井口健二のOn the Production
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2008年04月13日(日) 奇跡のシンフォニー、ハブと拳骨 *熊本遠征記前編

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『奇跡のシンフォニー』“August Rush”
フレディ・ハイモアの主演で、アカデミー賞の主題歌賞にも
ノミネートされた音楽映画。
赤ん坊の時から孤児院にいて、11年を過ごしてきた少年が、
心の中に湧き上がる音楽の力に従って、まだ見ぬ両親を探し
始める。
それは11年前の満月の夜に、1夜だけ出会ったチェロ奏者の
女性とロックミュージシャンの男性の恋。しかしその出会い
は、2人を音楽の道から遠ざけることになってしまう。そし
て11年後、少年の行動が奇跡を起こして行く。
このチェロ奏者の女性役を、『M:I: 3』に出ていたケリー・
ラッセルが演じ、ロックミュージシャンの男性役を、同じく
『M:I: 3』に出演のジョナサン・リース=マイヤースが演じ
ている。他に、テレンス・ハワード、ロビン・ウィリアムス
らが共演。
ハイモアとウィリアムスの共演ということでも充分に魅力の
ありそうな作品だが、この作品の最大の魅力は何と言っても
音楽。全編にちりばめられた40曲とも言われる既存及び新作
の音楽が、見事なハーモニーを作り出している。
その音楽も、クラシックからゴスペル、ロックまで、多様な
ジャンルに跨がるもので、僕は音楽が趣味という者ではない
が、ヴァラエティに富んだ音楽には大いに魅力を感じた。さ
らに、それらが一体化して行く音楽の構成も素晴らしく感じ
られたものだ。
しかもこの作品の脚本を書いたのは、1981年『ニューヨーク
1997』や、1991年『フック』などのニック・キャッスル
と、『フック』や2003年『トゥームレイダー2』などのジェ
ームズ・V・ハート。ジャンル専門と思っていた人たちが、
意外な面を見せてくれている。
そういえば、『エルム街の悪夢』のウェス・クレイヴン監督
も、メリル・ストリープ主演の『ミュージック・オブ・ハー
ト』なんて音楽映画を監督したことがあるから、これが特に
変という訳ではないのかも知れない。
それに、今回の2人は脚本を提供したものだが、映画の中に
はファンタスティックな雰囲気のところも多々設けられてお
り、その辺の感覚では、なるほどジャンル映画の人たちとい
う感じもしたものだ。
正直に言って、ストーリー展開の中にはファンタシーと割り
切る必要のある部分も多少はあるが、クライマックスの音楽
とドラマの両面から盛り上げられる演出には、スクリーンが
ぼやけて見えてしまうところもあった。非常に特殊なシチュ
エーションの物語ではあるが、面白く観られた作品だ。

『ハブと拳骨』
昨年の東京国際映画祭コンペティション部門に出品された作
品。
ベトナム戦争当時の沖縄を舞台に、駐留米軍やその他との折
り合いの中で暮らす沖縄人一家の姿が描かれる。
主人公は三線を弾かせたらかなりの腕のある若者。しかし、
英語が多少話せることから、基地の兵隊に取り入って物資の
横流しなどで小金を稼いでいる。一方、彼の母親は沖縄そば
店で生計を立てており、その店には彼女を母と呼ぶ若い女性
もいた。
そして1人の男が刑務所から帰ってくる。その男は町の顔役
の許で用心棒のようなことをしているが、その男もまた彼女
を母親と呼んでいた。そんな彼女を母親と呼ぶ3人は、お互
いを兄弟のように睦まじく生活していた。
ところが、そんな彼らの生活に本土のやくざの陰が落ち始め
る。そのやくざは、沖縄である物を入手しようとしていた。
そんな連中が基地内にルートを持つ主人公に近づいてくるの
は時間の問題だったが…
