さぁさぁ 今期最後の1泊旅行!
行先はやっぱり九州(笑)
メンツも俺と老ちゃん(苦笑)
で、九州の福岡、大分、佐賀、熊本と隣接しているエリアを 回ろうと思う今回の旅。
1回の旅で4県は結構珍しいですね♪
ま〜繁忙期中の連休ですから〜
早々に帰れる訳が無い!! 仕事終わり午前様で2時半過ぎに横浜駅で老ちゃんを拾って 『羽田空港』に到着したのが4時手前(涙) 羽田空港を6:15発の便だったので碌に寝れず!!
ま〜辛うじて1時間半だけ仮眠をとって 死んだように空港内へ移動(汗)
フライトの手続きを済ませて機内に乗り込んで 少しでも寝ておこうと
思ったのに全然寝れない(涙)
ま〜機内からの空の風景は奇麗でしたけどね(泣笑)
『福岡空港』へは少し遅れて8時過ぎに着
レンタカー屋に電話して迎えに来て貰い ・・・過去に何度も利用しているレンタカー屋なので サクッと手続きを済ませて出発です!
まず向かったのは『香椎宮』 福岡市北部、立花山南西麓に鎮座する神社。 古代には神社ではなく霊廟に位置づけられ、仲哀天皇・神功皇后の 神霊を祀り「香椎廟(かしいびょう)」や「樫日廟」などと称された 「廟」の名を持つ施設として最古! 平安時代中頃からは神社化し、類例のない特殊な変遷を辿った 神社です。 上記のように天皇・皇后の神霊を祀るという性格から、戦前の 近代社格制度においては最高位の官幣大社に位置づけられ、 現在も勅祭社として10年に一度天皇からの勅使の参向を受ける 神社です。
境内の社殿のうち、特に本殿は江戸時代後期の再建時のもので、 「香椎造」と称される独特の構造であり国の重要文化財に 指定されています。 祭事としては、10年に一度勅祭が斎行されるほか、現在も 仲哀天皇・神功皇后の命日に神事が行われている天皇家と非常に 所縁の強い神社です。
続いてやって来たのは『伊藤伝右衛門邸』 平成26年度に放映された連続テレビ小説「花子とアン」で 話題となった施設です。 ・・・ま〜そのテレビは一切見てないですけど(笑)
主人公村岡花子の腹心の友である葉山蓮子(実在の歌人・ 柳原白蓮がモデル)が嫁いだのが、嘉納伝助のもと。 嘉納伝助のモデルとなったのが、実在の福岡・筑豊の炭鉱王 「伊藤伝右衛門」なのです。 この「伊藤伝右衛門邸」は、白蓮が伝右衛門に嫁いでから、 7歳年下の新聞記者と恋に落ち、「絶縁状」を叩きつけるまでの 10年間を過ごした場所です。
ま〜とんでもない糞女捕まえてしまった見る目の無い金持ち旦那 って感じですかね(マテ)
ま〜見つめない旦那は置いておいて(ヲ) 現存する邸宅自体は素晴らしい物です! 旧伊藤伝右衛門邸は明治期に建てられ、大正期、昭和初期に 増築された近代和風建築物です。 その粋を凝らした豪邸は、国の名勝指定を受けた広大な庭園とともに 歌人柳原白蓮が日常起居した建物として飯塚市内に残る数少ない 石炭遺産であり、「炭鉱王伊藤伝右衛門」の功績を伝える唯一の 文化遺産です。
敷地面積約2300坪という敷地に、部屋数25という広大な家屋! しかも、その内部は京都からわざわざ宮大工を呼んで技を 尽くさせたという、細やかな美の技法に満ちています。 まさに贅を尽くした豪邸です♪
なので邸宅内も庭園も見所が多くて予想以上に見学に時間を 費やしてしまいました(汗)
急ぎ足で次へと向かいましょう!!
途中のコンビニで軽食を買い込んで運転しながら食いつつ 『住吉神社』へ到着。 住吉神社は、福岡県福岡市博多区住吉にある神社で筑前国一宮。 旧社格は官幣小社で、全国2千数百社ある住吉神社の始祖であり、 大阪の住吉大社・下関の住吉神社とともに「三大住吉」の1つに 数えられる神社です。 過去に来た事がありますが(過去日記参照)折角近所を通るので 立ち寄って参拝しておきました(笑)
さて、福岡県を後にして佐賀県へ まず訪れたのは『基肄城址』 大昔、大和朝廷は大陸からの侵攻に備えて大宰府を置き九州の 各所に城を築きました。 そのうちの一つが基肄城で百済から亡命した貴族の指導のもとに 築かれた朝鮮式山城です 基肄城は標高404mの基山一帯に築かれた古代朝鮮式山城で 基山から連なる尾根に土塁を設けて防塁とし、南水門、東南門、 北帝門、東北門などの城門、水門を設けており、城内の尾根には 大礎石群や米倉跡などの礎石群が点在しています。
山城ですが、結構車で登って行けたので良かったです(苦笑)
グラススキー場になっている斜面の頂上に遺構と石碑が 残っているとの事で、駐車場に車を停めて斜面へ・・・・・
えーーーーーここを登るの!?ってレベルの急斜面(汗) ま〜ここまで来たので頑張って両手両足使って登ります(涙) 老ちゃんは流石に下で待っているとの事・・・
何とか登り切って、汗ダラダラで息はヒーヒー(汗) 堀切や土塁の跡や雄大な景色など堪能する為には暫しの休憩が 必要です(汗)
・・・・って、あれ? 老ちゃん!?何で山頂に!! ・・・・・・・・・・幻覚!?
