ATFの戦争映画観戦記



【File061】外伝�Γ硲亞�設1周年記念《再録》あゝ横須賀は燃えているか・・・!後篇

2002年10月09日(水)

通勤途中に通りかかった交番の前の掲示板に貼られた1枚のポスターに、私ATFの視線が釘付けになりました・・・みなさんもご存知でしょうが、刑事ドラマでもお馴染み・・・デカと言えばコレ�犒抻ー蠶↓瓩�刷新されて、ATFも大好きなアメリカンポリスタイプのバッヂ方式の身分証明法に変わるようです。一般の制服の警察官も胸にバッヂを着けるそうです。「警察の者ですが・・・」実際には�犒抻ー蠶↓瓩覆苗鷦┐垢襪海箸呂△泙蠅覆い修Δ任垢�、余りにテレビドラマのイメージが強すぎて、警察官、特に私服の刑事や捜査官にとってのトレードマークになってしまった�犒抻ー蠶↓瓩發�役御免・・・「動くな、警察だ」刑事が高く掲げた手には金色に輝く警察バッヂ・・・「お前には権利がある・・・」アメリカの刑事ドラマで有りがちな1シーン。最近は日本も物騒です。いきなりドカン!とぶっ放されかねません。光り輝く警察バッヂのご威光で凶悪犯罪を平れ伏させていただきたいものです。
さて昨日に続き、当�狎鐐莟撚茣兩鏥��瓩慮凝世箸盡世┐襭達錬彪納�板に書き込んだ�牴�須賀海軍カレーOFF従軍記「あゝ横須賀は燃えているか」�畍緤咾任后L瓦繁糎韻範果,魑瓩甓�須賀の地に降り立った男たちを待ち構える驚愕の出来事の数々、果たして結末は・・・それでは【開演ブザー】いつものように携帯電話の電源はお切り下さい。

【COI横須賀海軍カレーOFF従軍記�爐◆飢�須賀は燃えているか�畍緤咫�
�α以圓里△蕕垢�
それはOFF会の席上での些細な一言が発端だった・・・『横須賀に海軍カレーでも食べに行きますか』その一言に導かれるまま、男たちは横須賀へと旅立った!まだ蝉時雨木霊す晩夏の横須賀、旧海軍の伝統を今尚伝える海上自衛隊第二術科学校、戦う海の男たちの魂が憩う海上自衛隊横須賀総監部吉倉岸壁・・・。男たちの夢と冒険と浪漫溢れる旅は続く・・・のであった。