特殊な状況に置かれ続けた沖縄の人たちの苦しみは理解した
いと思う。その中での本土の行ってきた役割も、映画の中の
本土やくざに象徴されるように理不尽なものであったことも
理解したいところだ。
しかし、多分作っている本人たちは戯画化しているつもりな
のだろうが、そのあまりにもステレオタイプの本土やくざの
描き方には、見ていて辟易すると言うか、とにかく退いてし
まった。これでは製作者たちが最も言いたかったことがぼや
けてしまう感じだ。
中でも、主人公が本土やくざが貯めた物資を盗みに行くと言
うのは、盗みに行くなら米軍基地のはずだし、その意味が判
らない。何か特別な状況があるのだろうか。あるならその状
況を説明してほしかった。
それに最後に主人公の兄が反撃もせずに耐え忍ぶと言うのは
中での台詞のように「沖縄をほっといてくれ」というのを言
わせたいのかも知れないが、常識的に考えてこれはないだろ
う。反撃できない理由を何か明確に付けるべきだったように
感じた。

出演は、沖縄出身俳優の尚玄、虎牙光揮、宮崎あおい、石田
えり。原案と音楽は『殴者』も手掛けたミュージシャンの田
中雄一郎。田中は、脚本やタイで行われたロケーション撮影
など、映画の制作全般に関ったようだ。
テーマは理解できる。でも語り口が違うように感じられた。
最後に聞こえる列車の音は良かったが。

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※今回は紹介する映画が少なかったので、3月21日〜24日※
※に青春18切符を使って実行した熊本旅行について報告し※
※ます。映画紹介のページの趣旨とは相違しますが、途中※
※で観たIMAXの話なども書きますので、ご了承ください。※
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この旅行の計画は、1月に2008年のJ2リーグの試合日程が
発表されたときから考え始めた。正確には、昨年熊本のJ2
昇格が決ったときから考えてはいたが、日程が定まらないこ
とには計画も立てられなかったものだ。
その日程が3月23日と判明し、青春18切符の期間でもあり、
さらに自分に時間の余裕もあったので、思い切ってやってみ
ようと思い立ったのだ。それに、以前に息子が同切符で四国
まで行ったことも、自分の憧れでもあった。
と言うことで考え始めたが、まず大垣までは夜行快速のムー
ンライトながらが利用できるものの、そこから先を鈍行の乗
り継ぎはかなりの時間を要することが判明した。それでも何
とか深夜に博多に到着して、一泊後、早朝熊本に向かう計画
は立てたが、ここで宿を取るのは手間も掛るし、多少めげそ
うになったことは事実だ。
ところがそこにムーンライト九州という、新大阪−博多間の
夜行の快速があることが判明した。しかしこの列車は、年末
年始や夏休み限定で春のこの時期に走るかどうか判らない。
そこで気をつけて情報収集を続けている内に、ついにちょう
どその時期に運行されることが発表された。ただし、これら
の夜行快速は、いずれも普通列車扱いで青春18切符は使える
ものの、全席指定席制で、その指定席券の入手が覚束ないと
いうことも判ってきた。
そこで、まずは「JR東日本えきねっと」に登録してムーン
ライトながらの座席券は優先的に確保できるようにしたが、
「JR西日本おでかけネット」には優先予約の制度がなく、
しかもムーンライト九州はネット購入の対象にもなっていな
いことが判明。結局発売日にみどりの窓口に並ぶことが必要
になった。この時点で、行きのムーンライトながら及び九州
と、帰りのムーンライト九州の座席が取れたら、計画を実行
しようと決心したものだ。
そして2月22日と23日の両日、最寄りJR駅みどりの窓口で
