井口健二のOn the Production
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2012年01月01日(日) シネマ歌舞伎・天守物語/海神別荘、マリリン・7日間の恋、ヘルプ・心がつなぐストーリー+年頭挨拶・ベスト10

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『シネマ歌舞伎・天守物語』
『シネマ歌舞伎・海神別荘』
坂東玉三郎演出・出演による泉鏡花原作の幻想譚の舞台がH
D撮影され、シネマ歌舞伎の第15弾、第16弾としてそれぞれ
1月21日及び2月18日から全国公開される。
まず『天守物語』の舞台は姫路白鷺城。登場するのはその最
上階に住まう異形のものたち。舞台は幕開けでその天守から
侍女たちが釣りをしているという異様な光景が登場し、しか
も釣っているのは魚ではなく草花、餌は朝露と紹介される。
そんな最初から怪しい物語で、前半では天守を訪れた猪苗代
の亀姫との宴などが描かれ、後半では「生者は訪れてはなら
ぬ」との禁を破って天守に赴かざるを得なかった若い侍との
交流が描かれる。

出演は、天守夫人に玉三郎、若い侍に市川海老蔵。他に中村
獅童、中村勘太郎らが脇を固めている。
後半の天守にやってきた若い侍が魑魅魍魎に追われるシーン
などは、解り易く幻想的で楽しめる。しかし僕が目を見張っ
たのは巻頭のシーン。侍女たちが舞台の縁に釣り糸を垂れて
次々に草花を釣り上げるという情景には、一気に物語に引き
摺り込まれる感じがした。

元々の鏡花が著わした戯曲は、と書きが詩のようで具体的に
は書かれておらず、玉三郎はそこから感じ取ったものを舞台
に描いたとのことだが、そんな幻想的なシーンが見事に表現
されていた。
そして『海神別荘』は、海底の宮殿に住む公子が地上の美女
を見初め、彼女を海底に迎えようとするお話。美女の親には
公子の遣いが金品や漁獲を渡してそれを了解させるが、貢ぎ
物のようにされた美女本人は地上への未練を残している。
そして海底にやってきた美女に、公子は海底の素晴らしさと
自分の思いを伝え、美女を説得しようとするのだが…。そん
な舞台が、美術に天野喜孝が起用され、さらに伴奏音楽には
ハープが使われるなど、通常の歌舞伎とはかなり異なる趣で
描かれる。

出演は、公子役に市川海老蔵、美女役に玉三郎。他に市川門
之助、市川猿弥らが脇を固めている。
なお、玉三郎はこの2作と『夜叉ヶ池』を合せて泉鏡花3部
作と称しているようだが、残念ながら『夜叉ヶ池』の舞台は
シネマ歌舞伎では上映されない。しかし今回は『高野聖』が
第17弾として公開が決定しており、その作品も後日紹介でき
る予定だ。
つまりSF/ファンタシーのファンにとっては、日本幻想文
学の先駆者でもある泉鏡花の作品が3本連続で公開されるも
のであり、これはファンならずとも見逃せない上映になりそ
うだ。
また、これらの作品の上映では巻頭に玉三郎による解説が付
けられており、作品への理解がより進むように配慮がされて
いる。その玉三郎の思いが伝わる解説も聞き物だ。

『マリリン・7日間の恋』“My Week with Marilyn”
1956年、マリリン・モンローが自ら製作も手掛けた『王子と
踊り子』の撮影のために訪れたイギリスでの出来事を描いた
コリン・クラーク原作の映画化。
英国王室とも関わりのある名家の出身だった当時23歳の主人
公コリンは、映画界に憧れてローレンス・オリヴィエのプロ
ダクションを訪れる。そこではアメリカからマリリン・モン
ローを迎える新作の準備に大童だった。
そこで機転を利かせたコリンはプロダクションに迎え入れら
れ、モンローのイギリスでの宿舎の手配などに手際の良い働
きを見せる。そしてモンローが新婚の夫アーサー・ミラーと
共にロンドン空港に降り立ち、映画製作が開始されるが…
映画では、伝統的な演劇スタイルを守ろうとするオリヴィエ
と、最新のメソッド・アクティングを実践しようするモンロ
ーとの対立や、夫ミラーの裏切りに悩むモンローの姿など、
セックス・シンボルと謳われた女優の真実の姿が描かれてい
る。

