| 2010年11月21日(日) |
デュー・デート、Gソシアリスム、デッド・クリフ、名前のない少年…、ヒアアフター、完全なる報復、ジーザスC、ビン・ラディンを探せ |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※ ※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※ ※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※ ※方は左クリックドラッグで反転してください。 ※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 『デュー・デート』“Due Date” 今年4月紹介『ハングオーバー!』のトッド・フィリップス 監督と、主演トリオの1人を演じていたザック・ガリフィア ナキスが、『アイアンマン』などのロバート・ダウニーJr. を相手役に迎えて描いたドタバタコメディ。 物語の発端はアトランタの飛行場。妻の初めての出産日が近 付き、出張先のアトランタから自宅のあるLA行きの飛行機 に乗ろうとした主人公に災厄が降りかかる。入り口で手荷物 を取り違えた男が原因でキャビン内のトラブルとなり、2人 とも飛行機を降ろされたのだ。 しかも、主人公のIDカードやクレジットカードの入った財 布を乗せたまま飛行機は離陸。こうなると全てがID優先の アメリカではレンタカーも借りられず全くのお手上げ。とこ ろがそこにトラブル相手の男性がレンタカーに乗って現れ、 LAまでの同行を提案する。 こうして2度と顔も見たくなかった男と3日間は掛かるLA までの道中が始まるが…。その男は俳優志望でハリウッドに 行く途中とのこと、しかし緑内障の治療と称して大麻は吸う は、犬は飼っているはで、道中はどんどんあらぬ方向に進ん でしまう。 果たして主人公は妻の出産に間に合うことができるのか… 最近は飛行機にも乗っていないので、日本の飛行場のセキュ リティがどうなっているか判らないが、アメリカなら恐らく こんなだろうという発端のトラブルから始まって、他のアメ リカ特有のシチュエーションも判りやすく、日本人にも存分 に笑える作品だった。 それはある意味アメリカの病巣とも言える部分で、『ハング オーバー!』もそうだったがこの手のアメリカ自虐コメディ は、脳天気ではないが日本人にも理解できるものだ。そんな アメリカを馬鹿にしながら笑える作品になっている。 出演は、上記2人の他に、2008年5月紹介『近距離恋愛』な どのミシェル・モナハン、今年2月紹介『ローラー・ガール ズ・ダイアリー』などのジュリエット・ルイス、さらにオス カー俳優のジェイミー・フォックスらが脇を固めている。 脚本は、テレビのアニメシリーズなどを数多く手掛けている アラン・R・コーエンとアラン・フリードランド。それに、 『近距離恋愛』のアダム・スレイキエルと監督が担当。 お馬鹿なお笑いの中に、人間味のあるほろりとさせる部分が バランス良く配置されているのも上手く感じられる脚本で、 それも日本人に受けそうなところだ。アメリカンコメディは 日本ではなかなか難しいが、この作品なら躊躇なくお勧めで きる。
『ゴダール・ソシアリスム』“Film socialisme” フランス・ヌーヴェル・ヴァーグの旗手とされて今年12月に 80歳を迎えるジャン・リュック・ゴダール監督による5年ぶ りの新作。 ゴダールの作品は、元々が僕のような凡人にはなかなか理解 し辛いところがあるもので、本作もその類の作品だ。 本作の物語は3部構成とされているが、その最初と最後は地 中海のクルーズ船を舞台にしたもの。そこではスペイン内戦 中の1936年頃に、当時のコミンテルンに託すためバルセロナ からモスクワへ輸送中に行方不明になったという大量の金貨 の謎が追求される。 そしてその間には、フランスの片田舎を舞台にした全く別の 物語が挿入されるものだが、ここでは地方選挙に子供が立候 補したことによる混乱が描かれている。