せきねしんいちの観劇&稽古日記
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2005年01月16日(日) 「二人でお茶を」ごあいさつ

 夜中、TVでやっていた映画「シェルブールの雨傘」を見てしまう。もう何度目になるんだろう。
 1989年、昭和の最後の年に、僕はこの舞台に出演していた。震災前の神戸のオリエンタル劇場での舞台稽古が終わって、明日は初日という日に、昭和天皇が亡くなった。明日の初日は開くのか中止か。結局、開いたその舞台はもしかすると、平成になって一番はじめに幕を開けた舞台かもしれない。
 カトリーヌ・ドヌーブの美貌は、若さでいっそう輝いている。最近の「8人の女たち」での大女優ぶりを見ると、この映画でジュヌビエーヴを演じる彼女が二重写しで見えてくる。
 大好きなラストシーン。再会したギイとジュヌビエーヴが、ほんとうに何もないまま別れるガソリンスタンドの場面。僕は、ガソリンスタンドの店員の役で出ていた。
 画面いっぱいに降る雪を見ながら、オリエンタル劇場の舞台に降っていた紙の雪を思いだした。

 DOUBLE FACEの「二人でお茶を」のご挨拶文をまとめたので、ここにもアップしておきますね。

<ご挨拶>
 今回のお話は、1980年から2005年までの25年間にわたる二人のゲイの物語です。バーナード・スレイド作の素敵な舞台「セイムタイム・ネクストイヤー」、年に一度の浮気のデートを25年間続けた男女二人のお話を、日本のゲイにおきかえてみようというのがそもそもの思いつきでした。
 舞台は札幌。年に一度東京からやってくる妻子持ちのゲイと札幌在住の母親と二人暮らしのゲイ。二人が過ごす一夜×25年間。昭和が平成になり、20代の二人が40代、50代になっていく、四分の一世紀。20世紀のおしまいから21世紀のはじまりにかけての時代をていねいに写しとっていけたらと思っています。
 この25年間は、そのまんま80年代から今までの日本のゲイ・シーンのうつりかわりでもあります。90年代のゲイ・ブーム、そして、いつの時代も変わらないカミングアウトの問題、それに忘れてしまうわけにはいかないエイズも、二人がくりひろげるドタバタの背景に顔をのぞかせます。
 物語が始まる1980年、僕は15歳。はじめて芝居を見たのがこの年でした。あれから25年。振り返ってみれば、電話からファックス、そして、ポケベル、携帯、インターネットと、通信手段だけでもこんなに変わってきています。今、僕がこうして文章を書いているパソコンだって、もとはワープロ、25年前には影も形もありませんでした。そんないろいろを小道具に使いながら、年に一度のデートのたびに起こるすったもんだの騒動を、おもしろおかしく描いてみようと思います。
 世の中の様々なものが形を変えて進化してきたこの25年。それでも変わらないものは何なのかを、どんどん変わっていく時代と二人の役者の身体(!)をとおしてごらん下さい。
 タイトルの「二人でお茶を TEA FOR TWO」は、ドリス・デイ主演の映画のタイトルから拝借しました。決して明るく楽しいばかりではない二人の25年を「TEA FOR TWO」の軽やかなメロディとともに、ちょっとせつないコメディとしてお送りします。
 あなたの25年はどんな時代でしたか? そんなことを考えながらご覧いただけたらと思います。ご来場をお待ちしています。(関根信一)

 午後から、富士見丘小学校の宮校長先生の書道の展覧会に銀座の鳩居堂画廊へ行く。
 宮先生からお話をうかがいながら、宮さんの義理のお母様の書かれた詩を書いた書を拝見する。いい詩、いい書だなあと素朴に思った。
 さすがに書の展覧会、受付で記帳するのが筆。筆をもつのは何年ぶりだろう。ほんとに指が震えてしまって、自分でもおかしかった。そんでもって、恥ずかしかった。
 その後、UZU君の個展を見に、新宿のラヴァーズ・ロック・カフェへ。
 UZUくんには残念ながら会えず、お花を預けて失礼してくる。


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