ちむたんのつぶやき
DiaryINDEXpastwill


2009年03月21日(土) 家売るぞ日記(その6)さようなら、ピアノ

幼稚園のときはオルガンを習っていました。
小学校にあがった頃にピアノにかわり、それにあわせて両親がヤマハのアップライトピアノを買ってくれました。
私と同じくらいの世代の女の子がいる家には、かなりの割合でピアノがあるのではないかと思います。

ピアノを弾くのは好きでしたし、可愛い洋服を着せてもらえる発表会も楽しみでしたが、幼い頃から今と変わらず怠け者だった私は地道な練習がとにかく大嫌いでした。それでもまだ小学校低学年のころは持ち前のハッタリでなんとかなっていましたが、手が小さく1オクターブ届くのがやっとだったこともあり、少し難しい曲を弾くようになってきた4年生くらいの頃になるともうやめたくてやめたくてたまらず、どうやって週1回のお稽古をさぼろうか、と頭を痛めていた記憶があります。
結局、せっかく両親ががんばって買ってくれたピアノも、お稽古に通ったのはたったの5年間でした。母はさぞかしがっかりしたことでしょう。

中学、高校時代は時々思い出したように昔教わった曲を弾いてみたり、ニューミュージック(今となっては死語ですが)の楽譜を買ってきてたどたどしく弾き語りをしてみたり、でした。
大学は合唱団にいたので、音取りや伴奏の練習でそれなりに弾いていました。
でも社会人になってからは蓋を開くこともなくなり、二度の引越しについてきてくれたピアノは物置と化していました。


いま住んでいる部屋にこのピアノを持っていくことはできません。
楽器店に電話して、引き取りにきてもらうことにしました。

古いものですし、国内では売れないそうです。今はこういう中古ピアノはもっぱら海外に輸出されるのだそうですが、昨今の円高で輸出も止まっているとのこと。
てっきりこちらがお金を払うのだと思っていましたが、逆に2万円支払われました。買ってから33年も過ぎているのに、と驚きました。
たぶん明日引き取りに来られると思います、と楽器店の人が言って帰ったあと、ピアノに突っ伏して泣きました。

両親がどれほど私を愛していてくれたか、今ならこんなに胸が張り裂けそうなほどわかるのに、私はどこまで愚かなんだろう。
今さらこんなふうに悔やんだって、もう何も償えない。その上私は、両親の思いがいっぱい詰まった家や品々を、どんどん捨てていこうとしている。


約束どおり翌日には運送業者さんが来てくれて、私のピアノはほんの10分足らずで運び出されていきました。


timuta |MAILHomePage