それはマスコミが取 材に来たりの騒ぎになって行くが…。 ゴダールは最初は“Socialisme”という題名で本作の製作を 始めたが、途中でコミュニスムでもキャピタリスムでもよく なったとして原題を変えたそうだ。ただし本国では2つ単語 の間にゴダールを指すJLGを入れることが多いそうで、邦題 もそれに倣っているものだ。 それにしても、真ん中の物語はそれなりに政治的な意味も感 じられるが、両側の作品は何なのかな。金貨紛失の経緯から 言うとコミュニスム批判のようにも取れるが、そんな解釈を してしまってもいいものだろうか。 いずれにしても僕には物語が良く把握できなかったし、全体 としてそれがソシアリスムとどういう関係があるのかも判ら なかった。ただ映画では、画面オフから多数の音声が重ねら れていて、その台詞の内容が重要だったのかも知れないが、 それらの全部は追い切れなかった。 なお本作は、今年5月のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門 に招待上映されて、これがゴダール監督の最後の作品になる かも知れないとも言われたそうだが、その後のインタヴュー では“Adieu au langage”(言葉よ、さようなら)という作 品を自ら計画中とのことだ。 また、本作は東京地区では12月18日から日比谷のシャンテ・ シネにてロードショウ公開されるが、それに先立つ11月27日 から12月17日まで、同館では「ゴダール映画祭」と称して、 1959年『勝手にしやがれ』、1965年『気違いピエロ』を含む 長編8本と短編2本のゴダール作品が連続上映される。
『デッド・クリフ』“Vertige” フランス・ゴーモン社の製作によるクロアチアの山岳地帯を 舞台にしたサスペンス作品。休暇を利用してトレッキングに やってきた5人の男女が、立入禁止の警告を無視して断崖を 登り始めたことから恐怖に巻き込まれて行く。 基本的に、グループの中に同行カップルの女性の元カレがい るなど見え見えの設定が満載の作品で、観始めはそのいい加 減さにかなりげんなりしていた。しかし、フランスアルプス やピレネーで撮影されたという山岳地帯の風景の美しさがそ んな気持ちを洗い流してくれた。 しかもその美しい風景の中で繰り広げられるアクションを、 ほとんどVFX無しの出演者本人による実写で描いて行くか ら、そのサスペンスもかなりのもの。フリークライミングや ロープ1本の宙吊りなど、出演者の頑張りも相当なものだ。 さらに映画の中に登場する渓谷に架かるかなり長大な吊橋を 落下させるシーンなどには、こんなことを映画の撮影のため だけに準備してやったのかな。そうでなければできるはずも ないが…という気分にもさせられた。 ただまあその実写に比べると、人間が関わるサスペンスの方 はちょっと手緩い感じで、特に物語の設定の通りだとあの武 器の数々はどこで手に入れたのかとか、最初に主人公たちが 乗ってきた車は誰が取りに行くのかなど、気になる点も多い 作品だった。 出演は、2005年の主演作でセザール賞若手俳優賞にノミネー トされたというファニー・ヴァレット、2007年の同賞にノミ ネートされたジュリアン・リベロー、演技の傍ら脚本も執筆 するというラファエル・レントレット。 さらに2009年6月紹介『96時間』や、今年4月紹介『アデ ル』に出演していたというニコラス・ジロー、それに本作が デビュー作のモード・ワイラー。その中でリベローだけが撮 影前に登山歴10年だったそうだ。 脚本は、2009年3月に「フランス映画祭」の関連で紹介した 『ミュータント』のルイ=ポール・ドゥサンジェと、映画製 作スタッフのジョアンヌ・バーナード。監督は、フランスの テレビ局で人形劇による風刺番組などを手掛けて本作が長編 デビュー作のアベル・フェリー。 この監督が登山の愛好家だそうで、映画は脚本がその琴線に 触れて作られたもののようだ。
