領の訪問が予定され、道筋は交通規制と
デモ隊でごった返していた。
という状況の中で、主人公の疎外感や絶望感が描かれ、破滅
に向かって行く姿が描かれる。

主演は『トワイライト・サーガ』などのロバート・パティン
スン、共演はジュリエット・ビノシェ、マチュー・アルマリ
ック、サマンサ・モートン、ポール・ジアマッティ。
さらに、昨年9月紹介『ドリームハウス』に出演のサラ・ガ
ドン、2011年10月紹介『リアル・スティール』などのケヴィ
ン・デュランド、そして2010年7月紹介『魔法使いの弟子』
などのジェイ・バルチェルらが脇を固めている。
台詞には、人民元に始まって前立腺非対称など通常使用され
ない言葉が飛び交うが、物語自体はクローネンバーグにして
は明確で、主人公の心情なども理解し易かった。因に脚色も
クローネンバーグが手掛けているが、物語も、台詞もほとん
どが原作の通りなのだそうだ。
一方、車中がオフィスというのは昨年5月紹介『リンカーン
弁護士』にも出てきた設定だが、本作のそれはさらに機能化
されたもので、この辺は原作者を含むアメリカ人の憧れなの
かな。
ただその反映でもある理髪店の椅子が、台詞ではcar chair
と言っていたのに、字幕は「車椅子」。これでは身障者用の
wheelchairと誤解されそうで、せめて「クルマ椅子」くらい
にしておいて欲しかったところだ。


『野蛮なやつら/SAVAGES』“Savages”
2007年11月紹介『ボビーZ』の原作者ドン・ウィンズロウが
2010年に発表した小説を、2009年4月紹介『ブッシュ』など
オリヴァ・ストーンの脚本(原作者及び製作総指揮のシェー
ン・サレルノとの共同)と監督で映画化した作品。
原作は、スティーヴン・キングが「セミオート版『明日に向
って撃て!』」と絶賛したものだそうで、アウトローの2人
の男性と、彼らに等しく愛される1人の女性を巡って、刹那
的な彼らの青春が描かれる。
その物語の中でアウトローの2人が行うのは「世界一の大麻
の栽培」。幼馴染だった2人は、一方は植物学者に、他方は
傭兵にと生き方を違えたが、その傭兵が戦地アフガニスタン
から持ち帰った大麻の種を植物学者が栽培し、最高級の大麻
を作り出したのだ。
その大麻は1500万人の顧客を持つビッグビジネスとなり、彼
らを大富豪にする。そしてその収益で植物学者はアフリカや
アジアに慈善団体を設立。一方の傭兵は今だに戦地を渡り歩
いていた。そんな2人がいつも帰り着くのは、本作の語り部
でもある女性の許だ。
しかしそんな彼らに暗雲が接近する。彼らのビジネスにメキ
シコの麻薬組織が提携を迫ってきたのだ。そこには殺し屋の
影もちらつく。そこで身の危険を感じた彼らは、ビジネスを
捨てて国外逃亡企てるのだが、非情な組織はそれも許しては
くれなかった。

出演は、1月紹介『アンナ・カレーニナ』にも出ていたアー
ロン・テイラー=ジョンスンと、昨年4月紹介『バトルシッ
プ』などのテイラー・キッチュ、そして2011年7月紹介『グ
リーン・ランタン』などのブレイク・ライブリー。
さらにベニチオ・デル・トロ、サルマ・ハエック、ジョン・
トラヴォルタ、エミール・ハーシュらが脇を固めている。
上映時間は2時間9分の作品だが、終始緊張感の連続でそれ
は映画の醍醐味を味あわせてくれる。しかもインターネット
なども駆使した展開もスマートで、正にエンターテインメン
トという感じがした。
南カリフォルニアからメキシコまでの砂漠やリゾート海岸な
ど景色もふんだんに登場し、その明るい雰囲気の中で凶悪な
犯罪や醜悪な人間模様が描かれる。しかしその中にちょっと
救いが描かれているのも、魅力的な作品だった。


