井口健二のOn the Production
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2008年05月25日(日) 同窓会、天安門、落語娘、次郎長三国志、コレラの時代の愛、ホット・ファズ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『同窓会』
NHK大河ドラマ『新選組』などに出演の俳優宅間孝行が、
2007年9月に紹介した『ヒートアイランド』などの脚本家サ
タケミキオとして監督脚本を手掛け、主演した作品。
永作博美の共演で、離婚した夫婦の機微が描かれる。
2人は高校時代からの友人同士。主人公の克之は監督を目指
して映画研究会で頑張っているが、その被写体の多くは雪と
いう名の同級生だった。しかしその彼女は、いつも別の男子
生徒と一緒で、克之にはチャンスが訪れそうもない。
そんな状態のまま卒業して、それぞれ東京に出てきた2人だ
ったが、あるきっかけで再会し、ついにプロポーズした克之
に雪はOKと応えてくれた。そして、その時は助監督だった
克之もやがて監督作品をものにし、その成功でプロダクショ
ンを興すまでになる。
ところが芸能界の誘惑の中で、克之は出会った女との浮気が
本気になってしまう。そして離婚を切り出した克之に、雪は
あっさりと承諾してくれるが…
映画の半分は2人の故郷とされる島原が舞台となり、故郷の
情のようなものも濃く描かれた物語が展開する。そこでは、
特に雪の傍に居た男子生徒の存在が大きく、後半ではその所
在捜しの話もタイミングよく挿入されてくることになる。
『ヒートアイランド』の時も感じたが、サタケミキオという
脚本家は、日本には珍しく理詰めで物語を作る人のようだ。
その部分では実に納得のできる話だったし、恐らくほとんど
の観客は最後にハタと膝を打つ作品になっているものだ。
ただし、物語の中で一緒にいた男子生徒の種明かしは良いと
しても、もう1点の種明かしは少し気に入らなかった。実際
に物語の展開の中で、克之が電話で受ける報告には最初から
違和感があったし、僕はこういう誤解はしなかったと言うと
ころだ。
つまり、その誤解に基づく主人公の行動が、僕には全く解せ
なかった訳で、その影響を引き摺って映画の鑑賞中はかなり
退いてしまってもいた。結局その点で言えば、克之がこの誤
解をしてしまう必然性が映画の中に充分には描き切れていな
かったと感じる。
それに、いずれにしても人の生き死にを、このように軽々に
コメディにしてしまうのも、僕にはちょっとどうかと思って
しまうところだ。世間一般には、そんな風潮が蔓延している
ことは確かかもしれないが。


『天安門、恋人たち』“頤和園”
一昨年のカンヌ映画祭で上映されて物議を醸した中国映画の
第6世代の旗手とも言われるロウ・イエ監督による2006年の
作品。
映画祭での上映が政府の事前許可を得ていなかったこともあ
って、その後、中国政府からは「技術的に問題がある」との
理由で国内上映が禁止され、監督には5年間の表現活動禁止
の処分が出された…という問題作が、北京オリンピック開催
の今年公開される。
物語は、1989年6月の天安門事件を背景に、当時の北京に暮
らす大学生の姿を描く。
主人公は、地方から上京してきた女子学生のユー・ホンと、
彼女が好きになった男子学生のチョウ・ウェイ。2人は、自
由と民主化と改革を求める嵐が吹き荒れる学園で、狂おしい
までに愛しあうが…その先には、政府による激しい弾圧が待
ち構えていた。
そして映画は、その後の2人の行動なども描いて行くが、基
本的にはロウ・イエ監督もその一員だったという、天安門事
件当時の北京の大学生の姿を描いたものだ。
ただし、表現活動禁止という処分には政府の相当の嫌悪感を
感じるものだが、かなり深刻に描かれているのかと予想して
いた天安門事件の部分は意外なほど淡泊で、かえって過敏な
中国政府の態度に驚かされるところだった。
それより本作は、自由への願望に踊らされた当時の学生たち
の生態を描くもので、その意味での青春ドラマとして観るこ
とが重要な作品のように感じられる。特に、自分が愛してい
ることを解っていながら将来に不安を抱く女性の心理などが
巧みに描かれていた。
しかし映画では、同じ時期に起きたベルリンの壁の崩壊など
の映像を交えながら、ある意味当時の若者たちの活動の熱気
へのオマージュみたいなものも感じられる。それが物語の後
に続く軍事訓練などで冷めていく様子には、監督の哀しみも
感じるものだ。
因に、この大学生参加の軍事訓練の実施によって軍隊と学生
との融和が謀られ、学生運動が沈静化したというのは事実の
ようだ。そんな歴史に振り回された若者たちの姿が描かれ、
この辺が政府の逆鱗だったかとも思われた。
なお、チョウ・ウェイ役を、2003年東京国際映画祭でグラン
プリを受賞した『暖〜ヌアン(日本公開名:故郷の香り)』に
主演のグオ・シャオドンが演じていて、当時会場でサインを
もらったことを思い出した。