『名前のない少年、脚のない少女』 “Os Famosos e os Duendes da Morte” 昨年のロカルノ国際映画祭コンペティション部門に出品と、 今年のベルリン国際映画祭でも公式上映されたブラジルの新 星エズミール・フィーリョ監督による作品。 ブラジル南部のドイツ移民が多く住む町を舞台に、閉塞した 状況の中でインターネットだけが生き甲斐の少年と、恋人と 共に死のうとしたが死に切れず1人町に戻ってきた青年。そ してインターネット上にだけ生き続けているその恋人の奇妙 な三角関係が描かれる。 主人公となる少年はMr.Tambourine Manのハンドルネームで インターネット上に詩を発表している。そんな少年はボブ・ ディランに憧れ、いつか町を出て行きたいと思っているが、 母親と2人暮らしの生活などは閉塞感で一杯だ。 その少年はある日、インターネット上ではJingle Jangleと 名告る少女の画像を見付け、彼女のことを思いながら「名前 のない少年、脚のない少女」の詩を創作する。そして少年は 深夜の町で親友と煙草を吹かし酒を飲むが、閉塞感に変ると ころはない。 やがて学友の一家の母親が自殺。少年はさらに行き場のなさ を募らせて行く。そんな中で少年はジュリアンという1人の 青年と出会う。彼こそはJingle Jangleの恋人で、彼女と共 に自殺しようとしたが死に切れず、1人で町に戻ってきたの だった。 物語は、このジュリアン役で出演もしているイズマエル・カ ネッペレの原作小説に基づくもので、南部のドイツ移民の子 である原作者が自らの心情を描いたもののようだ。そしてそ の原作に共感した都会生まれの監督が、自ら南部の町に2カ 月間暮らしながら、原作者と共に作り上げたシナリオに基づ いて映画化が行われている。 また出演者には現地の人たちが登場しているが、その選考は インターネット上のフォトログなどを通じて行われ、400人 以上との面接の上で10人が選ばれ、さらに演技のレッスンな どをして撮影に臨んだそうだ。 こうして主演者のエンリケ・ラレーらが選ばれているものだ が、特にJingle Jangle役のトゥアネ・エジェルスは、実際 に彼女自身が撮影した画像などをインターネットにアップし ており、映画にもその画像が使用されているそうだ。 本来自殺行為が出てくる作品は好みではないが、本作の場合 は主のテーマではないし、どちらかと言うと批判的に扱われ ているから容認する。その自殺などに揺れる若者の心情が、 正にリリカルに表現された作品だった。 なお原題は、英語訳では‘The Famous Ones and the Dwarfs of the Death’となるようだ。
『ヒアアフター』“Hereafter” 2006年11月紹介『硫黄島からの手紙』以来のコラボレーショ ンとなるスティーヴン・スピルバーグ製作、クリント・イー ストウッド監督によるヒューマンドラマ。死後の世界を垣間 見てしまった人々の苦悩と希望が描かれる。 主人公の1人はフランス人の女性ジャーナリスト。出演する テレビ番組のディレクターと共にバリ島に来ていた彼女を津 波が襲う。そして九死に一生を得た彼女は、その仮死状態の 間に不思議な世界を目撃する。 もう1人の主人公はアメリカ人の男性。幼い頃に熱病で生死 の境を彷徨った彼には、人の死後の世界を観る能力が備わっ ていた。そして以前はその能力を使って死者の話を聞くこと も行っていたが、それは彼自身の精神に大きな負担を強いて いた。 そしてもう1人はロンドンに住む幼い少年。双子の兄と共に 麻薬中毒の母親を気遣いながら成長してきた彼を大きな悲劇 が襲う。このような3人巡って、人の死後の世界に関わる物 語が展開されて行く。 死後の世界というのは、ちょうどリメイク版の『ゴースト』 も上映中だが、人間にとっては謎であり、恐怖であり、また ロマンであるのかも知れない。従ってその様子を描いた作品 も枚挙のいとまもないが、いずれもそれは希望であるように も思える。 そんな死後の世界を本作は、人への思い残した者たちのいる ところであり、多少は現世にも影響を与えることのできる、 『ゴースト』の世界観に近いものに描いているようだ。