せきねしんいちの観劇&稽古日記
Diary INDEX|past|will
でも、豆まきはなし。母親は「今日節分だったっけ?」などと言っている。前に実家で豆まきをしたのはいつだろうと考える。 越谷に越してくる前の葛飾の家でも、何度かしかやっていない気がする。中学生の時に建て直す前の古い木造の平屋、住まいの奥に工場がある薄暗い家の台所の風景が、僕にとっての節分の豆まきの風景だ。 ひいらぎもめざしもちゃんと飾った覚えがある。ひいらぎのとげといわしの生臭さもおぼえてる。それは、もしかすると初めての節分の記憶かもしれない。 今は遠いあれこれを思い出すとき浮かんでくるのは、今の僕よりもずっと若い父と母、そして、富士見ヶ丘小学校の子どもたちと同じくらいの年頃の自分だ。 テレビの天気予報を見ながら、昔はもっと寒かったよねえと母親と話す。 明日は立春。
|