せきねしんいちの観劇&稽古日記
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妹の家の猫、ナナは、まだ入院している。長くなりそうだとのこと。 いつもは、とてもおしゃべりでニャーニャーよく鳴く猫が、黙って寝ているそうだ。 ともあれ、元気になるだろうというのは明るい未来だ。 ずっと昔、葛飾の家で飼っていた猫が、家の前の京成電車にはねられたことがある。 夜、まだそんなに遅くない時間に、おとなりの奥さんが教えに来てくれた。 外に出たら、腰から下がなくなったうちの猫が線路に近い道ばたに横たわっていた。 小さな声で鳴いていた。 バスタオルでくるんで、家につれて帰り、ずっと起きて、様子を見ていた。 獣医に連れて行こうとは誰も言わなかった気がする。 もうだめだと思ったんだろうか? よくわからない。 翌朝、猫は息を引き取っていた。 たしか、この猫が死んだのをきっかけに、僕の家は、「もう動物は飼わない」と決めたんだった。 でも、その何年か後、母親は近所の子供が連れてきた犬を飼い始めていた。 その犬は、葛飾の家から今の越谷の家に引っ越してきて、老衰で死んだ。お世話になったのは、ナナが入院している動物病院だ。 子供の頃、飼っている動物の死は、とても身近だった。死んでも死んでも、また新しい生き物と暮らしていこうとしてたなあと、あの頃の僕らがとてもたくましく思える。 生きてる限りは誠実につきあって、死んだらいつまでも思い出す。そうやって、死と向き合うことが、いつのまにか当たり前になった。 子供の頃から、命と死ととなりあわせで育ててくれたことは、両親に感謝していることの一つだ。
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