井口健二のOn the Production
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2010年01月24日(日) 誰かが私にキスをした、カケラ、桃まつり−うそ、17歳の肖像、バッド・ルーテナント、コララインとボタンの魔女:3D(追記)

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお文中の※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『誰かが私にキスをした』
           “Memoirs of a Teenage Amnesiac”
2005年11月5日付の「東京国際映画祭2005(コンペティ
ション)」で紹介した『女たちとの会話』(日本公開題名:
カンバセーションズ)のハンス・カノーザ監督の新作。
『女たち…』と同じくガブリエル・ゼヴィンという人の原作
脚本だが、元々はアメリカのハイスクールが舞台だったとい
う設定を、東京のインターナショナルスクールに変更し、掘
北真希、松山ケンイチ、手越祐也、アントン・イェルチンの
共演で映画化した。
主人公は、東京のインターナショナルスクールに通っている
女子高生。学校では年次で作られる写真集の編纂に関ってい
てチーフと呼ばれる存在だったらしいが、ある日、校舎前の
階段を転落、怪我は軽かったが逆行性健忘症で最近4年間の
記憶を失ってしまう。
そんな彼女の最近の記憶は、救急車の中で恋人と称して付き
添ってくれた男性(松山)が話してくれたことだけ…。
そして、退院した彼女は学校に戻ってくるが、4年分のブラ
ンクは、親しげに話しかけてくる同級生や教師がいても、何
もかもが新しい体験となる。そして彼女は、再び付き添って
くれた男性と巡り会うが…彼には秘められた過去があるよう
だった。
そんな彼女には、写真集の編纂で協力者だったという日本人
の男子生徒(手越)や、テニス部の部員で彼女の恋人と周囲
からも言われているアメリカ人の男子生徒(イェルチン)も
いて、彼女の気持ちは彼らの間を揺れ動くことになる。

テーマとなる記憶喪失では、最近はアルツハイマー症との関
係でいろいろなドラマが作られているが、本作の場合は高校
生が主人公。それでも物語の展開は在来りかなあと思って観
ていたら、映画の後半では映像も含めてかなり面白いものに
仕上げられていた。
ただまあ、インターナショナルスクールとは言っても日本が
舞台の作品で、その学園風景などには多少の違和感を感じて
しまうところもないではないが、その辺はある種の無国籍と
いう感じで了解したい。本来ならアメリカのハイスクールに
日本人の生徒がいる感じだろう。
共演は、清水美沙、渡部篤郎、桐島かれん、桐谷美鈴、それ
にジュリア・ロバーツの姪に当るというエマ・ロバーツ。ロ
バーツは2007年版“Nancy Drew”で主演していたようだ。
因に本映画の製作は、2008年1月紹介『結婚しようよ』など
も手掛けた葵プロモーションが担当しており、従って本来の
映画の国籍は日本映画となる作品だ。
なお、20日に行われた記者会見での監督の発言によると、監
督自身が幼少時にシンガポールのインターナショナルスクー
ルに通っていて、そこで頭を打って一時的な記憶喪失の経験
もあるとか。だから本作の主人公には特別な思い入れもある
のだそうだ。
また監督には、日本にインターナショナルスクールがあるこ
とを、日本の観客に知らしめたいという意図もあるそうで、
それなら上記の違和感も仕方がないという感じがした。

『カケラ』
桜沢エリカ原作のコミックス『ラブ・ヴァイブス』を、監督
実績もある俳優奥田瑛二の娘で、ロンドン大学の芸術学部と
ニューヨーク大学監督コースで学んできたという安藤モモ子
が脚色監督した作品。
つきあっている男はいるが心の中に満たされないものを感じ
ている女性と、男性も女性も同じ人間だから…という意識を
持つ女性が巡り合い、夫々に欠けた部分を埋めようとして行
く物語。
主人公のハルは東京で1人暮らしをしながら大学に通ってい
る。そんな彼女にはベッドを共にする男性もいるが、前の彼
女とは別れたと言っていながら関係を続けているその男の真
心が感じられない。
そんな彼女がある日、街角の喫茶店で1人の女性と出会う。
その女性リコは、事故や外科手術などで身体の一部を失った
人のために、その部分を修復するパーツを作る仕事をしてい
た。
こうして、心に欠けたものを感じているハルと、人の欠けた
部分を満たす仕事をしているリコの関係が始まるが…

