せきねしんいちの観劇&稽古日記
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パソコンは、一度、起動して「残り5分」だったのが、ネットにつなげているうちに、ついにダウンしてしまった。ああ……。 今日は一日、仕事の日。稽古はなし。 電源アダプタを買ってこなくてはいけないのだけれど、時間がとれない。 あきらめて、パソコンなしの日ということにする。
「罠の狼」の衣装候補を探して、押入をひっくりかえす。 「ミッシング・ハーフ」のときのトランクを引っ張り出したときに、どこに何があるかはだいたい把握していたので、すぐに発掘成功。 それにしてもこの荷物の山はなんだろう? 衣装は、経験上、捨ててしまうとすぐに「捨てなきゃよかった!」と思うはめになることがわかったので、とっておくのもしかたない。 よくわからないのは、古い手紙や、資料や、写真だ。ブックオフでも引き取ってくれないだろうと思われる、日焼けした古本にも困ってしまう。 20年も前の芝居のチラシやパンフレットは、見つけるとうれしくて、つい見入ってしまうが、なくても困るものじゃないことはまちがいない。 いつか読み返す日が来るだろうと思ってとってある、古い手紙の束。というか山。今、読み返さないということは、これからも読まないってことだろうかと思う。 僕が読みたいなあと思うのは、実は、その頃の僕がどんなことを考えていたんだろうかということだったりするんだと気がつく。 ここにあるのは、僕への手紙で、僕からのものは何ひとつない。あ、一つだけ、思い切り失恋をしたときに、なんでこうなったんだろう?という相談まじりの報告を友人にした手紙のコピーがあった。何でコピー取ったのか、今となってはよくわからないんだけれど。 読み返したら、19歳の僕の恋のしかたのあまりのたあいのなさにちょっとあきれた。同時に今の自分とのあまりの違いにショックも受ける。一生懸命だったんだねと。今の自分が忘れていた過去の動かない証拠をつきつけられた気分。だからそれはね……と意見してやりたいことがいっぱい。「エクレア」の稽古をしながら、遠く思えてしかたなかった「恋する苦しみ」がまさにここにはあった。 分厚い今の僕の着ぐるみのなかに体重52キロ、ウエスト60センチの僕がいるように(18歳当時)、この恋に苦しんでぼろぼろになっていた僕もどっかにいるはず。いや、いたことを、ちゃんと思い出す。なかったことにしないでおく。 これから、きっと、当時の僕の手紙があっても、読み返しては、ぼくは「やれやれ」とあきれることが多いんだろうけど、それでも、どこかおもしろがってその手紙を読んだりするんだろうと思う。 もらった手紙を読みながら、僕の手紙を想像する(または、思い出す)のも、悪くないかもしれない。いつになるか、わからないけど。 思い切って捨ててすっきりしてしまおうかと思った押入に、また元の通り、しまい込んだ衣装ケースたち。 こんなことができるのも、実家に住んでいるからだろうと思う。 こんなもの引っ越しのたびに持っていけるわけがないもの。
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