これ が恐らくはアメリカ人の一般的な考え方なのだろう。 出演は、2006年4月紹介『ロシアン・ドールズ』などのセシ ル・ド・フランス、2009年12月紹介『インビクタス』に続け てのイーストウッド作品になったマット・デイモン。他に、 ブライス・ダラス・ハワード、マルト・ケラーらが共演して いる。 脚本は、2009年1月紹介『フロスト×ニクソン』などのピー ター・モーガン。 映画は巻頭にCGIによる津波のシーンがあり、それは予告 編でも観られるようにかなりの迫力だが、映画の全体はその ような派手なものではなく、もっと地道なヒューマンドラマ を描いている。その辺がちょっとそぐわないような感じもす る作品になっていた。 他にも爆破テロ事件のシーンなども登場するが、僕にはこの テーマならもっと静かな雰囲気で描いても良かったようにも 感じられたものだ。でもまあ最近のハリウッド映画はこれが 期待されてしまうのだろうが。
『完全なる報復』“Law Abiding Citizen” 最愛の家族を犯罪被害で失った主人公が、その犯罪者を許し た司法組織そのものに挑んで行く姿を描いた人間ドラマ。 主人公は妻と娘と3人暮らしの平凡な家庭を持っていた。そ の生活を突然の悲劇が襲う。家に侵入してきた2人組の暴漢 が主人公に重傷を負わせ、その目の前て妻と娘を殺害したの だ。それをなす術もなく観ていた主人公。 やがて2人の犯人は逮捕される。ところが彼らの取り調べが 始まったとき、事態は思いも拠らないことになって行く。主 犯格だった男が検察との司法取り引きに応じ、もう1人を死 刑にする証言を行う代りに、自身は軽微な罪で許されてしま ったのだ。 そこにはもちろん主人公の目撃証言もあったのだが、心神耗 弱状態だった主人公の証言は証拠として採用されなかった。 そのため2人とも無罪になってしまうことを恐れた担当検事 が、死刑を免れなかったはずの主犯の男との取り引きをした 結果だった。 そして10年が何事もなく過ぎ、上級審でも刑の確定した男の 死刑が執行されようとしたとき、主人公による報復のドラマ が開幕する。それは刑を免れた犯罪者だけでなく、司法組織 そのものへ向けての周到に練られた報復劇だった。 正直に言ってかなり荒唐無稽な物語だ。でもヒーローコミッ クスの映画化ではこの程度のことは当然許している訳だし、 それを生身の人間がやったからといって悪いはずがない。そ んな微妙なバランスが見事に機能した作品と言えそうだ。た だし映画の中では、主人公がこれを実行できる理由付けはち ゃんと説明されていた。 それと映画の中では、「殺された奥さんと娘がどう思うか考 えろ」と諭す検事に対して、「死んだ者は何も考えない」と 言い放つ主人公の言葉が、この映画全体の方向を示している ように思えた。見事な報復劇の描かれた作品だ。 出演は、報復に燃える主人公に『300』などのジェラルド ・バトラーと、担当検事役はオスカー俳優のジェイミー・フ ォックス。他に、『アイアンマン』などのレスリー・ビブ、 『コラテラル』などのブルース・マッギル、『新スター・ト レック』シリーズなどのコルム・ミーニィ、そして2008年の 『ダウト』でオスカー候補になったヴィオラ・デイヴィス。 脚本は、今年7月紹介『ソルト』などのカート・ウィマー、 監督は、2003年6月紹介『ミニミニ大作戦』などのF・ゲイ リー・グレイ。トリッキーなアクション映画が得意の2人の 顔合せで、正しくトリッキーな作品が誕生した。