コリン・クラークは後にドキュメンタリーの監督としても成
功した人だそうだが、本作はそのクラークの回想録を基に制
作されている。そのモンローがスターと自分自身のギャップ
に悩んでいたのは知られるが、本作はその中で最も美しく儚
い物語と言えそうだ。
出演は、2011年1月紹介『ブルーバレンタイン』でオスカー
候補になったミシェル・ウィリアムズと2008年2月紹介『美
しすぎる母』などのエディ・レッドメイン。他にケネス・ブ
ラナー、ジュリア・オーモンド、トビー・ジョーンズ、デレ
ク・ジャコビ。
さらに『ハリー・ポッター』シリーズのエマ・ワトスン、ジ
ュディ・ディンチらが脇を固めている。因に出演者の表記で
は、主要キャストの後に、WITH ワトスン AND ディンチとな
っており、ワトスンはデーム女優と並ぶ特別扱いだった。
監督は本作が長編デビュー作となるサイモン・カーティス、
脚本は1999年のピーボディ賞受賞作『デビッド・コパーフィ
ールド』をカーティス監督と共に手掛けたエイドリアン・ホ
ッジス。
なお撮影は、『王子と踊り子』が実際に撮影されたパインウ
ッド・スタジオを始め、モンローらが宿泊したホテルや訪れ
たウィンザー城、イートン大学などで行われ、当時の撮影風
景も見事に再現されている。

『ヘルプ・心がつなぐストーリー』“The Help”
アメリカ南部を舞台に、人種差別の中でも逞しく生きる黒人
メイドたちの姿を描いたキャスリン・ストケット原作小説の
映画化。因に原作は、新人作家の作品でありながらNYタイ
ムズのベストセラーリストに103週間連続でランクインされ
たそうだ。
主人公のスキーターは、南部ミシシッピー州ジャクソンの生
れの白人女性。幼い頃は黒人メイドに育てられ、彼女のこと
を実の親のように慕っていた。そんな主人公は東部の大学に
進学し、作家を志望して出版社への就職を目指すが、果たせ
ず故郷の町に帰ってくる。
そして応募した出版社からの勧めもあって地元の新聞社に就
職した主人公は、家事コラムの担当に配属され、知人宅の家
事万端を担当する黒人メイドに執筆の協力を求める。しかし
そこで主人公は黒人メイドの置かれた悲惨な境遇を目の当り
にすることになる。
こうして元々が人種差別に反対だった主人公は黒人メイドた
ちの置かれた境遇を本にまとめることを決意し、東部の出版
社の後押しもあって取材を開始するのだが…。
映画の途中で時代を特定できる出来事があり、ああこの時代
にもアメリカではまだこんなことが行われていたのだ…とい
う思いにさせられた。それはちょうど僕らがアメリカ文化の
恩恵に浴していた時代であり、その陰で人種差別はまだ厳然
と行われていたのだ。

そんな思いにも捉らわれた作品だったが、映画は辛辣なユー
モアや暖かい人情味に溢れ、全米の興行成績では第2位の初
登場から翌週1位にランクアップし、3週間で1億ドルを突
破したというのも頷ける作品になっている。
出演は、主人公に2010年5月紹介『ゾンビランド』などのエ
マ・ストーン、彼女はこの後に“The Amazing Spider-Man”
のグウェン・ステイシー役が控えている。
他に、2008年12月紹介『ダウト』でオスカー候補のヴァイオ
ラ・デイヴィス、2009年3月紹介『路上のソリスト』などの
クタヴィア・スペンサーらがメイド役で共演。
さらに、2007年4月紹介『スパイダーマン3』でグウェン役
を演じたブライス・ダラス・ハワード、前回紹介『英雄の証
明』のジェシカ・チャスティン、シシー・スペイセク、メア
リー・スティーンバージェンらが脇を固めている。
また老メイド役のシシリー・タイソンは、映画にも登場する
昼ドラ“Guiding Light”に初めてレギュラー出演した黒人
女優だそうだ。
脚本と監督は、長編作品は2作目だがその前に撮った短編が
世界各地の映画祭で受賞しているというテイト・テイラー。
実は原作者と同郷(ジャクソン出身)のテイラーは、原作が
60社から出版を拒否されていた頃に原稿を読み、出版されな
くても映画化すると約束していたそうだ。
        *         *
 以上で昨年末までに試写で観た作品の紹介は終り。
 昨年は359本の試写を鑑賞し、さらにサンプルDVDでの鑑賞
が12本と3本の特別映像などがあり、それらの合計374本の中
から350本ほどを紹介させていただきました。
(残りは諸般の事情で紹介を割愛しました)。
 他に東京国際映画祭関連で鑑賞した作品が26本と、確認の
ため2回観た作品が40本、一般公開で観た作品など紹介の対
象としなかった作品が10本あり、その総計は450本でした。
(なお東京国際映画祭関連の報告は現在執筆中で、近日中に
掲載の予定です)
 それでは恒例・僕の個人的なベスト10を発表します。対象
は2011年度に日本国内で一般公開された作品で、例年通りベ
スト10は、外国映画とSF/ファンタシー映画のそれぞれに
ついて選出してあります。

