せきねしんいちの観劇&稽古日記
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予定が変更になって3、4時間目の授業にうかがった富士見丘小学校。来週末の学習発表会の練習だ。 今日は音楽の畑先生が来てくださって、音楽との合わせを中心に。 クロアチアから送られてきたゾウの絵がパネルになっている。いろんなゾウがいてほほえましい。それがゾウ?というものから、まるで写真のように緻密なものまで。 3時間目のあと、5分間の休み時間。あけた4時間目はみんな急に元気に生き生きとしてきた。やっぱり身体が暖まって、気持ちも盛り上がってからのほうが、おもしろくなるんだね。 みんなで歌っているときにつまらなそうな顔をしている子を列から連れ出した田中先生。楽しそうに歌ってるみんなのようすを見てご覧ということ。 たしかに列になって(合唱団のような隊形)並んでると、自分以外の人の様子はほとんどわからない。こういう群読と合唱でも、お互いを見るっていうのは、大事なことなんだ。列に戻った子たちは、みんな前よりもずっと生き生きとした表情になっていたと思う。 最後に、篠原さんと僕はひとことずつ(?)感想を伝えた。 体育館の一番後に座ってる人に届くように声を出すともっとよくなるということ。鴻上さんが授業のときに言っていた、「まず身体を楽しく動かしていると、気持ちも楽しくなってくる」ということは、ほんとにそうなんだなあと思ったということ(だから、どんどん楽しく動いてみよう!)。 1年生から5年生までのみんなが聞いているこのお話は、全員で一つの物語を語っています。戦争が激しくなってサーカスのゾウが動物園に来たこと、どんどん動物が死んでいったり殺されたりしたこと、戦争が終わったこと、などなど、セリフで伝えなければいけない大事な情報は、それが聞こえないと、お話全体がわからなくなってしまいます。みんなで一つのお話を、下級生のみんなに伝えてあげてください。永井さんが、即興劇の授業で言っていた「場を支える」ということは、今回の発表でも、とても大事なことです。みんなで、このお話を支えてみてください。本番までまだ一週間ありますね。もっともっとよくなるのを楽しみにしています。 今年度、学習発表会の練習を見学させてもらっているのは、3カ年計画の最後の年の今年、演劇授業でのノウハウを先生方に伝えたい、現場で使える言葉としてお渡ししたいと思っているからだ。 ただ、演劇をやろうというのは、なかなかむずかしい(富士見丘の子供達にはそうでもないかもしれない。低学年からワークショップをいろいろやっているから)。だから、こういう学習発表会や学芸会での演劇発表の練習というのが、とっかかりとして一番わかりやすいんじゃないかと思う。これは前回、杉並第一小学校におじゃましたときにも思ったことでもある。 篠原さんと話したのは、「場を支える」といった言葉を共有できるといいねということだ。先生方と子供達が同じように演劇の言葉を共有している。 このところ、一年目の授業の記録DVDのテキストをつくっているせいで、よりいっそう現場の先生方に受け渡したいという思いが強くなっているんだと思う。テキストを書きながら、今日のような現場にいられることは、きっと意味のあることだと思う。 明後日は、1、2時間目の「犬づくり」のお手伝いにまたうかがう。前田先生から、一体先行してできあがりつつある犬のようすを聞く(たぶん「ボス」)。次回は、糸をつけたり、犬らしいかざり(毛)をつけたりする作業。どんどんおもしろくなる。どんな犬たちが生まれてくるんだろう。 お昼、給食をいただいて、失礼する。いつもの演劇授業以外のイレギュラーな授業でうかがっているのに、給食までいただいてしまって、ほんとにもうしわけない。いつもごちそうさまです。 文科大臣に届いた自殺予告の手紙の話をひとしきり。いじめと自殺。手紙の中にあった「先生は何もしてくれなかった」という言葉がせつない。まだ何とかなる。死んじゃだめだよ。君が死んだって、いじめたやつらは心を入れ替えたりしない。何も変わらないんだから。まずはむりやり学校に行くのをやめてみようよ。何ヶ月かの休みなんて、長い人生を考えたら何でもない。僕も、中学のとき、登校拒否してた経験があるから言うけど、ほんとだよ。篠原さんと二人、元いじめられっ子同士として話をする。
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