�Ц遽甸呂Δ澆�り未だ接舷せず(海自横須賀総監部吉倉岸壁パート2)
総監部の建物を横目に帰途につく一行。が、次の瞬間、一行の目には信じられない光景が飛び込んで来た。「あれ、あそこの自衛艦、入港してくるんでは・・・」そう、霞にかすんだ沖合いを航行していた自衛艦(ATFの双眼鏡で確認)が、艦首を序々に一行の方向へと向けて来ているではないか・・・そしてそれを裏付けるかのように、総監部所属?の曳船が沖へと移動し始めた。「これは、ひょっとすると入港・接岸シーンが観られるのではないか?」一行の期待に応えるかのように、だんだんと迫ってくる自衛艦。双眼鏡を覗いていたATFの目に見えたもの・・・「わお、当弦礼じゃ・・・」そう入港艦の右舷には真っ白な三種軍装の乗組員たちの姿が・・・「あれ、艦橋の上に民間人みたいな連中が乗ってる」しかし今日は体験乗艦はないはずでは・・・。そんな間にも、件の艦は一層接近してくる。「とにかく桟橋に戻ってみよう」一行の足は疲れを忘れたかの如くいま来た道のりを戻っていった。そう疲れを知らない子供のように・・・。てっきり接岸するのは「いかづち」の停泊する桟橋(いかづちの反対側は空いていた)だと思っていた一行の想像を大きく裏切り、件の艦は「いかづち」と「しらね」の中間で曳船の援助を受けながら旋回を始める。そう「出船」の体制で接岸しようというのだ。さらに一行を驚かせたのは、桟橋ではなく旗艦「しらね」の右舷に接舷しようとしていたことである。いよいよ接舷体制に入る。出船体制になった為、艦尾の艦名がはっきりと見える。第一護衛隊群第五護衛隊所属「うみぎり」(あさぎり型3550トン)である。もはや後部ヘリ甲板にははっきりと民間人多数の姿が確認できた。唖然として佇む一行の眼前で自衛艦の一大接舷ショーが展開される。担当士官の号令により信号旗が絶えず変り、艦内スピーカーが状況を伝え、曳船が微妙なタイミングで艦体を押していく。やがて二艦の間にロープが渡され、艦体が固定される。そしてタラップが渡され作業終了。この間約20分。民間人の下船が始まる。一行は雑踏を避ける為、感動に後ろ髪を引かれながらも、その場を後にし総監部の営門へと向かう。途中岸壁に埋められた杭の特異な形に一行の足は止まった。「なんか大砲っぽくないですか」そう形は明らかに先込砲の尾部である。それを証明するかのように着火用の火箭口がさび付いた姿を晒していた「きっと明治時代の戦利品かなんかじゃないのかな〜」歴史を物語る遺物が、こんなところにもあるのであった。総監部本部庁舎の屋上には桜三つの海将旗がはためく。「今日は総監が在庁なのか」昔でいえば鎮守府長官ってとこですかねぇ・・・。しばらくして営門に到着。「今、入港してきた艦に乗ってた民間人はなんなんですか?」営門の警備海士に尋ねる「あれはうみぎりの関係者を招待してんですよ」う〜む、やっぱ持つべき者は自衛官の知り合い&肉親かぁー。くそッ乗りて〜なぁ・・・。一挙に重くなった足を引きづりながら、ヴェルニー公園を通って、一行は次なる目的地、そう今回の作戦の引き鉄となった、あの○○○○○へと向かうのであった・・・。

�┻�藍亭209(元祖海軍カレー大試食会)