 外国映画
1 ブラック・スワン(2011年1月紹介)
2 ソーシャル・ネットワーク(2010年10月紹介)
3 英国王のスピーチ(2011年1月紹介)
4 ゴーストライター(2011年7月紹介)
5 ウィンターズ・ボーン(2011年8月紹介)
6 神々と男たち(2011年1月紹介)
7 エッセンシャル・キリング(2011年5月紹介)
8 ツリー・オブ・ライフ(2011年6月紹介)
9 トゥルー・グリット(2011年1月紹介)
10 ブルーバレンタイン(2011年1月紹介)
 自分で言うのもなんだが、余り特色のないベスト10になっ
てしまった。1〜3位はアカデミー賞も賑わした作品だが、
僕的にはこの順位だった感じだ。当初は第2位の作品の方が
上位のつもりだったが、最終的に後まで残った衝撃度で逆転
させたものだ。アカデミー賞では3位の作品が作品賞だった
が、それは無いだろうというのがテレビ中継を観ている時の
感想だった。この点では珍しく中継の解説者と意見が一致し
たものだ。
 4〜7位の作品は一昨年の東京国際映画祭ワールドシネマ
でも上映されていたもので、それぞれ2回観ての素晴らしさ
を確認することができた。特に4位作品の物語及び映像の素
晴らしさ、5−6位作品のテーマの衝撃度、7位作品の映像
美は、ここ何年かの中でも出色の作品群だったと言える。
 8位の作品はその時の紹介文を読んでいただければ、僕が
選んだ理由は理解していただけると思う。
 9、10位は、僕自身が面白く観ることのできた作品を選ん
だ。特に10位の作品はベスト10を選ぶためにウェブで年度の
公開作品の一覧を観ていて真っ先に書き出したもので、その
時には自分でも理由はよく解からなかったが、自分の紹介文
を読み返して納得できた。正に僕の心の琴線に触れた作品と
言えるものだ。

 SF/ファンタシー映画
1 ミッション:8ミニッツ(2011年8月紹介)
2 モンスターズ/地球外生命体(2011年6月紹介)
3 世界侵略:ロサンゼルス決戦(2011年3月紹介)
4 モールス(2011年5月紹介)
5 エンジェル・ウォーズ(2011年4月紹介)
6 大木家のたのしい旅行(2011年3月紹介)
7 ランスフォーマー/DSM(2011年7月紹介)
8 インシディアス(2011年6月紹介)
9 ミスター・ノーバディ(2011年2月紹介)
10 コンテイジョン(2011年10月紹介)
番外 こちら葛飾区亀有公園前派出所(2011年7月紹介)
 1位に選んだ作品は、年間で最もSFマインドを感じさせ
た作品と言えるもので、この作品に関しては後でもう少し書
かせて貰いたい。
 2、3位には似た感じの作品が並んでしまったが、全てが
手造りという第2位の作品の衝撃度は抜群だった。逆に3位
の作品は典型的なハリウッド大作だが、余分のことを全く感
じさせないシンプルさがSF作品として評価できる感じがし
たものだ。
 4位はここに挙げることのできなかった前年度公開のオリ
ジナルと合わせての評価としたい。また5位はクリエーター
が思い切りやりたいことをやったという感じの作品で、トリ
ッキーな物語と共に楽しめた。
 6位は今回唯一の日本映画となったが、無理にハリウッド
に対抗するのではなく、分をわきまえて日本的ファンタシー
を作り上げている。そんな感じが好ましかったものだ。
 7位にはハリウッドのフランチャイズ作品を久し振りに選
んだ。マーヴェルとワーナーのアメコミヒーローは、2008年
の『ダークナイト』で止めを刺された感じがしたものだが、
本作は元々アメコミではないし、特に前半の物語の捻りが満
足できたものだ。
 8位は本格ホラー作品。4位も一応はジャンル作品だが、
こちらは本格として楽しめた。日本映画でも物真似が続出の
スプラッターにはかなり食傷気味になってきたところでの、
この作品の登場は嬉しかった。
 9位は、まともな芸術映画だったのかも知れないが、SF
として充分に楽しめた。特に火星旅行が正面から描かれてい
たのは嬉しい驚きだったとも言える。そんな思いで9位に選
んでみた。
 10位はありがちな話で、実は年明けの公開になるイギリス
映画『パーフェクト・センス』(2011年11月紹介)の方が似
たテーマでは捻りもあって楽しめたのだが、ここ何年かよく
似た映画が続いている中では、最もテーマを真正面から捉え
ているということで評価したいと思った。
 そして番外として日本映画を1本選んでおく。この作品は
SF/ファンタシーではないが、映画を彩るCGIやVFX
の使い方が巧みだったもので、このようなCGIでござい、
VFXでございの作品は、日本映画ではなかなか成功しない
が、この作品は気持ち良く観られた。
 なお、外国映画とSF/ファンタシー映画で作品が重なっ
ていないのは、出来るだけ多くの作品を紹介したいと考えた
ためで、作品に優劣があるということではないので、その点
をご了承ください。
 と言うとで、SF/ファンタシー映画の1位の作品につい
てもう少し書かせてもらう。なお以下はほとんどネタバレな
ので、映画を観ていない方は気を付けてください。