『ジーザス・キャンプ』“Jesus Camp” キリスト教原理主義とも呼ばれているアメリカにおけるキリ スト教会福音派の活動を批判的な立場で紹介したドキュメン タリー。 宗教で原理と言うと、ちょっと前なら統一原理何てのも思い 浮かぶが、最近ではやはりイスラム原理主義だろう。それに 対抗している訳でもないのだろうが、アメリカで最近台頭し ているのが、福音派と呼ばれる人々の戦闘的とも言える活動 のようだ。 福音派と言うと、進化論論争などで以前から耳にはしていた が、最近では中絶禁止運動から一部には中東戦争支援まで、 特にジョージ・W・ブッシュ政権を支持する政治的な活動で も注目を集めたようだ。本作はそのブッシュ政権中の2006年 に製作されている。 作品では、主にその福音派に属するフィッシャー女史という 人が幼年向けに実施しているサマーキャンプの様子などが紹 介されるが、迷彩服で顔にカモフラージュ用メイクをした子 供たちが模擬戦争を行うパフォーマンスに始まり、扇情的な 活動が描かれる。 それはもちろん批判的な立場で取材されているから、その描 き方には毒があるが、作品では巻頭から福音派に批判的な立 場を明らかにしているから、その辺は妙な誤魔化しなどもな くストレートで理解しやすいものだ。 しかもその取材を意図を了解させた上でかなり内部まで行っ ているのは、ある意味見事とも言える作品になっている。 それにしても、基本的に「宗教は嫌い」な立場から観ている と、盲目的な信者を育てようとするこの人たちの考え方には 恐ろしさを感じざるを得ない訳で、ここに登場する子供たち が10年、20年先にどうなっているかには、暗澹とした気持ち にもなる。 でもまあ、よほどの純粋培養をしなければ、子供の挫折なん てすぐ来てしまうもので、その時にこの大人たちがどこまで 彼ら支援できるのか、単に脱落者として切り捨てるのか、そ の辺がこれから注目して行くべきところだろう。 因に作品中では、最後に彼らの政治力が発揮されて福音派の 最高裁判事が誕生しているが、その結果、子供たちまで動員 してホワイトハウスに訴えた中絶禁止が実現したのか否か、 その辺がどうなったのかは気になったところだ。
『ビン・ラディンを探せ!』 “Where in the World Is Osama Bin Laden?” 2004年“Super Size Me”で話題を振りまいたドキュメンタ リスト=モーガン・スパーロックが、9/11同時多発テロを 引き起こしたテロリストの権化とも言えるオサマ・ビン・ラ ディンの消息を求めて中東諸国を直撃取材した作品。 製作の切っ掛けは妻の妊娠。産まれてくる子供が安全な世界 で育つことを願った監督は、世界を危険に陥れているとされ る人物=オサマ・ビン・ラディンを求めて、妻の出産予定日 までの限定で中東へ取材の旅に乗り出す。 その取材国は、エジプト、モロッコ、ヨルダンからパキスタ ン、サウジアラビア、アフガニスタン、さらにイスラエル、 パレスチナまで及んでいる。また取材先も、一般市民からビ ン・ラディンその他のテロリストの親戚など、かなり克明な ものだ。 そしてその取材は、最初はビン・ラディンを探すという単純 なものから、徐々に中東におけるアメリカの立場というよう なものに変化して行き、アメリカが中東で行っている政策へ の批判ではないまでも、かなり反省の色も見える作品になっ ている。 特にそれは、中東の一般市民や学生にアメリカに付いてのイ メージを聞くシーンや、その一方でイスラエルでの取材の様 子などでは、アメリカが行っていることへの疑問のようなも のも丁寧に描かれているものだ。 それは日本人の我々が見ていると、何をいまさらという感じ のする部分もない訳ではないが、スパーロックのような人物 がようやくそれに気付いて描いてくれたということにもなる もので、これがアメリカで公開されることが重要なのだとも 感じられた。 それにしても作品の中では、アラブ人はアメリカに批判的で はあってもスパーロック本人には友好的であるのに対して、 ユダヤ人がことさらのようにスパーロックに反論し、果ては 暴力まで振るってくるという描き方は衝撃的だった。 なお最後に紹介した2作は、TOKYO MXテレビで放送中の「未 公開映画を観るTV」で紹介されたもので、その中から9本 が東京は12月25日から順次劇場公開される内の2本となって いる。
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