横須賀総監府を後にした一行は�猜睚爾遼槊劉瓩箸个�りに徒歩にて次なる目標へと向かう。途中ヴェルニー公園内にて、またもや旧海軍を忍ばせる遺構を発見。古い電話ボックスのような建物がふたつ、旧海軍の上陸場の門衛が現代風の公園の中に場違いの様にポツンと建っている。更に進むと「海軍の碑」や「軍艦山城の碑」等の記念碑も旧海軍を忍ばせている。ダイエーの横を通り、一行はいよいよ横須賀の市街地へと進入。土曜の午後の雑踏を抜け、一路どぶ板通りを目指す。ここに至って空模様がおかしくなり、ポツリポツリと雨だれが頬を濡らし始めた。その間に一行はどぶ板通りに到着。土曜の午後ながら空模様の所為か人通りは少ない。ミリタリー雑貨や輸入雑貨の店が多いが休業している店舗も多い。ミリタリー雑貨店で売られていた「砲弾ケース」一般人が買って何に使うのか・・・花瓶?(・・・爆)やがて諏訪神社入り口付近で横道へと曲がる。前方に「魚藍亭」の看板が見える。通りの両側には大きく「カレーの街・横須賀海軍カレー」と書かれたのぼりが何本もはためいている。いよいよ今回の作戦の主たる目標「海軍カレー」との対面である。そんなこんなで「魚藍亭」に到着。時刻は午後2時09分(極めて虚覚え)。予定外の接舷シーンに時間を費やしてしまった・・・。私ATFは事前のリサーチ不足の為「魚藍亭」をカレー専門店と思っていたのだが、実は海鮮居酒屋。従業員の方に案内され地下の客席へ。時間が時間(昼食には遅すぎ酒宴には早すぎ)なので、店内には他に客はなく、我々一行のみ。さっそく席につき、疲れた足を癒す。まずは喉の渇きを癒す為「生」を注文・・・そして目的の「元祖海軍カレー」も。さっそく運ばれてきた「生」で乾杯。乾いた喉と空きっ腹に染み渡る快感。やがて運ばれてきた「海軍カレー」いよいよ作戦の主目標と対面だッ。おぉ、情報通りコップに注がれた牛乳も到着。さっそくスプーンを手に取りカレーを口に運ぶ。これが「元祖海軍カレー」か・・・明治海軍のレシピを再現した味。うーむ、普段よく口にするカレーとは明らかに違う。そうカレー特有の辛味が少ない。かと言って甘口とは違う。ジックリ煮込まれた野菜や肉が心地よい歯ざわりである。海軍カレーの解説書きによると、カレーをライスにかけて食べる方法を開発したのは英国だそうで、シチューを日持ちさせる為、香辛料をたっぷり入れて料理したのが始めだそうで、その英国海軍を師とした明治の日本海軍にも伝えられたとの事。普通のカレーのように食べ終わった後、カレーの残味感がなく後味の良いカレーである。会食の間にも一行の会話は弾む。今まで見て来た感想やお決まりの戦争映画談義。そう戦争映画の中の食事シーンや軍用レーション、果ては日本軍パイロットに配られていたという�爛劵蹈櫂鶚瓩力辰泙�・・・いつもながらに内容の濃い会話であった。最後に流し込む牛乳が喉に心地良い。さぁ食料の補充は完了した。元気を回復した一行は、鞍を置き(海兵隊風?)いよいよ最終目的地へと出発する。伍長殿、本日の戦果として海軍カレーのレトルトパックをたっぷり購入。九州の地に「元祖海軍カレー」の味を伝道してくれるだろう。空模様はいよいよおかしくなりつつある。なんとか持ってもらいたい。一行の前途には明治海軍・・・いや日本海軍の象徴が待ち構えているのであった・・・。