『桜、ふたたびの加奈子』
2時間ドラマなどに多く作品を提供しているミステリー作家
の新津きよみが、2000年にハルキ・ホラー文庫から発表した
原作を、2010年『飯と乙女』でモスクワ国際映画祭・最優秀
アジア映画賞を受賞した栗村実監督が映画化した作品。
小学校の入学式の日にふとしたことで我が子を失ってしまっ
た女性が、その死を直視できずに我が子の影を追い求め、知
り合った女性が生んだ子供を我が子の生まれ変わりと信じ込
んでしまう姿を描いて行く。
それは夫にも理解されず、周囲の人々の理解も得られないの
だが、彼女は少しずつその証拠を見出して行く。果たしてそ
の赤ん坊は本当に我が子の生まれ変わりなのか。そしてその
確証を得るため、彼女はある行動に出るが…。
これに私生児を生んだ女子高校生の話や、その生徒を見守る
教師の話などが絡んで、生まれ変わりを信じる女性の数奇な
物語が展開されて行く。

出演は広末涼子、稲垣吾郎。この2人が子供を失った夫婦を
演じ、さらに2009年2月紹介『GOEMON』などの福田麻由子、
ジャニーズJr.の高田翔、吉岡麻由子、江波杏子らが脇を固
めている。
実は試写の前に少し内容を知ってしまって、見るからにお涙
頂戴になりそうな設定には、個人的に多少観るのをためらう
気持ちも生じる作品だった。しかし観終わっての感想で言う
と、あまりベタベタと感傷的に描くことはせず、むしろファ
ンタシーとして的確に捉えられた作品と言えそうだ。
それは最近の日本の小説にありがちな、多少あざといくらい
にテーマを積み重ねて、これでもかという感じで観客に迫っ
てくる物語ではある。しかしそれを映像化に当っては脚本も
手掛けた監督が巧みにいなして、見事に落ち着きを持った作
品に仕上げていた。その感性は評価したい。
また、いつ何が起きるのだという緊張感を孕んだ前半の描き
方や桜の花びらを使ったシーンの巧さ、さらに水面に浮かぶ
落ち葉などで時間経過を描く演出も、定番の手法とは言いな
がらも最近の日本映画ではなかなか味わえない映画らしさを
感じさせた。

因に栗村監督は、日本の大学を出た後に渡米し、ハリウッド
にあるカレッジの映画学科を修了したそうで、そんな感覚が
本作にも反映されているのかもしれない。また俯瞰シーンの
撮影には、ハリウッドからそのためのスタッフを呼んだりし
ているそうだ。

『コドモ警察』
TBS系列の深夜ドラマ枠で2012年4月−6月に放送された
パロディ刑事ドラマの映画版。
横浜を舞台に、世界征服を目論む犯罪組織を追う神奈川県警
大黒警察署特殊捜査課の刑事たちの活躍を描く。と言っても
この刑事たちは、犯罪組織の罠に嵌って吸わされた特殊ガス
により子供の姿とさせられており、その子供の姿と大人の刑
事としての活動とのギャップがパロディと描かれている。
そして今回の事件は、犯罪組織「レッドヴィーナス」を名告
る凶悪事件が相次ぐ一方で、その事件の有様が組織の犯行に
そぐわないと判断した特殊捜査課と本庁との確執。さらに来
日した某国大統領の警護を巡る対立などが描かれ、組織を追
い詰めて行く刑事たちの活躍が描かれる。
とは言うものの、主役を演じるのは元々が子役たちだから、
派手なアクションなどができる訳もなく、お話も甘いところ
だらけという作品だ。それにパロディの部分も設定を活かし
切っているとは言い難く、脚本をちゃんと練ればもっと良い
作品が生まれるのではないかという気持ちも生じる。
しかし本作に期待されるのは、そのような高いレヴェルでは
なく、恐らくは健気な子役たちに感じる癒しであり、絶対に
殺伐としたものにはならないであろうという安心感だと考え
られる。従って本作は、テレビ版を完璧に踏襲しなくてはな
らない宿命を持つものなのだ。
その点において本作は、充分にその目的を果たしているし、
それはテレビの視聴者を映画館に呼び寄せる目的には応えて
いるものと言える。まあそれ以上でもそれ以下でもない作品
ではあるが…。

