せきねしんいちの観劇&稽古日記
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2006年05月11日(木) 「罠の狼」稽古5日目 「トランスアメリカ」 

 銀座にて。タックさんにいただいた試写状で映画「トランスアメリカ」を見る。
 「男性であることに違和感を持つブリー(フェリシティ・ハフマン)は、肉体的にも女性になるため最後の手術を控えていた。そんな“彼女”の前に、突然トピー(ケヴィン・ゼガーズ)という少年が出現。彼はブリーが男だったころに出来た息子であることが判明するが、女性になりたい“彼女”は彼を養父の元へ送り返そうとする……」
 フェリシティ・ホフマンがアカデミー賞の主演女優にノミネートされてたのは知ってたけど、タックさんに薦めてもらうまで、何にも知らなかった映画。
 とてもシンプルな気持ちで見たのだけれど、これがとんでもなくおもしろかった。
 「ミッシング・ハーフ」で性転換ということが身近になったからだろうか?
 というよりも、女性らしく振る舞おうとする努力のあとのディティールの細かさに感動する。のっけから、声のトレーニング、その場面は、ブリーの手のアップから始まる。
 フェリシティ・ホフマンは女性なのだけれど、この「転換期」にある人物の、独特なカラダをとてもていねいに作り出すことに成功している。
 その全てが、まるで「失敗しちゃった女装」に近かったり、あちこちが「うん、わかる、わかる」ということの連続だ。
 そして、息子役のケヴィン・セガース。なんてセクシーなんだろう。親しみを表すための方法として「カラダを投げ出す」ことしか思いつかない、というか、そうしないでは居られない孤独な心が、とってもきれいなカラダに閉じこめられてる。
 ストーリーも、なんでそんなむちゃくちゃな話を……と思いそうなものなのだけれど、実に気持ちよく運ばれていく。
 自分らしく生きることへの闘いは、まずは自分一人の問題で、そのことだけでも死にそうな苦しみを経なければいけないものだけれど、このお話は、その過程に家族との絆というとてもやっかいなものをどかんと落としてくる。
 登場人物はみんなどこか孤独を抱えていて、でも、この物語を通して、少しは一人じゃなくなっていくようだ。そんなところが、見終わったあと暖かな気持ちになれる理由だと思う。
 ほんとに見て良かった、いい映画。7月のロードショーが楽しみだ。
 タックさん、どうもありがとうございました。
 
 稽古前に時間が空いてしまったので、駅前のバーミヤンで早めの食事。チャーハンが油っこくて、後悔。
 昨日に続いて台本を読んでいる。さっき見た「トランスアメリカ」、その上でどう読む?みたいなことを考えながら。
 稽古場には、津崎くん、入交さん(まじりん)、それに演出助手のあかねちゃんが来てくれる。
 となりのお部屋はカラオケ。だいじょぶかしら?と心配しながらの稽古。
 でも、ずっと聞こえてくる演歌の中、かえっていつもよりも集中できたかもしれない。
 リーディングと小道具の段取りを、まじりんとあかねちゃんが手伝ってくれる。2人芝居だけど、2人だけでやってるんじゃないんだと、急に大人数な芝居をやっているような気分になる。
 今日もらった後半の部分の新しいテキストが、どうカラダになじんでくるか。
 前半にもフィードバックして、少しずつつくっていこう。
 水木さんに「そんなに一度にはできないでしょ」といわれ、あせらなくていいんだ、この人が、少しずつカラダにおちてくるのをかんじていこうと思う。
 帰り、初めてのみにいく。軽いかんじでさくっと。
 いろいろ話す。僕は稽古のあとの飲みというのが実は苦手だ。稽古している芝居の話をあれこれしてしまうことが、稽古の続きのようなノリであることにとても抵抗がある。打ち合わせするなら、お酒は抜きにしようと思う。
 今日はすっぱりと飲むことに徹する。「罠の狼」とは関係ない、芝居の話をいろいろ。みんなとはもちろん、水木さんとこうして話すのも初めてだ。ずいぶんおしゃべりさせてもらってしまう。「トランスアメリカ」のことも、「ぜひ見てね」とおすすめしまくる。


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