せきねしんいちの観劇&稽古日記
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2006年03月30日(木) 連想のゆくえ

 稽古はお休み。これでもう何度目かの「モロッコ」のDVDを見る。
 今回の「ミッシング・ハーフ」は、もともと考えていたイメージに、次から次へといろんな連想が重なっている。
 映画がサイレントからトーキーへ移行するなかで、仕事をなくした「女形」というのは、オリジナルのイメージじゃないかとは思うのだけれど、これにはやはり悪声ゆえに失敗する「雨に歌えば」の中の悪役女優リナ・ラモントのイメージがある。
 でも、サイレントからトーキーへ移り変わる時代というのを初めて知ったのは、「雨に歌えば」ではなく、実は市川崑の「悪魔の手毬唄」だ。
 殺人事件の大きなきっかけになる背景として、仕事をなくした活動弁士の話が登場する。
 僕は、中学生の頃、映画小僧だった。ラジオの深夜放送を聞いては試写会に応募をし、前売り券をいつもポケットに入れては、銀座や上野の映画館に出かけていた。市川崑の横溝シリーズはほぼリアルタイムで見ている。「獄門島」「女王蜂」「病院坂の首縊りの家」あたり。
 小学生の頃から、赤いシリーズに登場する「パリのおばさま」役の岸惠子が大好きだった。同様に耐える母親役の草笛光子も。テレビシリーズの「犬神家の一族」の京マチ子、それに、有吉佐和子原作のドラマ「悪女について」の主演、影万里江も大好きだった。あこがれの女優というと、若いアイドルに行きそうところ、僕はなぜか、大人の女優さんにばかりひかれていた。
 「悪魔の手鞠唄」には、映画「モロッコ」が登場する。最初に字幕、スーパーインポーズが入った映画として、ラストシーンがそっくりそのまま挿入されている。
 これは僕が初めて見たマレーネ・ディートリッヒだ。今回の「ミッシング・ハーフ」は映画女優についての話なので、最初のプランの中には、当然のように「モロッコ」そして、ディートリッヒがいた。
 そして、モロッコといえば、カルーセル麻紀さんの性転換の手術で有名な地名だ。これは、僕らの世代だけかもしれないが、今でも、モロッコ=性転換という連想は共有されているような気がする。
 「ミッシング・ハーフ」の主人公は、文字通り、女になろうとするので、僕は、彼女に大きな影響を及ぼす映画として、何の迷いもなく「モロッコ」を選んだんだった。
 いっけんバラバラなイメージが、微妙につながって、一本の芝居になっているのは、何だかとても不思議な気もするし、まったく当然のことのような気もしている。
 歌舞伎の趣向でいえば、これは「吹き寄せ」というものかもしれない。一つの世界に、あるイメージを共有する、全く関係ない世界の人物が平気でまぎれこんでくる。
 つながったイメージの先にどんなオリジナルの世界が生まれてくるのか。そこからが何より肝心だ。
 はじめのうちは予想もしなかったのだけれど、ずっと昔からの映画へのあこがれがオマージュとして実現したような舞台になるのかもしれない。
 大切にに、そして大胆につくりあげていきたいと思う。


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