にっきっ♪

2002年08月18日(日) JCRのライブ

今日は夕方にBCRのトリビュートバンドJCRのライブ
前の日におそるおそる旦那サマに伺いをたてる。
「え?BCRって興味ないって言ってたよね。」ってうん。その通り
あたしは当時からバスター一筋でこの手の他のバンドには全く興味がなかった。
ジャンル的には同じなのだろうけど
曲を聴いても 「いいかんじ♪」くらいで深くのめりこまなかった。
あたしが中学生の時も高校生の時も周りには必ずBCRのファンの子はいた。
そして主婦になった今でもBCR好きのママ友達はいる。
「絶対にいいよ〜」と言われてオススメの曲を聴いてもいまいちのめりこめなかった。
BCRが超メジャーなのはあたしもよくわかってた。
21歳の時にイギリスでホームステイした家の女の子シャロンが16歳で
バスターのことは知らなかったけど
BCRのことは「あーエジンバラの・・・あのタータンチェックの・・・」と知ってたっけ。
シャロンは16歳だからBCRが全盛期の時はまだ7歳とかだっただろうにやっぱり知ってるんだなぁって 
15歳のイタリア人のラファもBCRの事はやはり知ってた。

JCRのLesさんがあたしの掲示板にかきこんでくれたのがきっかけで
JCRのことを知った。

雨が降ってて浴衣を着ていくのは中止にして 生地屋さんで買ったタータンの布をうちわに貼ったのだけどうまく貼れなくてよれて
しまって・・・なんかめちゃかっこ悪い。

去年 Tシャツ生地のキャミとカーディガンが グリーンで袖のところと裾にタータンチャックのパイピングがしてあって そうだ これを着ていこう。
なんかこうやって着るものとか小物を考えるのも楽しいなぁって 
ライブの場所は四谷だった。
四谷といえば上智大学。そして バスターのファンクラブのあったところ。
バスターのファンクラブの近くということもあって中学生のあたしは
上智大学の学生がテニスをしてる姿を見て
「あたしは上智大学に行く!」と決心したのだっけ。
ファンクラブには一度だけ遊びに行ったことがある。
なんかオネエサマという感じの人たちがタバコ吸ってた。
初めて会うバスターファンの人でバスターの話しいっぱいしたかったのに
当時 中学生だったあたしは うまく話せなくてすぐに帰ったんだ。
ストライプのシャツが飾ってあったのを覚えてる。

あたしは映画も食事も独りでできるし独りでライブ参加もぜんぜん平気だったけど
BCRファンでないあたしが参加して申し訳ないっていう気持ちが少しあった。
受付に座ってた方がとても感じよく
「こんにちは♪」って挨拶して下さったのが印象的だった。
ライブが始まるまで飲み物を
若い頃は(今も若いつもりですが・・・(笑)
ライブやコンサートの時は適度のアルコールが入ってたほうがノリがよかったけど
今日は門限もあるし 旦那サマの手前 ウーロン茶に
飲みながら 開演前のBCRのビデオを眺めてた。
動くBCRをこんなにゆっくる見るのってあたし初めてかもっ
この場にこんなあたしがいていいのかしら。と思いながらも
ライブが始まると 正面の真ん中にずずーーんと身をのりだしてた。
Lesさんに聞いてたとおりすごい音の大きさ
でも 演奏がしっかりしてるのでちっとも不快じゃなかった。
リズムの刻みもしっかりしてて曲にあわせて踊っててもビートが安定してるので
意識してなくても踊りが崩れず
音楽にそのまま 身を任せることができてとても心地よかった。
演奏は上手いっ ギターのさばき方もいい。
何よりも楽しそうに演奏してるっていうオーラが観客も楽しもう〜っていうオーラがでてた。
こうやって20年以上経ってもファン同士が楽しめるのってホントに素敵な事だなぁって。
きっとBCRのメンバーもとても喜んでいるでしょう。
あたしがバスターファンとして バスターのためにファンのみんなと楽しめるために何かできることはないか。真剣に考えてしまった。
あたしにできることがあればしたいなぁ。させてもらいたいなぁ。って

曲と曲の間のMCも楽しくて
JCRライブ初心者のあたしも爆笑させてもらった。
キットカットがステージからぱぁーーって配られた時に
Alanさんが投げたキットカットが胸の前になにげにおいたあたしの手に
すっぽり入ってきた。
やった♪と思ったけど 隣りにいた女の人がとても残念そうにしてたので
なんかあたしがもらっては申し訳ないような気がして
どうぞ といって差し上げた。
―つづく



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