せきねしんいちの観劇&稽古日記
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| 2007年10月10日(水) |
富士見丘小学校演劇授業 |
今日の授業の準備をしているうちに朝になってしまい、ああ、これなら、いつもみたいにばたばた出かけなくて大丈夫と思ったのに、電車に乗り遅れ、ぎりぎりになってしまいそうに。 いつもは乗らない常磐線に乗ったら、渡邉さんにばったり会う。「強烈な人がいるなあと思った」とのこと。朝の混雑した電車でもとなりの車両から見えたらしい僕の金髪。 富士見丘のことなど、朝からおしゃべり。今週末に予定している「TEA FOR TWO」の打ち合わせのことも。 日暮里の駅で、じゃあ、またと別れる。 焦りながら、それでも授業前の20分休みの間に学校に到着。 お久しぶりの青井さん、里沙ちゃん、それに健翔さんと軽く打ち合わせ。 今日の授業は「聞く」ということ。 篠原さんがロンドンから送ってきてくれた、倒れている子供の心臓の音を聞く場面を中心に、いろんな「聞く」ことを体験してもらう。 はじめは、健翔さんの指導のもと、「伝言ゲーム」。簡単な言葉だなあと思う割に、なかなかそのまんまは伝わらない。2クラスを全部で4つのチームに分けての対抗戦。おかしな答えがいろいろ出て盛り上がる。 続いて、青井さんによるエクササイズ。床に横になって目をつぶって、いろんな音に耳をすます。 教室の壁や天井が遠くなったり近くなったりするのをイメージ。その後、壁も天井も全部なくなった空間に自分だけがいるのをイメージ。そのとき、聞こえる音を聞いてみる。 それから、自分のカラダの中の音も。続いて、二人組になって、心臓の音を聞いてみた。 台本の中に書いてある、倒れている子供の心臓の音をきいて、僕らがよく知ってる動悸とは違う音が聞こえてきてびっくりするという場面をやってもらいたいのだけれど、違いがわかってびっくりする前に、誰かの心臓の音を聞くというのは、とてもちゃんとふれあわないといけないんだということに気がつく。 たぶん、それは手をつないだりすることより、もっとごまかしのきかないふれあいなんだ。 子供達は、微妙に照れながら、それでも聞いてみてくれたと思う。 休憩の後、今日のテキストを配って、演じていってもらう。 心臓の音を聞くことは、なかなかにデリケートなことだとわかったので、今日のチームは、先生方と相談して男女別にしてもらう。 音が聞こえるまでの5人の子供たちの軽やかなやりとりが楽しい。それが、場面の最後の心臓の音を聞いてみる場面でちょっとためらいがちに滞る。 実際の台本でのこの場面の練習は、ていねいにやっていかないといけないなと思った。 「いいから、胸に耳を当てる!」とか、「当ててるように見えればいいから、やってごらん」というようなことは言いたくない。 彼らの中にあるためらいや、ナイーブな気持ちを大事にしたいと思った。 特活室には、収穫したばかりらしい、稲穂や籾が置いてあって、ひなたくさい秋のにおいがした。 籾は、野球のボールと一緒にすり鉢にいれてある。きっとこれで脱穀するんだねと、里沙ちゃんと話した。
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