座席を購入、併せて、窓口の人には「買っていいのですか」
と訊ねられもしたが、青春18切符も購入して熊本遠征の決意
を固めた。
        *         *
続いて、スケジュールの詳細を検討した。
ここで、ムーンライトながらから九州への乗り継ぎは、半日
以上の余裕があるので問題なかったが、ムーンライト九州が
博多に着いてから競技場最寄り駅の熊本県光の森駅までは、
通常のルートでは開門時間に間に合わないことが判明した。
普段、開門前の現地到着を旨としている僕としては、これは
譲れないところだった。
しかし、ムーンライト九州の時刻表を調べている内に、門司
から博多までが異様に時間が掛っていることに気付いた。し
かも門司では先に区間快速が出発していることも発見した。
そしてその列車で、途中駅から熊本行に乗り換え、熊本から
豊肥本線に乗り継ぐことで、10時23分に光の森駅到着。連絡
バスで開門前に競技場に着けることが判明したのだ。
そこで、さらに帰路も同じルートで検討すると、門司に20時
04分到着。同駅をムーンライト九州が発車するまで2時間半
近い時間の余裕が出来ることも判明した。
実は今回の旅行日程では宿を取らないので、入浴の問題が生
じていた。春先で涼しい時期とはいうものの、出来れば毎日
の入浴は欠かしたくないものだ。このため、初日は家で入浴
後に出発と決め、2日目は大阪でスーパー銭湯を使うことと
し、3日目を門司にある同様の銭湯に入ることにした。この
ため2時間半の余裕は好適のものとなった。
なお、スーパー銭湯は各地にできているので、このような旅
には好都合と言えるが、実は大阪では最初に行こうと決めて
いた銭湯が、ネット上の評価で極めて低いレヴェルにあるこ
とを発見し、別の銭湯を探し直したこともあった。
と、ここまでは全てネット上での情報だけで組み立てたもの
で、まさに机上の計画を作り上げたものだ。なお4日目大阪
に着いてからは、昼間の鈍行を乗り継いで東京に向かうこと
にした。これは1度くらいはそんなことをしても良いかな…
とも思ったからだ。
        *         *
さて、出発日は3月21日。前日の平塚競技場での応援の後は
心静かに出発の時を迎えたかったが、実はこの日にちょっと
大きな映画の完成披露試写会もあって、昼間はそれに出かけ
て一旦帰宅、夜10時頃に改めて出発とした。このため、当初
は小田原まで小田急を使って、青春18切符を1日分浮かせる
ことも考えたが、昼間の試写会行きにも使えばその方が効率
が良いことも考えて、東京駅からの乗り込みとした。
こうして22時51分、ムーンライトながらの東京駅出発で旅行
が始まった。
        *         *
2日目の最初の目的地は大垣。僕は子供の頃に東海道線の沿
線に住んでいたこともあり、列車の音は子守歌のようでもあ
ったので、車内でも熟睡して終点へと向かって行った。ただ
し、事前の検討で大垣での乗り継ぎ時間が2分しかないと判
っていたので、多少早めに起きて準備はした。そして大垣で
は、跨線橋を駆け足で渡って米原行へ乗り継いだ。
次の米原からは山陽本線直通の新快速。これで約1時間半、
大阪まで行く予定だが、この列車の扉が手動釦で開閉式のも
の、ここで3人目くらいに並んでいたら先頭の人が扉を開け
てくれない。他の入り口からは乗車が始まっているし、席が
取れないかと焦ったが、何とか扉も開いて着席できた。
大阪からは環状線、市営地下鉄を乗り継いで天保山。ここで
は、サントリーミュージアムでIMAX-3Dの上映を観るのと、
少し前にテレビ番組で紹介された3D-Memoriesを作ること、
それに時間があれば海遊館を見学したいと思っていた。
そこでまずはサントリーミュージアムに向かい、IMAX-3Dを
鑑賞した。上映されていたのは、『ダイナソー・アライブ!