『ミッション:8ミニッツ』“Surce Code”
この作品について、一般にはパラレルワールドものと思って
いる人が多いようだが、僕はそうではないと考えている。
確かに物語の中ではシステムの説明として「パラレルワール
ドのようなもの」という台詞があり、観客もそうだと思い込
まされるが、実はシステムが働いている間はそうであったと
しても、最終的に主人公が行くのは過去の世界であり、彼が
行ったのは歴史の改変なのだ。
僕がそう考える根拠は、仮に主人公の最後の行動がパラレル
ワールドでの出来事だったとしたら、主人公は8分の経過後
に元の世界に戻されたはず。しかしそうならなかったのは元
の世界、つまりその時点でのパラレルワールドが存在してい
なかったからに他ならない。
これをさらに説明すると、主人公が当初行っているミッショ
ンは、確かにシステム内に構築されるパラレルワールドでの
行動だ。ただしこの時点では時間を遡っているのではなく、
単に各時点以降に過去が再構築された世界で行動しているに
過ぎない。
しかし最後に主人公が向かうのは正しく時間を遡った過去の
世界だ。ではこのような時間旅行がなぜ可能になったかと言
うと、これはジャック・フィニイの『ふりだしに戻る』や、
1980年の映画『ある日どこかで』に描かれた精神的なタイム
トラヴェルが発動したと考えられる。こうして主人公は最後
に実際に時間を遡り、過去を改変してしまうのだ。
因に『ある日どこかで』の設定は明確ではないが、『ふりだ
しに戻る』では過去が改変されたことになっている。
ということで僕はこの作品を歴史改変ものと考えるのだが、
これではもう一つ別の問題が生じてしまう。それは主人公が
過去で乗り移った先の元の人格がどうなっているかというこ
とだ。
それについて僕は、一時的に隠れているものと考える。つま
り元の人格にとっては、主人公が乗り移ってきた時点で直ち
にその目的は了解できたはずで、しかも強い意志で乗り移っ
てきた人格に対抗できる手段も無かったと思われる。従って
元の人格は隠れざるを得なかった。
しかし主人公が目的を達成した後では、その元の人格が頭を
もたげてくる可能性はありそうだ。そうなると2重人格のよ
うなことになるが、ここでは現在翻訳されている『ペリー・
ローダン』シリーズに登場する「コンセプト」の様な状態に
なるのではないかと考えられる。
それともう1点、映画の中で主人公は次のミッションを待つ
自分に対して「君ならできる」という言葉を残しているが、
もしかするとこれは主人公がそう思っているだけの誤りかも
知れない。
つまりこの時点で次のミッションを待っている身体は意識が
ないが、これがミッションのために覚醒したら、その時に彼
の意識はその身体に戻されてしまうかも知れないのだ。その
場合には、彼にはミッションの意味が理解されているから、
それなりに手際よく達成して、その際に希望すれば過去を改
変することもできる訳であるが、そんな使命を彼は本来の身
体が滅びるまで続けなくてはいけないのかも知れない。

そんなことを考えてみたのだが、このようなことをつらつら
考えさせてくれることも、本作をSF/ファンタシー映画の
ベスト10の1位として認める理由でもある訳だ。
        *         *
 なお以下は個人的なことですが。前回も報告したように、
年末に医者から安静を命じられ、症状はそれなりに改善はし
てきていますが、いまだに痛みは残っている状態です。この
ため年賀状なども思うようにできておりませんので、失礼さ
せていただいた方にはお詫び申し上げます。
 今後の予定としては、新年の試写会は1月6日からにして
おりますので、それまでには回復したいと思っております。

 こんな調子で続ける予定ですので、本年もよろしくお願い
致します。


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井口健二