え? 「あっちに登り口があった?」・・・・・・・あっそう(涙)
勿論、帰りは老ちゃんが登ってきた登城口から帰りました(泣笑)
ここまで登ってくる山道の途中で、かなり大きな寺があったので 帰り道に立ち寄る事に! 『瀧光徳寺』という寺で、真言宗系の新宗教である 中山身語正宗の大本山だそうです。 1921年、中山身語正宗を開いた木原覚恵によって創建された 地域密着型な宗派だそうで、今日も地元の婆さん連中が大量に 寺に訪れてキャッキャッしてました(マテ)
流石に日も落ち掛けて来たのでラストスパート!! 『筑紫氏館跡』へGO! 戦国時代に筑後地方で勢力を誇った筑紫氏の勝尾城。 その麓に作られた館です。 かなり規模の大きな城郭で、館を中心に鬼ヶ城、高取城、葛籠城、 鏡城、若山砦の5つの支城で取り囲み、館から東に延びる谷沿いには 武家屋敷や寺社を配置して防備を固めた天険の要害でした。 この館は筑紫氏の領地支配の拠点となる政治の場で、館の主要部は 南西約80m、南北約50mの規模を有します。 主殿や会所などの建物があったと考えられます。 発掘調査では、枡形状の虎口、建物区画の石列焼けた壁土、 柱穴などが確認されました。 遺物では硯、銭貨、小柄、漆塗りの椀、瓦、輸入陶磁器、 国産陶器や土師器などが出土したそうです。
ま〜城の部分はかなり登らないとならないのでパスです(苦笑)
さて、再び福岡県へと戻って来て宿に着く前に手前の『筑後吉井』 へと立ち寄って町並みを散策してきました♪ 福岡県うきは市にある伝統的建造物群保存地区で、白壁蔵造りの 街並みで知られているエリアです。
江戸時代に久留米城の城下町と、天領である日田を結ぶ 旧豊後街道沿いの宿場町として発展を始めました。 江戸時代中期、大石水道と長野水道の開通により筑後川中流への 水運を得たことで商品作物の集散地となり、江戸時代末期からは 次第に酒・油・櫨蝋等の商品作物を加工する産業が集積されて、 在郷町として繁栄します。 明治時代に大火で焼失しますが、そこから再び復興して昭和まで 街道の町として栄え続けて来ました。
で、宿で飲む酒を仕入れる為に『久留米』の「池亀酒造」へ 買い出しです!! 筑後三潴で創業130余年の老舗。 実は久留米は、17もの酒蔵がある日本第二位の酒処です!
酒蔵の並ぶ街並みを眺めつつ、蔵の中をチラッと見させてもらいつつ 吟味に吟味を重ね、調子に乗って生酒の純米大吟醸を7合瓶で購入!
いや〜 今から飲むのが楽しみです♪
さて、お目当ての日本酒を買ってホクホクでやって来ました 本日の宿『筑後川温泉』にある「虹の宿 Hotel 花景色」
川沿いに建つホテルで、部屋はオーシャンビューならぬ リバービュー(笑)
チェックインをして、部屋でゴロゴロしながらマッタリ休憩・・・
飯の前に1回目の風呂へ(笑) 泉質は単純温泉 開湯は1955年(昭和30年)と新しく、川の水がぬるい場所が あった事から、ボーリングを実施して温泉を掘り当てた 歴史の温泉です。
温泉地としては筑後川の中洲に温泉街が広がり、6軒の旅館が 存在するのみで、歓楽的な要素はありません。 クラウザーさんにダメ出しされるパターンのやつですね(苦笑)
風呂は7つあり、まずは渋い感じの木造の内風呂を満喫!
風呂上りは晩飯〜〜!
鳥スキ! 鶏肉を使った珍しいすき焼きです♪ これだけでも結構ボリュームがあるのに更に普通にお膳があり 別枠で肉や刺身も! いや〜美味い!!
・・・・・ん? 老ちゃん 全然食ってないけど?
え?腹痛い?? 後は任せた???(汗)
= 頑張った
すげー頑張って食いまくった 全部は無理だったけど殆ど食い切った!
=
腹いっぱい過ぎて今度は俺も腹痛くなった(マテ)
部屋に戻り、まずは消化を助ける為に暫し布団で横になり 瞑想(汗)
1時間ほどゴロゴロして復活! 今度は残り6つの風呂へ行こう!! 実は残り6つは貸し切りの露天風呂で、全て有料 ただし宿泊者は1つは¥0で貸し切りで入れるスタイル 老ちゃんと持ち時間半分ずつで入ろうかと思っていたのですが 部屋でゴロゴロして居ると言うので全時間60分 俺一人で使わせて貰い、マッタリと露天風呂に浸かりだらけて いました〜♪
風呂上り、部屋で先ほど買った地酒で酒盛り開始!
いや〜美味い! 美味過ぎてヤバい 日本酒なのに飲みやすくてスルスル喉に入っていって 止まらない(汗) これは悪酔いするな〜
そんな感じであっと言う間に7合瓶を飲み切ってしまいました(涙)
さ〜まだ腹もキツいので今日はそろそろ寝ましょうかね(苦笑) 明日は明日で盛りだくさんなので気合を入れていきましょう!
おやすみなさい!
続く
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