出演は、鈴木福、勝地涼、本田望結、鏑木海智、青木勁都、
秋元黎、相澤侑我、竜跳がシリーズと変わらず特殊捜査課の
メムバーとして登場。またマリウス葉、吉瀬美智子が本庁の
刑事らを演じている。
さらに映画版のゲストとして北乃きい、宍戸開、小野寺昭、
山本裕典、指原莉乃、佐藤二朗、ムロツヨシ、柳原可奈子ら
が出演。脚本と監督は、シリーズも手掛けている2009年8月
紹介『大洗にも星はふるなり』などの福田雄一が担当した。
鈴木福のデカ長役は『太陽にほえろ!』の石原裕次郎を髣髴
とさせるし、本田望結の女刑事役もニヤリとさせられるほど
巧みに演じられている。それに対する大人の俳優たちの演技
が、却って子供っぽく見えるのも面白いところだ。


『食卓の肖像』
1968年に起きた「カネミ油症事件」。その事件の現在に至る
経緯を追ったドキュメンタリー。
1968年というと僕は技術系の大学を目指して受験勉強をして
いた頃で、こういう事件には関心はあったはずだ。それで実
際に事件のことは憶えてもいるのだが、その後の経緯につい
てはとんと記憶がなかった。それは勿論、カネミ油と聞いて
油症事件を思い出す程度の記憶はあったが。
それが今回このドキュメンタリーを観させて貰って、その後
の経緯が何故ここまで関心を呼ばなかったのか、その背景に
も疑問を感じざるを得ない状況を知ることになった。
映画の冒頭には当時の新聞の切り抜きが提示され、事件後の
保健所の統計で被害者の数が14000人を超えていたことが明
らかにされる。ところが現在、事件の被害者と認定されてい
る患者の人数は2000人足らずだという。その理由は一体何な
のか?
しかも、油症の原因がPCBとダイオキシンの複合であり、
当時すでにダイオキシンの危険性やその影響が判明していた
にも拘らず、その後の患者認定がなされないばかりでなく、
認定患者の子供が明らかにその影響による障害を持っていて
も、その被害者認定は行われていないようだ。
その理由は一体何なのか?
作品は、そんな油症被害者の姿を、2000年から10年に亙って
追いかけたもので、作品の中では敢えて企業責任の追求など
はせずに、現在の油症被害者の置かれている状況や、そこに
至った経緯などが描かれている。そして現在もその後遺症に
苦しめられている実態が報告される。

監督は、早稲田大学シネマ研究会の出身で、企業のPR映画
の製作などに携わっていたという金子サトシ。
金子は2000年に油症被害者の現状を知り、現在はカネミ油症
被害者支援センター運営委員を務めながら本作を自主制作。
その作品が2011年キネマ旬報ベストテン文化映画の第10位に
選出され、今回の一般公開に漕ぎ着けている。
因に本作は、2010年8月に東京で最初の上映が行われたが、
2012年8月になって国会では「カネミ油症患者に関する施策
の総合的推進に関する法律」が可決、成立されており、本作
が世に問うた事に対しては反響があったようだ。
しかし事件はそれで決着するものではなく、真に被害者の救
済が実行されたのかなど、今後にも問題は山積のはず。そこ
は是非とも本作の続編で報告をしてもらいたいものだ。