『落語娘』
永田俊也による同名原作小説の映画化。
子供の頃から落語好きで、大学在学中は落研のプリンセスと
呼ばれた女性が、いざ本物の落語界に入ってみると、そこは
男尊女卑が罷り通る世界。それでも何とか師匠を見つけ弟子
入りはするが、今度はその師匠が粗相をし出かして謹慎処分
になってしまう。
そんな中でも必死に頑張る彼女にもたらされたのは…
原作は知らずに観に行った。去年は『しゃべれどもしゃべれ
ども』があったし、またまた落語家の話か…、でもまあ主人
公が女性ならちっとは違うかな?何て思いながら、正直期待
半分という感じで観に行ったのだが、これが物語の意外な展
開に恐れ入った。
その展開は、謹慎中の師匠が、過去に演じようとした噺家が
次々不慮の死を遂げたという禁断の落語に挑戦する…という
もの。それにはテレビ局のプロデューサーがバックにいて、
オカルト番組の仕立てとなるのだが…
この「緋扇長屋」と称する禁断の噺を演じるシーンも登場す
るが、これが意外と良く出来ていて、その高座の様子も楽し
めた。もちろん噺自体は原作者の創作だが、それを如何にも
落語の一席らしく仕上げてあるのにも感心したところだ。
しかも、そこまでの展開がそれなりの因縁話で、VFXも使
ってちゃんとファンタスティックに描かれていたのも嬉しく
なった。最近の映画で嬉しいのは、こういうシーンが真剣に
作られていることで、こういうところにもファンタシーが認
知されていると感じられるのだ。

出演は、若手女優のミムラとベテランの津川雅彦。ミムラは
「景清」「たらちね」「寿限無」を演じているが、『しゃべ
れども…』の国分同様、なかなかの出来に観えた。それに子
役の藤本七海が演じる「景清」も良い感じのものだった。
その他にミムラは、出囃子の太鼓なども叩いており、台詞を
喋りながらも手を止めずに叩き続ける姿には感心した。それ
でも、映画の中では評論家風情のなぎら健壱が呟く、「熊が
オカマになってら」というのも理解できるところで、その見
識にも納得したものだ。
その他の物語の展開も、いちいち納得できるもので、最後の
種明かしまで存分に楽しめる作品になっていた。

『次郎長三国志』
日本映画の父と呼ばれる牧野省三の孫で俳優の津川雅彦が、
叔父にあたる監督マキノ雅弘の手掛けた名物シリーズを、映
画監督マキノ雅彦としてリメイクした作品。
幕末期に清水港に権勢を張り、街道一の大親分と謳われた清
水の次郎長を中心に、女房のお蝶や子分たちが織りなす物語
が展開される。
そのお蝶との祝言の最中、捕り方に家を囲まれた次郎長は、
配下の大政、鬼吉、綱五郎らと共に囲みを破って渡世修業の
旅に出る。そして3年、各地で男を上げた次郎長は、法印の
大五郎や森の石松らの子分も増えて清水に戻ってくる。
しかし、さらに地元で相撲興行を打ったり、花会を開いたり
と、世間に名前を轟かせて行く次郎長には、甲州に勢力を張
る黒駒の勝蔵や、極悪人の三馬政など仇も増えていた。
こんな物語を、次郎長に中井貴一、お蝶に鈴木京香、また岸
辺一徳、近藤芳正、山中聡、笹野高史、温水洋一といった顔
ぶれで描いて行く。さらに北村一輝、佐藤浩市、高岡早紀、
木村佳乃など、最近の日本映画の顔も勢揃いといった感じの
作品だ。
今の時代に幕末時代劇というのが、どれほど勝算があるのか
は判らないが、最近の映画に欠けている粋な風情も楽しめる
作品で、そんな気分に浸れるのも嬉しかった。一方、殺陣の
シーンでは、かなり体力の要りそうな大立ち回りもあって、
それも楽しめた。
CGIを使った背景などには、日本映画の現状が出てしまう
ような部分もあったが、それを別にすれば、多分僕ら以上の
年代の人には、それなりにノスタルジーを感じさせるところ
も出てきそうな作品ではある。
しかしその年代の男性は、実は一番映画を観ない観客層でも
ある訳で、それをこの作品で打破できるかどうか、そのアピ
ールを存分に仕掛けることが宣伝担当者の腕の見せ所となり
そうだ。試写会での反応は悪くはなかったし、あとは自信を
持って仕掛けてもらいたい。
ただし、映画全体が粋に作られている中で、宇崎竜童が歌う
主題歌「旅姿三人男」には、ちょっと外された感じがした。
「茶っ切り節」があんこで入る構成も在来りだし、ここはも
っとロックで欲しかったところだが…出来なかったのかな。
これは残念だった。
因に、今回は第1作のリメイク、オリジナルは最大9部作に
もなっている作品で、評判作はその後半の方にもあったりも
する。できれば続編の映画化も期待したいところだ。

