さ〜今月2回目のイベントです!
今月は流石にコロナのせいで飛行機や船を使うイベントや 泊りのイベントが難しいので、せめて日帰りイベントを 長距離移動して憂さ晴らしです!!
行き先は京都舞鶴〜若狭湾
参加面子が俺とミッキーだったので、丁度良いと思い 前回行った京都舞鶴の日帰りイベント(過去日記参照)の リベンジ企画です。
前日から俺は休みだったので、時間に余裕があったので 平塚駅までミッキーを拾いに行ってから出発!
それでも0時頃には厚木ICから高速に乗って西に向かってました♪
久しぶりに東名を西に西に爆走!
流石に何時も見掛ける高速バスは1台も走っておらず 一般車も少なめ・・・・
でも、その分トラックが大量に走っていて高速もSAも 普通に何時も並みに混んでました(苦笑)
更にこのタイミングで高速道路が至る所で工事を始めやがったせいで 思わぬ進路変更を余儀なくされたりして走り難かった(汗)
なので、舞鶴までまさかの京都縦貫道を使って行く羽目に!
山間を通る道なので明け方、濃霧が凄くて怖かったです(涙)
一番最寄りの綾部PAにて仮眠・・・
3時間ほど仮眠を取ってからミッキーに運転を代わって貰い 再出発! まずやって来たのは京都『金剛院』 金剛院は京都府舞鶴市鹿原にある真言宗東寺派の寺院で山号は 鹿原山、寺号は慈恩寺。 本尊は波切不動明王。
三島由紀夫の小説「金閣寺」の舞台です。
秋には、江戸時代に細川幽斎が作庭した鶴亀の庭とともに植樹した 楓が有名で、「丹後のもみじ寺」と呼ばれほど! 金剛院は高岳親王によって平安時代初頭に開かれ、白河天皇が 中興したと伝えられており、重要文化財の三重の塔をはじめ多くの 文化財を収蔵しています。因みに関西花の寺3番札所。
紅葉の時期ではありませんが、新緑の木々が美しく 新緑に立派な木造の寺院や塔が映えて、これはこれで素晴らしい 風景を楽しめました♪
で、かなり急な石段や坂が多かったのですが 実は・・・・朝から右足が攣っていて(汗)
右足を庇いながら左足で頑張っていて、更に石段を下る時に 手すりに腰かけながら滑り降りて行ったのですが・・・・
そのせいで変に力が掛ったのか・・・左足も痺れて来た(涙)
足に力が入らずに、少し膝を曲げるとそのままカクっと 転んでしまう状態ですが、頑張って行きます!(ヲ)
次に訪れたのは京都舞鶴にある『松尾寺』 西国二十九番札所で、本尊馬頭観世音は、三十三霊場中唯一の 観音像であり、農耕の守り仏として、或いは牛馬畜産、車馬交通、 更には競馬に因む信仰を広くあつめています。 江戸時代から伝わる珍しい宗教行事「仏舞」の行われる寺としても 有名です。 仏舞は、「大日如来」「釈迦如来」「阿弥陀如来」三像の面をつけ、 越天楽の譜に合わせて優雅に、舞うもので、府の無形文化財にも 指定され毎年5月8日に奉納されます。
見学後、海沿いを走り福井県へ まずは『明鏡洞』へやって来ました。 若狭湾国定公園、城山公園内にある海食洞です。 城山公園には他に八つの洞穴があり、奇岩が海水の浸食作用に より出来たものであり、蛭子が洞・鼓ヶ洞・猩々ヶ洞・乙女ヶ洞・ 外ヶ洞・鋏み洞・揚ゲ小洞・明鏡洞から成ります。
鯉のぼりが海風にたなびく砂浜を通り、我々と同じく コロナ?何それ美味しいの??的なサーファーの群れと 擦れ違いながら一番見やすく、かつ大きい足利義満も訪れたと 伝えられている名勝明鏡洞を浜辺から眺めました♪
で、そのまま公園内にて『高浜城址』を見学。 ・・・ま〜城山公園。ですからね(笑)
高浜城は逸見駿河守昌経によって築城された城で若狭では珍しい 平山城で、海に突き出した半島に築かれています。 昌経は水軍を率いて若狭守護・武田氏と戦い、上洛した織田信長に 臣従すると「朝倉攻め」などに与力として参陣しています。 その後は溝口秀勝や山内一豊などが城主をつとめました。
江戸時代には若狭に入封した京極高次の重臣、佐々義勝が城代を つとめましたが、1634年(寛永11年)に酒井忠勝が小浜城と なると廃城となりました。 遺構は土塁が僅かに残る程度ですがプルプル逝ってる足を 引きずりながら登城(涙)
その後、腹も減ったので近所にて 「道の駅 シーサイド高浜」に立ち寄って飯タイム♪ 福井県の最西端の道の駅。 若狭湾国定公園『青戸の入り江』に面して建っており、 レストラン、温浴休憩室からは入り江が見渡せます。
