久々の戯言。 独り、夜中にコンビニでバイトしてると、 こんなつまらん事を考えてしまうものなのだ。 まあ、夜中に来る客なんて、殆どが泥酔客。 店員がブツブツ何か呟いていても気にはせんだろ。
戯れの3「アリとキリギリス」
皆も良く知っているであろう、 有名なイソップ童話の一つ、「蟻とキリギリス」 越冬の準備をコツコツ進めている蟻を尻目に、 ひたすらに遊び続けていたキリギリス。 しかし、不真面目生活を続けていたキリギリスには、 当然の如く冬を越えられない訳で。 食料も、燃料の備蓄すらも無い彼は窮地に立たされる。 さて、ここからが問題である。 イソップ童話の本筋では、このキリギリス、 無情というか、当然というか、死んでしまう。 蟻が今までの備蓄を使い、のうのうと生き延びている横で、 彼は助けも奇跡も無いまま、あっけなく死亡してしまうのである。 まったく素晴しい童話だ。この物語のテーマは「働かん奴は死ね」 ストレート。鼻水垂らした子供にも、理解できる世の理というヤツである。 ここまでは問題無い。 だが、この童話。 何処でどうなったのか、何故か結末が変更されてしまう。 死んでしまうのが可哀想だとでも思ったのか、 死というモノが子供向けで無いと思ったのか、 キリギリス、蟻に助けられてしまうのである。 この結末の変化が何時、何処で起こったのかは極爆には判らないが、 とにかく、この要らぬ情けにより、 この物語に大変革が起こる事となる。 「物語のテーマの変更」である。 とりあえず、キリギリス氏が生き延びた事により、 「働かん奴は死ね」の論理は崩れ去る。死んでないんだから。 という事で、主題はこうなる。 「働かなくても何とかなる」 生活保護を受けるとか、それ以前に実家に寄生とか、 まあ、何とかなってしまう。 なんと現代にマッチしたテーマである事か。 今の時代、キリギリスでも生きていける世界になってしまった訳だ。 本来、自立をテーマにしていたこの物語が 本当に困ったらならば、 誰かの同情を買っていれば生き延びれる。という、 何とも上手い、世の渡り方を教える教科書になってしまったのである。 まあ、実際、体面とかそういうものを無視すれば、 この世は生きていける世界なんだろうなあ、とは思うが… なんだかなあ。 死によって子供が受けるショックより、むしろ、 この「キリギリス精神」を育んだ子供達が世にでる事の方が不安である。 情けによって生まれた、新「蟻とキリギリス」 「全てを捨てれば生き延びる。それが嫌なら死んじまえ」 という声が聴こえてきそうな、 何とも世の中を反映した、世知辛い、滑稽な物語への進化である。
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