3D』(Dinosaurs Alive !)と、『ブルー・オアシス�� 3D』
(Deep Sea 3D)の2作品で、それぞれ前者はマイクル・ダ
グラス。後者はジョニー・デップとケイト・ウィンスレット
のナレーションということでも話題になっていたものだ。
そこで僕は、2作品とも原語のナレーションで鑑賞すること
にした。因に、IMAX-3Dでは字幕が付けられないため、吹き
替えが基本となっているが、会場ではヘッドフォンによる原
音の提供も行われており、それを借りたものだ。
こうして鑑賞した2作品だったが、『ダイナソー…』では、
ダグラスの外連味たっぷりのナレーションは面白かったが、
全体的には普通の3D映画という感じで、CGIで再現され
た恐竜の姿も、学術的に正確に再現されているのだろうが、
それなりという感じのものだった。
それに対して『ブルー…』の方は、デップとウィンスレット
のナレーションはむしろ淡々としていて、情報を正確に伝え
るようにされていたが、映像は特に海底の小動物が乱舞する
ようなシーンでは、まさに視野一杯のIMAXスクリーンの中が
全て3Dになる訳で、さながら自分が海中にいるような気分
が味わえたものだ。
IMAX-3D作品は、東京にも上映館があった頃には何本か観て
いるが、その特性が存分に活かされたということでは、この
作品はベストの作品に選んでも良いと思える。特に、海底の
サンクチュアリーという作品のコンセプトは、この全身を包
み込まれるような映像を体感することで、まさに実感できた
という思いがしたものだ。
なおサントリーミュージアムでの上映は、『ダイナソー…』
は9月12日までの予定だが、『ブルー…』は7月24日までと
なっており、気になる人はお早めに。因に『ブルー…』の後
番組には、『ポケモン3Dアドベンチャー』と題された2本
の短編3D作品が、7月25日から8月31日までの上映になる
ようだ。その後に『ブルー…』が復活するかどうかは判らな
いが、その価値はあると思えた。
というIMAX-3D作品を鑑賞した後は、計画通り3D-Memoriesを
作ってもらい、さらに時間があったので海遊館を見学した。
因に3D-Memoriesは、3眼のカメラで撮影した映像から3D
の深さを計算し、それでプラスティックの材料の中に点描し
て行くもの。カメラの3眼が縦に配置されているのも面白か
ったし、途中で見せてもらえる3D映像もなかなかで、結構
楽しめるものだった。
一方、海遊館はリニューアルしたばかりとのことでかなり混
んでいたが、大きい水槽を中央に置いた形式は観やすくて、
特に細々した水槽を見て歩くより楽に見られたように感じら
れた。もちろん個々の生物については解りにくいなど、一長
一短はあるのだろうが、気楽に楽しむにはこの方が良いよう
にも感じられたものだ。
以上の予定をこなした後は、その日の入浴をユニヴァーサル
シティ近くにある「上方温泉 一休」というところに決めて
いたので、まずは天保山からキャプテンラインという海路で
ユニヴァーサルシティに渡り、JRゆめ咲線で西九条、そこ
から送迎バスを待ってスーパー銭湯へとたどり着いた。
この銭湯は、地底深くから汲み上げた天然温泉とのことで、
東京の各所にもあるスーパー銭湯と似たようなものだが、場
内の管理は比較的行き届いていて、ゆっくりと入浴を楽しむ
ことが出来た。それに従業員の態度も良くて、実は帰りの送
迎バスでは運転手の人との会話も弾んだのだが、ここで1つ
自分の失敗に気付かされてしまった。
と言うのは、この日の行程では上記のように、市営地下鉄で
天保山に入ってキャプテンラインでユニヴァーサルシティに
移動したのだが、実は、ユニヴァーサルシティの先の桜島と
天保山の間には無料の渡し船があると聞かされたのだ。つま
り、この桜島まではJRなので青春18切符で無料で行けた訳
で、そこから無料の渡し船なら、市営地下鉄と海路の船賃は
使わずに天保山に行けて、帰っても来れたということだ。こ
れにはちょっとがっかりしたが、後の祭りだった。
という話も聞かされたが、このバスの運転手さんには、途中
