せきねしんいちの観劇&稽古日記
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母親がパンを焼いている。 パチンコの景品でもらってきたホームベーカリーで、このところ毎日のように。 景品というのは正確ではなくて、来店のたびにたまるスタンプorシールがいっぱいになると、その点数に応じて何かがもらえる、その景品らしい。近頃のパチンコ屋はほとんどスーパーのようだ(食料品の景品も充実している)。 粉とイーストと水やマーガリン(バターじゃなくていいらしい)やらを一度に入れて、スイッチを入れると、こねるのも発酵させるのも全部機械がやってくれて、何時間かあとには、こんがりパンが焼けている。 夜、寝る前にタイマーをセットして、朝、文字通り、パンの焼けるにおいで目が覚めるといったかんじ。焼きたてというのを差し引いても、それなりにおいしい。一度に焼ける一斤半を2人で2日かからず食べてしまう。すっかりパン食な家になってしまった。無添加なのは間違いないので、それもうれしい。 僕が生まれ育った葛飾の家には大きなガスオーブンがあって、僕や妹はずいぶんお菓子を作ったものだけれど、パンは何度か挑戦してあきらめた。いくらなんでもめんどくさすぎる。こねる力と根性、それに適温をつくって発酵させる手間のわりには、それほどおいしくなかった。買ったほうがおいしいじゃんという結論。 今の家にオーブンはない。パンもお菓子も、作るよりも、おいしいものを少しずつ買ってきた方がずっといいと、僕も母親も学んだはずだった。 それが、ホームベーカリー。たしかに、簡単で手間がかからず、それなりにおいしいもんなあと、テクノロジーの進歩に感謝する。 そういえば、去年、母親は、南部鉄でできた「ガスで焼けるパン焼き器」を買って来たりしていた。できあがったしろものは、パンというよりは、固めのカステラに近かったけれど、以来、イースト菌の箱はずっと冷凍室に眠っていたらしい。 はじめのうちは、説明書にある通りのレシピをいろいろためしていたが、この頃はいろいろ応用している。クルミをきざんで入れて、インスタントコーヒーを入れてみたり、ゴマのかわりに、おみやげにたくさんもらったエゴマを入れてみたらどうだろうとか。 目下の心配は、「母親がいつ飽きるか」ということだ。南部鉄のパン焼き器が流しの下で眠っているように、大昔、電気餅つき器が「あとかたづけがめんどくさい」と言い言いしているうちに、いつのまにか姿を消してしまったように、このホームベーカリーが姿を消してしまわなければいいのだけれど。 飽きっぽい母親の、不思議なパンへの情熱が、これで納得して、さめてしまわなければいいと思う。もしかしたら、ずっと昔から、あこがれていたのかもしれない家でパンを焼くということを、今、楽しんでいる母親なのかもしれない。 実は、僕も一度、焼いてみた。ただ材料を入れるだけなのに、発酵がうまくいかなかったようで、とってもみっちりした重たいフランスパンができてしまった。以来、「これは母親のテリトリー」ときめて、触らないようにしている。 不思議な四角い形で焼き上がるパンは、この年になって新しく生まれた「おふくろの味」になりつつある。
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