この主人公を、2008年11月紹介『プライド』などの満島ひか
りが演じ、相手役にはオーディションで選ばれたという新人
の中村映里子が起用されている。他に、津川雅彦、かたせ梨
乃、光石研、根岸季衣、志茂田景樹、永岡佑らが共演。また
監督の妹の安藤サクラも出ていたようだ。
原作は読んでいないが、映画では女性が抱え込んでしまう問
題を丁寧に描き出している感じがする。と言っても僕は男性
だからその点も良くは判っていないのだろうが。でもこの映
画作品を観ていると、上手く若い女性の心が描けている感じ
がするところだ。
監督は、すでに父親の作品の助監督などで日本映画の現場も
慣れているようで、長編デビュー作とは思えない堂々とした
演出ぶり、決して親の七光とは言えない作品だ。特に主人公
たちの思いが見事に伝わってくる感じで、上記の経歴も伊達
ではないと思えた。

『桃まつり−うそ』
一昨年2月と昨年1月にも紹介した『桃まつり』の第3弾。
女性映画人による短編映画集が、今年は全11作品を3プログ
ラムに分けて3月13日から東京渋谷ユーロスペースにてレイ
トショウで公開される。
例年2本ほどが試写会に間に合っていなかったが、今回は全
11本が揃っての試写が行われた。試写の順にコメントを記載
しておく。
『−壱のうそ』
「迷い家」(監督:竹本直美、出演:染谷将太)
毎回紹介している監督だが、今回は前回に似たムードの作品
を観せて貰えた。発端から結末までのかなりの部分を観客の
想像に委ねる手法は短編だからこそ許されるものとも思える
が、前作も本作もその利点を上手く扱っている。初年度のよ
うな作品も観たいが、今回の手法もいろいろなシチュエーシ
ョンでとことん突き詰めて貰いたい感じもする。
「代理人会議」(監督:石毛麻梨子/大木萠、出演:吉岡睦
雄)
修学旅行で起きたトラブルへの対応を検討する会議が開かれ
るが、そこに集まったのは当事者の代理人ばかりで…。アイ
デアは面白いが、代理人会議というシチュエーションと問題
となっているトラブルが上手く絡んでいない感じがする。も
っと代理人だからこそ生じる展開が欲しい。ただ無責任とい
うだけでは物足りない。
「FALLING」(監督:加藤麻矢、出演:春山怜那)
僕の立場だとそれなりの時点で物語の展開に気づいてしまう
もので、そこからが何とも落ち着かない気分で観ることにな
ってしまった。ただ基本の設定はそれなりに押さえられてい
たし、文句を付けるつもりはないが、監督はアン・ライスの
著作に触発されたようで、全体に詰めが甘い感じなのはその
せいでもありそうだ。
「愚か者は誰だ」(監督:渡辺裕子、出演:野村宏伸)
浮気女に振り回される夫と、素行調査を依頼された男、そし
て浮気相手の男を巡る物語。テーマは有り勝ちかも知れない
が、展開はそれなりに面白いし、映像及び俳優に対する演出
もしっかりしている感じだ。ただ、結末で男の目蓋が動いた
のは演出か否か、その辺は明確にした方が良いような感じが
したが。
『−弐のうそ』
「きみをよんでるよ」(監督:朝倉加葉子、出演:森崎さあ
や)
親子と称している年の離れたカップル。その男性が援助を求
めた山間の別荘は、孤独な若い男性が管理をしていた。音に
対する演出が良い感じだし、メモを書くときのちょっとした
間合いなどが実に巧みに演出されている感じがした。物語も
短編という器の中にピッタリと填っており、それを細やかな
演出が際立たせている感じの作品だ。
「カノジョは大丈夫」(監督:安川有果、出演:前野朋哉)
久しぶりに会った中学生時代の男女が、ふとベッドも共にし
てしまうが…。全体的に良く纏まっている感じだったが、そ
れ以上のポイントがこれと言ってなかった印象の作品だ。良
い点も悪い点も特には挙げられない。正直に言って、何か印
象に残るほどの衝撃も感じられなかった。短編映画にはそれ
が欲しい。
「shoelace」(監督:福本明日香、出演:ともさと衣)
年上の既婚者と不倫を続けている女性が、不倫相手の娘と出
会って…。靴紐を結んでくれる関係、そんな絆が上手く表現
されていた。ただし本作では、撮影はDVで行われたようだ
が、試写会場のプロジェクターとの相性が悪いのか画質がか
なり劣悪で、特に背景の紅葉した林などが見られない状態に
なっていたのが残念。
『−参のうそ』
「バーブの点滅と」(監督:益田佑可、出演:石黒淳士)
家に帰ったら恋人が掃除機に吸い込まれ掛かっていた…カフ
カの「変身」を髱髴とさせる不条理劇。アイデアは面白いが
排泄の問題などいろいろ気になってしまった。勿論、割り切
って観てもいいのだが、逆にそこに拘わると、女性の口には
何でも吸い込まれそうで、そんな映像をクレイアニメで描い
ても面白そうだ。因に本作の画質も芳しくなかった。
「1-2-3-4」(監督:玉城陽子、出演:樋口史)
10年前に共に芸術を志して共同生活をしていた4人の男女。
やがて1人の男性は別の道に進んで成功を納め、男女のカッ
プルは土壌汚染の囁かれる団地に暮らしている。そしてもう
1人の女性が妊娠したと報告する。その相手は別の道に進ん
だ男性だった。複雑な男女関系を背景に物語が進んで行く。
ある種の青春ドラマが上手く纏められていた。
「テクニカラー」(監督:船曳真珠、出演:洞口依子)
ショウパブに出演してマジックショウを演じている母娘を巡
るどたばた劇。僕としては娘の特殊能力が多少気になるとこ
ろだが、お話はそんなことには関係なく進んで行く。それが
また好ましい感じの作品でもあった。脇役でマメ山田が出て
いるが、初めて奇を衒わずに演出されている感じで、それも
好ましかった。
「離さないで」(監督:福井早野香、出演:奥田恵梨華)
スランプに陥っている女流作家の元に届いた1通の手紙。そ
こには当事者しか知らないはずの彼女の高校時代のある事件
の真相が綴られていた。かなり複雑な物語が、26分の上映時
間の中に見事に描かれていた。今回の11作はどれも見応えの
ある作品ばかりだったが、その中でもこの作品の纏まりの良
さに感心した。