でJRの駅にも寄り道してもらうなど、お世話になった。
この後は、大阪駅でガード下の大盛の店で腹ごしらえをし、
新大阪駅で帰りのお土産を物色するなどして、21時59分発の
ムーンライト九州に乗り込んだ。
        *         *
3日目は、05時53分に門司で途中下車なので、この日も多少
早目に起きて準備していたが、ここで2つ目の失敗をしてし
まった。実は、門司の前の下関では機関車付け替えのために
10数分停車するのだが、ここで車掌からホームでふぐ弁当を
売っていますという車内放送があったのだ。
しかし僕は、どうせ門司での乗り換えもあるし、そこで買え
ば良いと思っていた。ところが関門トンネルを通過して到着
した門司駅には売店は無し、弁当も何も買うことが出来なか
った。つまり名物のふぐ弁当は下関で買わなければいけなか
ったのだ。これも後の祭り、気になるものは速攻入手しなけ
ればと思い知った。
しかも、この門司駅では区間快速の荒木行というのに乗り換
えなくてはいけないのだが、駅の案内板にはそのような列車
の表示がない。これには同じ乗り継ぎらしい他の乗客も駅員
に問い合わせていたが、駅員も判らないという始末だった。
そこで取り敢えず、他の乗客と一緒に時刻表通り06時01分の
普通列車に乗り込んだが、車内の放送でもそれが区間準急に
なるとも放送されない。
これにはかなり焦ったが、博多を過ぎた辺りで漸く9両編成
の前6両が途中から切り離されて区間準急になり、後3両は
そのまま普通列車で運行するとの放送があった。何ともいい
加減な話で、恐らく普段から使っている人には分かり切った
ことなのかも知れないが、少なくとも休みの時期には、もう
少し判りやすくしておいて欲しかったものだ。
なお、途中で乗ってきた若い女性にも、「この車両は準急で
しょうか」と聞かれたから、地元の人でも判っていないこと
もあるようだった。
ここからは、途中の乗り換えも含めて順調に進んだが、ここ
で車窓から眺めると、市街地では東京と同じコンビニエンス
ストアが並んでいたり、紳士服のチェーン店の見慣れた看板
や大型量販店の看板など、地方も東京も変らなくなってきた
なとは感じさせられた。このまま行ったら、何時か旅の風情
も消えてしまいそうだ。
それに、博多−熊本間では沿線に高架鉄道の工事も進んでい
たが、もしかして九州新幹線の工事かと思ったときに、乗っ
ている在来線の行く末も心配になってきたものだ。とは言う
ものの、熊本から乗った豊肥本線は、本線とは言っても2両
編成のワンマンカーで、この日の乗客はそれなりの人数が乗
っていたように見えたが、鉄道の衰退も仕方ないのかも知れ
ないと思わされた。
と言うことで、光の森駅から連絡バスで競技場へ。この頃に
は雨足も多少強くなっていたが、アウェイ側の入り口にはわ
ざわざヴォランティアの人に案内もしてもらって、無事開門
前に到着することが出来た。
        *         *
さて試合の模様は、いまさらレポートしても仕方がないが、
田村、石原のゴールなどで見事今期2勝目を飾ったものだ。
その他の競技場の印象を述べておくと、ピッチはかなりの雨
なのに水が浮くこともなく、パス回しも出来て選手はやりや
すそうだった。平塚競技場は昨年のベストピッチ賞を受賞し
たが、今期J2に上がって来た熊本のこのピッチも、きっと
良い評価を得られることと思う。
ただし、大きな競技場で雨のため屋根のあるバックスタンド
のアウェイ応援席に陣取ったが、そこから売店までの距離が
遠かったのはちょっと弱った。試合前に昼食などは確保した
が、近ければもう少しお土産なども探せたと思ったものだ。
アウェイ応援団の人数がもっと多ければ、別売店も開かれた
のかも知れないが、もう少し何とかして欲しい感じはした。

と言うことで、往路はここまで、帰路に関しては、また別の
日に報告させてもらうことにします。
(後編は4月20日に掲載しました)


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井口健二