『フリア/よみがえり少女』“Dictado”
昨年3月紹介[●REC]シリーズや2008年9月紹介『永遠
のこどもたち』など、常に鮮烈な衝撃を提供してくれるスパ
ニッシュ・ホラーの最新作。
主人公は、妻と共に小学校に勤務する男性教師。しかし夫婦
はなかなか子供に恵まれず、今回も一時休職していた妻は現
場復帰の日を迎える。そんな2人が出勤した学校の入口で、
主人公は1人の中年男性に呼び止められる。
その男性は主人公が幼い頃に兄弟のように育った友人で、男
性は彼に7歳の娘に会ってくれと懇願する。しかし主人公に
は特別な思いがあるらしく、その願いは拒絶されてしまう。
そして帰宅した男性は…
その男性のニュースを見た主人公は妻と共に男性の家に向か
い、そこで1人の少女と出会う。そして愛くるしい少女の姿
に魅了された妻は、身寄りのない少女を引き取ることを主人
公に求めるが、それが主人公を恐怖に陥れて行く。
原題は「綴り方」の意味で、少女が何気なく歌う「綴り方の
歌」が、主人公が幼い頃に犯した重大な罪に対する決定的な
事実を伝えて行くことになる。その事実がフラッシュバック
によって徐々に明らかにされて行く。
スパニッシュ・ホラーの中には、1977年『ザ・チャイルド』
に始まる無垢な子供をテーマとする伝統的な流れがあるのだ
そうで、本作でも少女が行う何気ない仕草などが、主人公に
恐怖を与える展開が描かれている。
それが邦題にもなっている「よみがえり」現象を暗示して行
くものだが、本作においてはそれが超常的なものか否か、そ
の辺を微妙に描いているのも巧みなところで、敢えてスパニ
ッシュ・ホラーに一石を投じる作品とも言えそうだ。

出演は、2008年7月紹介『ボーダータウン・報道されない殺
人者』に出ていたというファン・ディエゴ・ボトと、2012年
2月紹介『私が、生きる肌』に出ていたというバルバラ・レ
ニー。そして少女役を本作で大抜擢されたマヒカ・ペレスが
演じている。
物語は、2011年に“Eva”というSF映画の脚本も手掛けて
いる劇作家セルジ・ベルベルの原案に基づくもので、本作は
その原案から、2011年1月紹介『悲しみのミルク』にベルリ
ン金熊賞をもたらした製作者のアントニオ・チャベリアスが
脚色、監督した。
上記の『桜、ふたたびの加奈子』に続けて「よみがえり」と
いうか、「生まれ変わり」がテーマの作品で、似たテーマが
続くのも不思議な感じがするものだ。


『孤独な天使たち』“Io e te”
1987年『ラストエンペラー』で米アカデミー賞の監督賞を含
む10部門を独占したイタリアの名匠ベルナルド・ベルトルッ
チ監督が、2003年『ドリーマーズ』の後に病魔に蝕まれ一時
は引退も考えたという状況から復帰した10年ぶりの作品。
主人公は15歳の少年。内向的で友達もいない少年には、学校
行事のスキー旅行が重荷になっている。しかし両親には期待
され、参加を表明した時には大喜びされてしまうのだが、彼
には密かに巡らした別の計画があった。
それは彼の住むアパルトマンの地下室で、普段は人の出入り
の全くない物置部屋に食料などを持込み、旅行期間の1週間
をそこに隠れ住むというもの。そして旅行費用に貰った金で
準備を整え、首尾よく隠れることに成功するのだが…
ネット三昧などで気楽に過ごし始めた物置部屋に闖入者が現
れる。それは父親が前妻との間に授かった義姉で、主人公の
母親との折り合いが悪く家出した女性。しかも彼女は麻薬に
犯され、それを抜くための禁断症状の最中だった。
こうして時々架かってくる母親の電話には巧みに応対して、
のんびり過ごすはずだった1週間は、突然の修羅場と化して
行くことに…。そんな社会の入口で逡巡する若者が第1歩を
踏み出す成長の姿が描かれる。
オスカー受賞作や1972年『ラストタンゴ・イン・パリ』など
で知られるベルトルッチ監督には、2003年作や1996年『魅せ
られて』のような若者を主人公にした系譜もあり、本作はそ
の系譜に載るもののようだ。
それにしても1941年生まれの監督が、実に瑞々しい作品を生
み出したものだが、しかもその中にはインターネットや携帯
電話なども駆使されており、若者にも取り付きやすい作品に
仕上げられているのはさすがという感じだった。