まずは腹ごなしでレストランで 味噌ラーメンとご当地グルメソースカツ丼のセットをガッツリと 食ってから、隣りの温泉へ
人工温泉ですが、入り江の潮騒を聴きながらマッタリと 入浴♪
風呂上り、後は只管海沿いを東へ進んで行きます。
後半戦1発目は『常高寺』 浅井三姉妹の次女・お初(常高院)が、夫・京極高次の菩提を 弔うために建立した寺です。 小浜出身の槐堂周虎禅師を迎えて開山。 お初は大阪冬の陣・夏の陣で徳川、豊臣両家の和平で奔走した事 でも歴史に名を残している女傑ですね。 寛永10年(1633年)、お初が江戸で亡くなり、常高寺に 埋葬されました。 常高寺には、お初の貴重な肖像画や自筆の書などが残されています。 裏山の奥にお墓もあるそうですが、足がヤバいので麓の寺のみ 見て撤収(汗)
続いて『名通寺』へ! 文永7年(1270年)建立。 福井県小浜市門前にある真言宗御室派の寺院。山号は棡山。 本尊は薬師如来。
純和様で、外形・内部彩色ともに優れており、地方にありながら 様式のくずれがなく、国内でも鎌倉建築を代表する建造物です。 国宝の本堂と三重塔をもつ名刹で松永川の上流、カジカの声がする 幽谷にあり、藤原時代の仏像4体は、重要文化財に指定されています。
因みに本堂と三重塔は、建造物としては福井県内で唯一国宝に 指定されています。
ま〜寺院も三重塔も素晴らしい建築物でしたし、山間の静寂と 寺院の荘厳な雰囲気がとても良く合っている見所の多い素晴らしい 場所でした! 特に緑のもみじ、赤いもみじ?、茶黄色のもみじ??、 桜の薄桃色と四色に彩られた参道は美しい!の一言でした。
・・・・・石段が多くて足がブレイク中の俺には鬼門だらけ でしたが(滝汗)
後半の下りはマジでミッキーに肩を借りながら移動してました(汗)
何とか無事に?下山して車に乗り込んで一安心です(涙) お次は『天徳寺』へ 福井県三方上中郡若狭町にある高野山真言宗所属の寺です。 山号は宝篋山。 泰澄大師の開基と伝えられています。 平安時代前期に村上天皇の勅願寺となり、その時の年号天徳が 名づけの由来と伝えられています。
弘法大師が四国八十八カ所を模した霊場を開くために、佐渡の石工に 八十八体もの石仏を刻ませたと伝えられています。 この八十八体の石仏の前の地面には、丸い穴をあけて四国八十八カ所 の霊場から運んだ土を入れてあり、ここを踏むと四国八十八カ所へ お参りしたのと同じ功徳があるといわれています。
そんな寺の奥に目的地があります(ヲ) 『瓜割の滝』です! 若狭町の天徳寺境内奥に位置する「瓜割(うりわり)の滝」は、 岩の間から湧き出る清泉です。 昭和60年(1985年)、環境庁(現・環境省)の「名水百選」 に選ばれ、その水質はお墨付き。 瓜も割れるほどに冷たいことからこの名がつけられました!
割の滝の周辺に広がる森は、木の間から光が差し込み、岩には苔が 群生する幻想的な光景です☆ 庭園内には、1万株ものアジサイや、桜、モミジなどが植えられ ており、四季折の景色を見せてくれます。
全て見て回って時刻は15:30 そろそろ帰路に着きます。
最寄りの若狭上中ICから高速に乗って琵琶湖をぐるっと回って 名神高速経由で東名へ
久しぶりに車でガッツリ移動しているーーって感じの距離のイベント だったので、この時間に若狭って事は帰宅は完全に夜ですね(笑) もう開き直って途中のSAで運転手交代やトイレ休憩を何回か挟む マッタリ移動でしたが、それでも22時前には伊勢原へ到着。
残念ながら何時もの秦野の本屋は営業時間の短縮で21時で 既に閉店しており、新刊が買えなかったのが心残りでした(涙)
いや〜
足が・・・ まだ痺れてる(汗)
ミッキーには病院行け!って言われたけど・・・・・
寝て起きれば明日には治っている気がする!(マテ)
ま〜アクシデントもありましたが、それでもリベンジ分+αで 色々見て回れて大満足な1日でした!!
中々泊りイベントが厳しい状況が続きますが、遊ぶ歩みだけは 止めないように頑張って行こうと思います!!!
それでは今回もお疲れ様でした!
追伸 翌日18日 足は普通に治ってました(笑)
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