今回で3回目を迎える『桃まつり』だが、作品の水準は年々
上がっている感じで、今回の11本はいずれも楽しめた。ただ
上記した複数の作品で画質が著しく悪くなり、鑑賞に支障が
生じたのが残念。プロジェクターとの相性か、方式変換時の
問題かは判らないが、昨年の東京国際映画祭の上映でも一部
の作品の同様の問題が感じられたもので、ディジタル製作−
ディジタル上映に関しての相性など何らかの検討が必要にな
りそうだ。

『17歳の肖像』“An Education”
ナショナル・ボード・オブ・レヴューの主演女優賞など、す
でに11冠、38以上のノミネーションを勝ち取っているイギリ
スBBC提供の青春映画。1961年、まだインターネットも携
帯電話もない時代を背景に、ロンドン郊外に住む当時16歳の
女性の成長が描かれる。
主人公のジェニーは地元の高校に通う女子高生。利発で成績
優秀、教師たちも一目を置く彼女は、ラテン語が少し苦手だ
がオックスフォード大学への進学を目指している。それは恐
らくは学歴で苦労したのであろう父親の期待でもある。
そんな彼女は、チェロ奏者としてアマチュアオーケストラの
練習に参加して、そこで知り合った同年のボーイフレンドも
できる。しかしある雨の日、楽器ケースを抱えてバス亭に佇
む彼女のそばに1台の高級車が止まり、その車を運転する男
性に声を掛けられる。
その男性デイヴィッドは、ジェニーの両親にも上手く取り入
り、彼女をコンサートなどの社交の場に連れ出す。それは堅
物の父親の許で成長してきた16歳の少女には目を見張るよう
な世界だった。
こうして新しい世界に憧れ、デイヴィッドとの交際を深めて
行くジェニーは、やがてデイヴィッドの隠された面にも気付
いて行くが…