出演は、映画初出演のヤコポ・オルモ・アンティノーリと、
写真家としても認められているというテア・ファルコ。共に
オーディションで見出された2人が、見事に監督の期待に応
えている。
なおベルトルッチ作品では、1968年発表で日本では劇場未公
開のままソフト化もされていなかった『分身』“Partner.”
の公開も行われる。この作品はドストエフスキーの原作を映
画化したものだが、制作当時のヌーヴェルヴァーグの影響を
色濃く受けており、面白いものだった。
この他にも、1962年発表『殺し』“La commare secca”と、
1964年発表『革命前夜』“Prima della rivoluzione”の、
ディジタルリマスター版による再上映も行われるようだ。

『シュガーマン 奇跡に愛された男』
“Searching for Sugar Man”
サンダンス映画祭で観客賞と審査員特別賞をW受賞し、モス
クワ国際映画祭では最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞、
24日に発表される米アカデミー賞で長編ドキュメンタリー部
門の候補にも挙げられている作品。
1970年代に2枚のアルバムだけを残し、忽然と姿を消した幻
のシンガー=ロドリゲスを追った音楽ドキュメンタリー。
ロドリゲスはデトロイトの川沿いのバーで歌っているところ
を音楽プロデューサーに見出され、レコード会社と契約して
2枚のアルバムを発表する。しかしそのアルバムはアメリカ
国内では全く売れず、レコード会社からも契約を解除されて
しまう。
こうしてロドリゲスの姿はアメリカの音楽シーンから消えて
しまうのだが、彼の歌声は地球の裏側の南アフリカで流れ続
けていた。その経緯は定かではないが、南アでは3社のレコ
ード会社からアルバムが発売され、その総数は100万枚に達
していたとも言われている。
そんなロドリゲスだが、南アで発売されたレコードには写真
が1枚あるだけで経歴などの紹介はなく、南アのリスナーに
とってその歌手は謎の人物であった。そしてその歌手には、
ヒット曲が出ずにライヴも上手く行かず、その舞台上でピス
トル自殺したという都市伝説まで生まれてしまう。
しかし1990年代、1人のジャーナリストがロドリゲスの跡を
追い始める。それはまず印税の行方から調べるが、金の流れ
はあっという間に不明になってしまう。それでも軍隊時代に
ロドリゲスの代表曲に由来するあだ名を持った愛好家の男性
が、ある歌詞の中からヒントを見つけ出す。
こうして彼らは1歩1歩、ロドリゲスに近づいて行ったが…
その結末はまさに感動のシーンを生みだすことになる。
映画の題名にもなっている「シュガーマン」は麻薬売人を示
す淫語で、そこから判るようにロドリゲスの歌詞には反体制
的な表現が多い。それは映画の中でも「ボブ・ディランがソ
フトに聞こえる」とも表現される程だ。そんな歌は1970年代
のアメリカではもはや時代遅れだったかもしれない。
しかし反アパルトヘイトの運動が高まる南アは、まさにその
歌詞が歌い継がれる状況だったのだろう。僕自身、70年代は
昨日まで反戦歌を歌っていたフォークシンガーたちが、あっ
という間に歌謡曲歌手に変身する姿を見てきた者としては、
ここに描かれる物語には感動以上のものを感じてしまった。


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井口健二