せきねしんいちの観劇&稽古日記
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2006年07月07日(金) ラベンダーと願いごと

 出がけについていたテレビでラベンダーの栽培についてやっていたのを、ちょっと見てしまう。
 多年草で、放っておくとどんどん株がおおきくなっていってしまうということ、剪定した芽を挿し木にすると、どんどん根付いて増やしていけるということ、花が終わったら、思い切ってどんどん切ってしまっていいのだということ、などなど、へえ・・・と思うことがいっぱい。
 放っておいていいというところがなんだか「やれそうな」気を起こさせる。プランターと土を買ってきて、苗を植えて、玄関先に置いてみようかという気になってきた。
 うちの近くにも、いつのまにこんなに巨大に?とびっくりするようなラベンダーの株が植わっている。
 ラベンダーといえば、昔は、とっても遠い草花だった。なんといっても「時をかける少女」に登場するのが印象的だったし、あとは赤江瀑の「オイディプスの刃」でも南仏のグラースのラベンダーの野が語られる。最近では、富良野が有名か。
 ラベンダーの香りには鎮静効果もあるが「太りやすい」ということ。反対にやせるのにいいのはグレープフルーツの香りだそうだ。
 20代、独り暮らしをしていたころ、部屋にはいつもラベンダーのコロンや花を袋につめたバス用の香り袋があった。あの頃は、太る心配など何もしないで、身近においていたのに・・・。
 今日は七夕。天気はいまひとつだけど、街角や駅の中に笹につるされた短冊がいっぱいだ。
 子供が書いたかわいらしいもの「むしをたくさんあつめたい」「ケーキやさんになりたい」というものから、「トム・クルーズに会いたい!」というやや大人なものまで。神社の絵馬を見るのはなんだか気が引けるけど、七夕の短冊はどんどん見させてもらっている。
 JRの駅の中にあった大きな笹は、ここ数日で短冊がいっぱいになった。僕の通勤時間はラッシュを少しはずれているので、何人もの大人が短冊を書いている姿にでくわす。足早に歩くコンコースで、そこだけはなんだかゆっくり時間が流れているようだ。
 子供の頃、七夕の笹は、7日が過ぎると川に流しにいっていた。父親と自転車に2人乗りして、近くの中川にかかる橋から放り投げていた。今なら、不法投棄になるんだろうけど、あの頃は当たり前だったんじゃないだろうか。同じ橋のたもとからは、柴又の花火大会の花火も遠くに見えた。
 今、家庭の笹はゴミに出すんだろうか。書いている芝居のせいか、ちょっとなつかしく思いだしたあれこれ。
 午後、北海道帰りの樺沢氏と電話で打ち合わせ。もろもろの確認をする。顔合わせ、そして稽古開始は来週の水曜だ。


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