原作は、イギリスの人気ジャーナリストのリン・バーバーの
回想録。その実体験に基づく原作から『アバウト・ア・ボー
イ』などの原作者ニック・ホーンビィが脚色、2003年12月紹
介『幸せになるためのイタリア語講座』などのロネ・シェル
フィグが監督した。
主演は、本作だけですでにゴールデン・グローブ賞のノミネ
ートなど、8冠、11ノミネーションを達成しているキャリー
・マリガン。実は2005年版の『プライドと偏見』や『パブリ
ック・エネミーズ』にも出演ているイギリスの新星が一躍賞
レースに躍り出た。
他に、昨年9月紹介『エスター』などのピーター・サースガ
ード、『サロゲート』などのロザムンド・パイク。また父親
役でアルフレッド・モリーナ。さらに『シックス・センス』
などのオリヴィア・ウィリアムズ、エマ・トムプスンらが共
演している。
時代背景はイギリスでもビートルズ以前となるものだが、ま
だ女性が慎ましやかであった時代? そんな時代に生きなが
らも、真っ直ぐに将来を見据えた若い女性を主人公にした、
ある種の爽快感も感じる作品。欧米での高評価も理解できる
作品だ。
それにしても、すでにオードリー・ヘップバーンの再来とも
称されるマリガンの初々しさが堪らない作品だった。

『バッド・ルーテナント』
  “The Bad Lieutenant: Port of Call - New Orleans”
ニュー・ジャーマン・シネマを代表する監督の1人とされる
ウェルナー・ヘルツォークが、アメリカ映画を代表する俳優
の1人であるニコラス・ケイジを主演に迎えて、アメリカの
悪徳警官の姿を描いた作品。
カトリーナ・ハリケーンで荒廃したニューオルリンズを舞台
に、浸水した留置場から容疑者を救出するために$55の高級
下着を泥水に漬けることも厭わなかった警部補(ルーテナン
ト)が、持病となった腰痛を和らげるためにドラッグの常用
へと走って行く。

製作のエドワード・R・プレスマンは、1992年にもハーヴェ
イ・カイテルの主演で同名の作品を手掛けているが、本作は
リメイクではなく、類似の設定で新たな物語を描き出してい
るもののようだ。
因に、1992年作ではレイプ事件が扱われているが本作の事件
は殺人。そのためオリジナルではヌードの絡みのシーンなど
も多く、アメリカでの指定は当初は成人映画のNC-17、その
後に再編集でR指定を受けている。それに対して本作は最初
からR指定だった。
なお日本では、前作は18歳未満お断りの成人映画だったが、
今回はR−15の指定となっている。つまり子供でも観ること
はできるものだ。
そして今回の物語では、ドラッグを得るためあらゆる手段を
講じる主人公が描かれるが、その間のケイジの演技が正に迫
真、腰が本当に痛そうで、これではドラッグに手を染めても
仕方がないと思わされた。そんな主人公の転落の様子が実に
丁寧に描かれる。

共演は、『ゴーストライダー』でもケイジの相手役を務めた
エヴァ・メンデスと、『トップガン』などのヴァル・キルマ
ー。他に『もしも昨日が選べたら』などのジェニファー・ク
ーリッジらが出演している。
それにしても、奇才とも呼ばれるヘルツォークの監督作品だ
が、本作はこれといった特別な感じのするものではない。脚
本はテレビの『L.A.LOW』で脚本や製作も手掛けたウィ
リアム・フィンケルスタインが担当して、むしろオーソドッ
クスとも言える作品だ。
ただし途中に挿入されるワニとイグアナの映像は、エンドク
レジットによるとヘルツォーク自身が撮影まで担当するほど
の拘わりだったそうで…。それがまあ何を意味しているかは
いろいろ考えてしまうところだが。

『コララインとボタンの魔女−3D』(追記)
昨年12月にも一度紹介している作品だが、3D上映での試写
を観られたので改めて報告しておきたい。
見直して、なるほどこれは3Dの特性が良く活かされている
という感じの作品だった。それは、特に裏庭の景観などが見
事に表現されていた。また、別世界に向かうトンネルの表現
なども、3D効果が上手く利用されているものだ。
以前『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の3D化された
映像を観たときには、2Dとあまり変わらない印象を受け、
人形アニメーションでは元々3Dの印象を持つから、そんな
ものかとという感じを受けたが、今回最初から3Dで計算さ
れた作品は違った。
それは決して飛び出してくることが強調されたものではない
(一部にはその効果もある)が、全体として見事に3Dの効
果が発揮されていた。特に最近の3Dでの特徴である奥行き
感も本作では見事に表現されていた。
その他、作品に描かれる様々なエピソードが何れも3D効果
を最高に狙ったものになっている。正しく3Dで観るべき作
品、2Dで観ては損という感じだ。
        *         *
 なお、今回は賞レースなどのニュースも多いので、別立て
でそのページも更新することにします。


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