「天国の青い蝶」の映画が出来るきっかけにになった とても興味深いおはなしがあります。
それは、ある女性プロデューサーが一人の友人から、 不治の病に侵された少年と昆虫学者との 感動的な話を聞いたところから始まります。
1990年、それこそ、昆虫学者ジョルジュ氏本人の夢が実現した 昆虫博物館のオープニングパーティでの記者会見のときでした。
ジョルジュ氏の手記からです
『パーティの会場で、どこからともなく近づいてきたのが彼だった。 その決心したまなざしがわたしの注意を引いた。
彼はわたしのズボンを引っ張った 振り向くとわたしの子供たちと同じ年頃の 小さな子供がいた 彼は不治の病に侵されており、余命数ヶ月 最後の望みをかけてわたしに会いに来たのだ
不治の病を患う子供たちの夢を叶えているカナダのある団体から 彼は支援を得たばかりだった
彼の夢はシンプルだった・・・子供らしい夢だ 昆虫博物館で見た青い蝶をつかまえたいというのである
わたしは彼にこういった
「君は正しい選択をしたね。きみはわかっているんだ。 わたしといっしょだったら、きっと君の夢の蝶がつかまるとね」
その団体の協力でわたしは病気の彼をジャングルへと連れて行った
これがこの奇跡の物語の始まりだった』
命の尊さや、奇跡に満ちたこの話を聞いたプロデュサー。。
中国の孤児院で育った女の子を養子にしていて、 母親の気持ちが痛いほど理解できた彼女は 自分の娘に見せてやりたいあふれる思いで映画化にふみきったそうです。
|