��♪雨中戦艦ミィカァサ〜♪♪
元祖海軍カレーによって体力を回復した一行は、一路最終目的地へと急ぐ。空模様は既に大きく崩れかけ、雨足が近づきつつある。米海軍横須賀基地の裏通りをひたすら歩く。整備された遊歩道には様々なレリーフや人工池、モニュメントが築かれ、市民の憩いの場でもあるようだ。土曜の午後とあって、最悪の天候ながらすれ違う人通りは多い。歩くこと暫し、やがて前方に燦然と靡く軍艦旗が見えてきた。「傘よ、あれが三笠の軍艦旗だ・・・」などと一人感動に胸を高ぶらせる。三笠前面の広場の中央では、連合艦隊司令長官東郷平八郎大将の銅像が一行を出迎えた。券売所にて入艦券を購入し、一行はいざ艦内へ。左舷の舷門昇降階段より乗艦。当直将校・・・いや三笠保存会のおじさんより艦内案内図を貰う。しまった艦尾の軍艦旗に敬礼するの忘れてた・・・。チーク材の左舷砲甲板を通って艦中央部へ。途中15cmや10cmの副砲・補助砲を堪能し、前甲板、第一主砲塔へと向かう。艦首より第一主砲塔・艦橋を望む。どうしても砲塔の前でポーズを取ってしまうマニアの悲しさよ・・・。砲塔の装甲を叩くと空洞っぽい反響音が・・・「復元したレプリカ」だって事を忘れてた。次に一行は艦橋に登る。いよいよ日本海海戦において東郷長官が立っていた場所だ・・・。最上甲板は意外と狭い。あの有名な�犹鯵泙凌洵瓩任魯泪鵐肇譽奪箸飽呂泙譴胴�々と見えるのに。さらに前甲板を見下ろすと、やっぱ狭い・・・。猫の額?のような・・・そして、ふと振り返ったATFの眼に映ったのは�狹豢浸蔑當拘院弊菁ち眥硬臓墨�合艦隊参謀長(軍医大尉殿)三笠艦長(技術大佐殿)測距儀の少尉候補生(伍長殿)�瓩両�にその姿であった・・・おぉ、なんたる感動!次に一行は階下の艦橋(これが木製なのには驚いた)操舵室(厚さ15cm程の装甲に囲まれていたが、異常に狭い(てめえがデブなだけだろ〜ッて・・・う〜む)次はいよいよ艦内である。艦内は日露戦争を中心に旧海軍や自衛隊関連の陳列物・資料・史料が並ぶ。どれも貴重なものばかりだ。ウォーターラインも真っ青な艦船模型の数々。各種絵画や文献、記念品の数々。艦艇のミニチュアが動き、海戦を再現したジオラマ?おおチャンと水柱が上がるぞッ(実は綿棒・・・)士官室や艦長・長官公室。実際に東郷長官が使用した調度品などが我々を出迎える。戦後荒廃(艦体以外の上部構造などほとんど撤去され、スクラップ寸前だった様子や、ニミッツ大将らの賛同者によって復元が進められた経緯、某全国新聞による復元に対する非難記事等々、中々興味深い。一通りの見学がすんだ一行を甲板士官・・・いや係りのおじさんが呼び止める。「まもなく前部講堂にて映画の上映が始まりますよ」なんたる感動か、三笠艦内前部兵員居住区・第一主砲塔基部を改造した200名程の上映が可能な講堂で「日本海大海戦・海ゆかば」スペシャルダイジェスト版15分バージョンの上映である。こんなところで、しかもこんな映画を観ようとは・・・。ダイジェスト版ながらストーリーの要所は突いており、中々の感動だ。そうだCOIの25万ヒット記念上映会ここで出来ないもんだろか、などと考えながら、アッという間の15分だった。見学の終わった一行は上甲板へ戻る。さあ見学も終了だ。10cm砲をバックに記念写真でも・・・と砲にもたれたところ、なんと砲身が左右に旋回するではないか・・・さらに上下にも。これぞ見捨てておかりょうか・・・さっそく伍長殿が砲手、ATFが旋回手兼装填手の役どころで記念撮影「目標、前方の国親父座ろう、距離五千〜ヨーイ、射〜ッ」などとセリフが聞こえてきそうである。見学を終え艦外へと出た一行を颯爽と靡く艦尾の軍艦旗が見送る。帰路、売店にて海軍士官の短剣を模ったネクタイピンを記念に購入。直後、一天俄かに掻き曇り、怒涛の如く雨が降ってきた・・・まるで一行との別れを惜しむ彼女(三笠)の涙のように・・・。さあ今回の作戦の全航程は終了した。再び米海軍横須賀基地横を通り・・・この時、通用ゲート警備の海兵隊員がショットガンを肩から下げ、厳しい目つきで一行を睨み付けた・・・果たして数日後に起きる世界的惨劇の予兆であったのだろうか・・・一行は疲れた足を癒し、本日の反省を行い、さらにCOI25万ヒット記念OFFの企画を考える為、横須賀市街の居酒屋へと立ち寄った。しかし、いつものCOIのOFF会のときほどに話題が盛り上がらない。さすがに疲れが一行を覆う・・・でも心地良い疲れだ。そして打ち上げも程ほどに、再来を企した一行は電車上の人となり、横須賀駅を後にしたのであった・・・。

以上が�爍達錬媛�須賀海軍カレー野外OFF会�瓩療針�でした。あれから早や一年。世界各地で戦争やテロの嵐が吹き荒れ、多くの血が流された1年でした。21世紀も2年が過ぎようとしています。ATFが未だ幼かったあの頃、胸をワクワクさせながら読んでいた本に描かれた21世紀は、果たしてこんな21世紀だっただろうか・・・戦争映画は大・大・大好きだけど、本当の戦争は大・大・大嫌い・・・などと一層強く思う今日この頃です。さて今月の20日は、再来を企した�狢茖臆鵤達錬斌邀娃錬藤堂顱租擶裟鐚屐�予科練OFF�瓩�開催されます。あの横須賀で味わった感動再び・・・を期待しつつ、今回のお話はここまで・・・一同気を付け〜ッ、敬礼ぃ【続く】

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