『コレラの時代の愛』“Love in the Time of Cholera”
ノーベル文学賞受賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスに
よる同名原作小説の映画化。
19世紀末から20世紀に掛けての時代。疫病コレラの蔓延と内
戦の勃発で混乱する南米コロムビアを舞台に、51年9カ月と
4日の歳月を一途に1人の女性を思い続けた男性と、その愛
に翻弄された女性の姿が描かれる。
物語の始まりは1879年。まだ少年の主人公は電報局の配達係
をしていたが、ある日、配達先で1人の娘に出会う。
その娘は無教養なラバ飼いの父親に育てられていたが、上昇
志向の父親は貧乏な主人公には目もくれず、それでもしつこ
い彼から娘を遠ざけるために、引っ越しまでしてしまう。し
かし主人公は彼女に手紙を送り続け、娘もその思いに答えて
くれるように観えた。
ところがその地域にコレラが蔓延し始め、その治療に訪れた
ヨーロッパ帰りの医者が彼女に目を留める。そして当然父親
のお眼鏡にも叶った医者は、彼女の心も掴んで結婚。2人は
ヨーロッパに新婚旅行に旅立ってしまう。
こうして失意の底に沈んだ主人公だったが、やがて叔父の仕
事の手伝いを始めたことから頭角を現し、徐々に金持ちにな
って行く。それでも初恋の娘を思う心は変わらず、一途に彼
女が自分の許に帰ってくる日を待ち続けたが…
この主人公を、今年のオスカー助演男優賞に輝いたハヴィエ
ル・バルデムが演じて、娘からは「影のような人」と呼ばれ
てしまう、ちょっとオタクな青年から老年になるまでを見事
に演じ切っている。
書き出すとかなり壮絶なラヴストーリーという感じだが、物
語はガルシア=マルケスらしい捻ったユーモアにも満ちたも
ので、結構笑いながら面白く観ることのできる作品。その辺
のバランスを、監督のマイク・ニューウェルと主演のバルデ
ムが見事に取っている。
特にニューウェルは、『炎のゴブレット』の次の作品という
ことで、何となく伸び伸びと撮っているような感じもした。
その余裕のようなものも、この映画の雰囲気にはピッタリと
合っているものだ。
コロムビアでの現地ロケを敢行した町並や雄大な自然の風景
と、ガルシア=マルケス本人にも面会して、その意見も取り
入れたというバルデムの演技の両方が楽しめる。そんなお得
な作品とも言えそうだ。

『ホット・ファズ』“Hot Fuzz”
ゾンビ・コメディ映画の『ショーン・オブ・ザ・デッド』を
手掛けたエドガー・ライト&サイモン・ペッグの脚本から、
前作同様、ライト監督、ペッグ主演で作られた警官コメディ
映画。本国イギリスでは2007年2月に公開されて3週連続の
トップに輝いたとのことだ。
主人公は、生まれも育ちもロンドン。子供の頃から警官を目
指し、大学を主席で卒業後に勤務した首都警察では、犯罪者
の検挙率が他の警官の4倍というスーパーコップ。しかし、
その優秀さが祟って周囲から疎まれ、ついに地方の警察署に
転属となってしまう。
そしてやってきたのは、ヴィレッジ・オブ・ザ・イヤーにも
選ばれ、ここ数10年は犯罪など起きたことがないという田舎
の村。そんな中でも常に優秀な警官として行動する主人公の
姿は、呑気な村の警察署では浮いてしまうばかり。
こうして、自動車の衝突で生首が転がっていたり、ガス爆発
で邸宅の主人が黒焦げ死体になっていても、全ては偶然の事
故で片付けられる田舎の警察署で、全てに疑いの目を向ける
主人公の活躍が始まるが…
物語の設定からパロディを予想して観に行ったが、物語は予
想以上にしっかりしていて、コメディとしての笑いもまとも
なもの。中には『わらの犬』からジョン・ウー監督まで、過
去の名作を思い出させるシーンも登場するが、そこはかえっ
て真剣に演じられていて、パロディというよりオマージュと
いった感じになっている。
このためコメディ自体はそれなりに予想が付いてしまうもの
もあるが、それを上回る展開の面白さで最後まで一気に楽し
ませてくれた。しかも、笑いをためらうような下品なくすぐ
りなどは出てこないから、誰でも何時でも安心して笑える作
品になっているものだ。
ただし、前作がゾンビ映画という監督たちの特性はそれなり
に発揮されていて、上記の生首が転がっているシーンや、こ
の後にもかなり強烈なスプラッターは登場する。その辺は多
少注意して観に行って欲しい作品。と言ってもR指定は受け
ていないようだが。
共演は、『ショーン…』にも出演のニック・フロスト。それ
に加えて、元007のティモシー・ダルトン、『POTC』
のビル・ナイ、『ライオンと魔女』ジム・ブロードベント、
『イン・アメリカ』パディ・コンシダインなど錚々たる顔ぶ
れが脇を固める。
さらにクレジット無しのカメオ出演では、ケイト・ブランシ
ェット、『銀河ヒッチハイクガイド』の監督スティーヴ・ク
ーガン、ピーター・ジャクスンも出演しているとのことだ。
何でこんなにと言われそうだが、前作の評判で本作の製作に
はそれだけの注目が集まったとのこと。それにしても、すご
い顔ぶれが揃ったものだ。


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井口健二