ちむたんのつぶやき
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上野朝9時の特急で実家の街へ。この土日は地元の桜まつりなのです。
二日間とも天気は上々の予報、そして桜もちょうどよく満開になっていました。 自然は人間の思い通りにならないものなので、桜まつりが開かれても雨降りだったり桜が咲いていなかったり、あるいは散ってしまっていたりとなかなかタイミングが難しいのですが、今年はなにもかもがベスト!でありました。
桜まつりの週末は市内の道路が大混雑します。実家のある山の上から、あちこちに咲き誇る桜を眺めつつのんびり歩いて降りていきました。 高校時代は毎日上り下りしていた坂道ですが、今はもう歩くのは一年通してこの時期だけ。昔の私は元気者だった。
駅から伸びる桜並木の目抜き通りがお祭りのメイン会場になっています。桜の木というのは根っこがあちらこちらに伸びるので、街路樹としては実は大変不向きというか困り者(舗装や地下に埋めた水道管などが傷むため)だそう。それでも、かつて鉱山の煙害に強いからという理由で植えられた桜の木々は、市民の手によって大事に守られて今年も見事な花を咲かせています。
とにかく桜の多い街なので、お祭り会場でなくてもそこらじゅうでお花見ができます。 私と相棒が卒業した高校の近くにも、東京だったらあっという間に花見客だらけになるだろうなあ…という感じの広場があちこちに。 そのうちのひとつ、とある神社の境内で座り、風に揺れる桜の枝を眺めました。
それから高校のまわりをぐるっと歩いてみました。 卒業生といえどもう知っている先生もおそらくいないし、中に入りにくいので、校門のところから「あそこが職員室で、あの向こうに生徒会室が…」などと相棒と話していたところ、通り過ぎた野球部の生徒さんたちが礼儀正しく挨拶をしていくのでちょっとびっくり。きちんとしてるなあ。
と、相棒が小声で「どうもー、昭和から来ましたー」と言ったので吹き出してしまいました。 そうなんですよね、私たちが卒業したのが昭和63年3月。いま在学している生徒さんたちは、もう全員平成生まれなわけで。 彼ら彼女らにとって、私たちの在学当時というのは既に歴史の一部なんだろうなあ。
ちなみに私たちが一年のときに、野球部は夏の甲子園に出場しています。今のところあとにも先にもこの一回だけです。 挨拶してくれた野球部の子たちはきっと夏の予選に向けてがんばっているのでしょう。昔話をしてあげればよかったかしら(笑)。
気持ち的には高校の頃とあまり変わった気はしないなあと、目抜き通りを見下ろす歩道橋の上に立ち、暮れ行く春の空と山々を眺めたときにつくづく思ったのですが。
そこからは、実家のあるあたりがよく見えます。 変わったのは、あの家にもう誰もいなくなってしまったということだけ。 本当にそれだけ。
父と母が私をこの街に連れてきてくれました。 桜は変わらず咲きますが、人は去ってゆきます。 今年の花をともに見てくれる人たちがいることに感謝しよう、そんなふうに思いました。
夜は相棒のご両親がお食事に誘ってくださいました。 目光のから揚げ、しめさば、美味しかったー! …そしてその後はカラオケに。八代亜紀の「もう一度会いたい」をノリ良く熱唱する相棒を見てお父様が「いやあ我が娘ながら…」と笑っていらっしゃったのがいい感じでした(笑)。
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