ちむたんのつぶやき
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2006年06月03日(土) 母の夢

今朝方はなんだかたくさん夢を見ましたが、その中に亡き母の夢もありました。
母が車を運転しており、私は助手席に座ってハラハラしていました。
なぜハラハラしていたか、というと。

母は私が幼稚園の頃に運転免許を取り、脳腫瘍の手術をする直前まで、15年以上ずっと運転をしていました。大きな事故にあったこともありましたが(相手の過失が大きかった)、なかなか上手なドライバーだったと思います。

1991年、忘れもしないクリスマスイブの夜、大学4年生だった私の下宿に父から「母の様子がおかしい」と電話がかかってきて、私はあわてて書きかけの卒論の原稿を抱え実家に戻りました。
母はほんとうに元気がありませんでした。気付くとソファーにずっと座り込んでぼうっとしていたり、家事をするのもおっくうそうで。
見た目にやつれた感じはそれほどなかったので、父と私はうつ病とかそういった類の心の病かもしれないと考えていました。

その翌日、母と私は買い物に出掛けることになりました。
実家の車庫は狭いので、普段はまずドライバーの母が車を出して、そこで私が乗り込みます。
ところがその日、母は私を乗せるために停止することなく、そのまま走り出してしまいました。
すごく驚き、私は慌てて車を追い駆けました。10mほど走ったところで母が気付いて停まってくれ、やっと乗ることができましたが、母が自分の行動をとりたてて異常だと思っていない様子なのにびっくりしました。
その後も、ガードレールに接触するんじゃないかというくらい左に寄ったまま走ったり、スーパーの立体駐車場に上がる通路でなぜか非常停止灯を点けっ放しにしたりと、明らかにおかしな運転を続ける母がおそろしかったです。
たまりかねて帰りは運転を代わりました(私もずっとペーパードライバーだったのでそれはそれで恐ろしかったですが)。
もしあんな感じでここしばらく運転していたのだとしたら、よく事故を起こさずに来たものだと慄然としたものです。
その晩帰宅した父に今日の出来事を伝え、もう運転はさせてはいけないし、絶対に明日は病院に連れていくべきだと話しました。
そしてCTスキャンを撮ってもらった結果、悪性の脳腫瘍という診断がついたわけです。
結局それが、母が車を運転した最後になりました。

夢の話に戻りますと。
母とは、楽しいドライブもたくさんたくさん経験してきたはずなのに、どうしてもあの日の印象が強烈なんだなと、少しさびしく思いました。
母が夢に出てきても、元気だった頃の姿があまりないんですよね。
あの、病名が分かる前の短い不安な期間を思い出すことが一番多い。
それまで明るくやさしく働き者だった母の突然の変貌に、心からショックを受けたんでしょう、私は。

なんだか悲しい話ですみません。


その配偶者である父は、母より6歳上ですが今日もなかなか元気です。
去年心臓ペースメーカーを入れる手術もしましたし、気管支が少し弱くなっていたり中性脂肪の数値が高かったり、いろいろ心配はつきませんが。なんせもう82歳ですから。

かかりつけのお医者さんにはやせなさいと厳しく言われているようですが、相変わらず食欲旺盛です。甘いもの大好き、果物大好きです。
運動量は大したことないのに(ゴルフに行かなければめったに外出しない)、食べる量はけっこうなものなので、肥る一方です。
でも、昔の写真を見たりして己の変わりようにびっくりし、これは少しやせなくてはと思っているようですが、なかなか難しいところです。

先週の稚内旅行で、土曜の朝に羽田で飛行機待ちをしていたとき、アイスコーヒーを買ってきて渡しました。
そそっかしいのと無頓着なのとで飲み物や食べ物をすぐこぼすので、クリームとシロップを入れてあげようとしたところ、父が「シロップは半分でいいよ」と言いました。
…なんかそれがすごくけなげで。
じーんとして、ちょっと泣きそうになりました。
甘いコーヒーが大好きなのにね。我慢するんだよね。
もう、父の喜ぶことならなんでもしてあげよう、と思いました。

そんな殊勝な気持ちは、その一瞬だけですけど(笑)

父は今日も、私がお土産に買ってきたきんつばを「1回1個にしなさいね!」と私にチェックされつつ美味しそうに食べています。
82にもなって娘に叱られ、好きなものも自由に食べられないとは難儀なことだ。


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