ちむたんのつぶやき
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2007年12月10日(月) 挫折しかけながらもよかった探し

メロウな日記が続いてしまいます。すみません。
これ書いて浮上したいです。





土日の出来事と日帰り実家往復が心身へのけっこうなダメージになってしまい、ヘロヘロの状態で出社。
気分的にかなり落っこちていたので、仕事が忙しくなかったのをこれ幸い、コアタイム終了の3時でフレックスして帰りました。

首から肩から腰からバキバキにこわばって痛むのでマッサージを受けに。担当の人になかばあきれられながらほぐしてもらい、おかげでだいぶ楽になりました。

マッサージで揉まれている最中や、買い物をしているときや、電車に乗っている間も、うすぼんやりした悲しさがこみあげてきて気がつくと涙ぐんでいたりしてちょっといかんなあ、という感じでした。

なにがこんなに悲しいんだろう。



帰宅してしばらくして、相棒のお母様が今年も送ってくださったりんごが届きました。
せっかく早く帰ってきたからりんごジャムの第一弾を作ろうと、6個分の皮をむいて刻みはじめました。
単純作業をしていると、いろいろ考えますよね。



私は父が46歳、母が39歳のときに生まれた子供なので、同級生のご両親と比べて自分の両親がずいぶん年配なのは授業参観などで理解していました。
なので、その頃からずっと怖かったです。
両親が倒れる日、離別する日を、一般的な同年代の人より早く経験することになるんだなと。

実際に母は、私が22歳のときに発病して25歳のときに逝ってしまいました。母が脳腫瘍にかかっており、余命はあまり長くないと診断されたとき、来るべき時、恐れていた時がとうとうきてしまった、と心底思ったのをよく覚えています。

でも理解できていることと、覚悟ができていることとはまた違うんですね。
幼い頃から親との離別の日を思って怯えていたというわりには、精神的に自立できてない自分をひしひしと感じます。
ああ、自立できてないから怯えるのでもありましょうが。


でもねえ。
怖いのは、私が両親をそれだけ愛しているからで。
両親がそれだけ私を愛して育ててくれたからで。
母はほんとうに、今でも思い出すと胸がつまって泣けてくるほど、こんな私を慈しんでくれたし。
父の愛はなんというかそのややベクトル違ってる?みたいな気もしばしばしますけれども、喧嘩ばっかりしてた時期もかなり長くありましたけれども、今でも一緒に暮らしたらあんまりうまくやれる自信ないですけれども、それでも愛されているのは感じますし。

そういう愛情にどう応えるかといえば、それはもう、悲しさも怖さも焦りも疲れもひっくるめて、私の全力で行くしかないんだろうし。

もうちょっと人間がドライにできてればいろいろ楽だったのかもしれないなあ、と正直思いますが、ウェットなところも両親からもらっちゃったものだから仕方がない。


そんなふうに考えていたらすこし気分が明るくなってきたので、いわゆる「よかった探し」をとつおいつしてみました。

父がもし一人でいたときに土曜日のような状態になっていたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
(そもそも今回東京に呼ばなければこういう事態も起こらなかったかもしれないんだけど、そこは目をつぶるとして)
それに、まだ東京でよかった。もっと遠い旅行先だったら簡単に帰れなくて大変だった。
次兄や相棒が一緒にいてくれてほんとに心強かった。私一人で何もかも背負っているわけじゃないと思えた。

そんな感じで考えているうちに、りんごジャムはまあまあ美味しくできました。



ちなみに今日、父はゴルフにいったのでございます。
しかも一人で。
わたくしどものブーイングをものともせず。

お昼すぎに無事帰ってきたよ、というメールをもらったので相棒に伝えたら「いつも通りの行動がちゃんとできたことで、ご自分としても一安心なさったのではないかしらね。」といわれました。


至言なり。


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