本日は何とか無事に終了。 飯抜きでも、意外と人は耐えられるものである。 結局のところ、毎日補給されているエネルギーがたった一日供給されなかったからといって、 人がいきなりどうにかなる訳は無いのだ。 最後の方はちょっと訳が解らなくはなっていたが、 まあ、大体の部分で普通通りに動けたのだし、良しと判断しよう。
日々是徒然。 人は誰しも道を踏み締め進む旅人であり、 先々の地面で出会う悲喜が足跡となり、その人を示す標となる。 喜びは歩みの原動力となり更なる道程への栄養となるが、 哀しみは傷となり、歩む足を鈍らせる障害となる。 あまりに大きな哀しみは人を歪ませ、進む道を変容させ、時には歩みそのものが止まってしまう事すら有り得る。 買ってきたチョコを開封したら、一度溶けて固まった跡がある、なんていうのは、 極爆にとっては非常に大きな哀しみである。 しかもそのチョコがア○フォートで、上面の船の絵柄が判別出来ない程にデロデロになっていた場合、 その哀しみは計り知れないものとなるのだ。 この痛みによって歩みが止まる事は多分無いが、 それでも、この怒りを筆に込め、高らかに叫ぼうと思う。 セブンイ○ブンのバカヤローがッ!!! この例を見てみると、 たまには哀しみも歩みの原動力となりうる場合があるようだ。怒りとして。 チョコとかアイスとか、食料の中でも嗜好品の比重が高い商品の状態管理は、しっかりして欲しいもんだ、という話。
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