北東崎鳳凰−記録帳
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| 2005年01月24日(月) |
涙の無い葬式(内容的に、昨日と統合) |
とにかく、葬式の煩わしさや 手間の多さを目の当たりにしました。
祖父、戒名 徳壽院誠英寅照居士 90歳 うっ血性心不全にて2005/1/20(木) 17:40にて としま昭和病院にて死去。
専ら、大量に押し寄せた、親戚達の 再会と語らいの場でした。
ボケてほぼ何も認識できなかったこの5-6年でしたが 天寿をまっとうできたものかと・・・。
妹その1と、従弟その1が馬鹿みたいに ゲラゲラ笑いながら会話が盛り上がって居たのは なんとやら。 親父と妹その1は、普通に話が進む間柄なのか・・・。 私はどっちともさほど会話が通じない。鬱だし(^_^;
私も色々な人と会話はしましたが・・・。
母方の祖父の葬式ですが、母親と妹その2は 私と似たように鬱で調子が悪く、来られず・・・。 親父の顔が幾らか肥えて居て、ぱっと見分からず(^_^; 叔父その1も、少しの間分からずとかで戸惑っていたらしいです。
葬式 告別式 斎場へ移動 落合斎場にて最後の分かれ その後 3階席で休憩。 御茶菓子を出されるも、ビールを飲みまくる親父 「一時間後に何が起こるから分からんから、食えるうちに食う」 そんなんだから 肝臓に来るんじゃねぇのか・・・。
棺ごと焼いてしまうのね。 あとは骨だけに。 箸と箸で掴んで・・・私は祖父の弟さんと。 祖父6男 弟さんは7男とか・・・。
高齢の割りに、比較的しっかりと骨は残って居たそうな。 喉仏とか説明する 係員。
あとは寺に戻り、精進落しとか初七日とか・・・。 般若心経・・・。 遅い昼飯を食べながら歓談。
妹その1と従弟その1がまた馬鹿みたいに歓談。 私も攻撃される・・・。 人生の痛い所を突くな・・・。 従弟その2とちと会話。こっの方が私とは気が合うかな。
雪が振り出した頃に帰宅。 私だけ自転車w
その後何やら留守番の 婆さんの友達方と人生相談・・・。 「その挫折も、これからの人生のためなのよ」 とか、暖かい雰囲気で話は進みましたが・・・
まぁ、今の所は鬱で中退*2の私が 挫折の仕方ではトップクラスかと(^_^;
その後は・・・も適当に寝ます。 爺さんの部屋は、四九日まで あの様相らしいです。位牌 骨壷 写真・・・
あぁ、色々な電話が掛かってきますよ。 墓地案内とか、香典返しの品物案内とか。 そういう情報もすぐ流れるらしい(^_^;
婆さん曰く「いい社会勉強にもなるだろ」 とね・・・。
はい・・・。 あぁ、スーツ着た私なんて、葬式くらいかね・・・
てか、生きているって どういうことなんだろうかいな・・・と また考えさせられたり。
鬱の業火の中で、生きていることを噛み締めてみますか・・・? 仕事は辛いですが・・・
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