せきねしんいちの観劇&稽古日記
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2007年03月27日(火) 劇団劇作家打ち合わせ 演劇集団円「ラプチュア」

 5月の末に演出をする、劇団劇作家のリーディング(正式なタイトルは「劇読み vol.1」)。今日は、作家のみなさんとの顔合わせというか、打ち合わせ。
 作家として、どんなリーディングにしたいかというのをうかがい、僕も自分の考えを言わせてもらう。
 今回取り上げる8本の作品のうち、僕の担当は4本。それぞれ全く違うテイストの戯曲を、どう立ち上げていくかをじっくり話し合った。
 最終的な演出プランはまだ決まらないけど、絶対におさえておきたいという何点かを伝える。僕のやり方についてのプレゼンだ。
 キャラクターを各自がつくって、どう語るかの工夫をして、正面に向かって語りかけるようなものにはしたくない。それぞれがマイクに向かう形の声優さんの録音じゃないんだから。芝居は俳優一人一人の中じゃなく、俳優たちの間、俳優と観客の間にありたい。
 ちゃんと上演するのは大変だから、とりあえずリーディングにしてみましたというような「とりあえず」のものにもしたくない。リーディングならではのおもしろさを生み出さなくてはと思う。
 印刷して持って行った4本分の仮台本は、それだけでずっしり重い。4本分だものあたりまえだねと作家のみなさんと笑いあった。
 夜、近くのステージ円で上演中の「ラプチュア」を観る。オーストラリアの劇作家、ジョアンナ・マレー・スミス作で、演出は、劇団劇作家でも演出をご一緒する山本健翔さん。
 円の舞台をみるのはほぼ二十年ぶりだ。養成所の同期の活躍は知っていながら、なかなか見に来ることができないでいた。
 今日のキャストのひとり、込山順子さんもその一人。
 登場人物は、男女3人ずつ6人の舞台。前見たときは、若々しかった役者さんたちが、みんなそれぞれ中年になっていたことにおどろく。まあ、当たり前なんだけど。
 芝居は、ヤッピーなクラスの三組の夫婦、彼らはとても仲がいいんだけど、一組のカップルの家が全焼してしまったことをきっかけに、初めて、自分たちがなんなのかというのを見つめるようになる。たしかだと思っていた友情が、どれだけもろいものの上になりたっていたかなどなど。
 全編、ひたすら会話。というか、おしゃべりの連続。他愛のない話が、とんでもないことになってしまうスリル。どんどんとんでもないことになっていく彼らの間柄から目が離せない。
 それにしても、これは日本人の会話じゃないなあと思う。きっちり対立することにためらいがないもの。
 終演後、一緒に観ていた劇団劇作家のみんなと話したのだけれど、日本人はもっと違う方向に話がずれていくと思う。対立を回避する方向へ。
 今日の舞台は、翻訳劇にありがちの「それにしてもよくしゃべるなあ」という感じがちっともしなかった。翻訳がこなれていて、とても自然だ。センテンスの長さが俳優の息にぴったり合っているように思えた。キャストのうでと、翻訳と演出の力、それがせいいっぱいの力業でなく、この芝居をつくりあげているのがすてきだった。


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