もへんじょ=だろの不定期更新日記
更新状況が反映されないときはブラウザの「更新」をクリック!

2019年01月25日(金) 西端の九州(後)

起床

本日も天気は晴天!

朝飯は昨夜買っておいたコンビニのパンを
食って終了!!
さ〜観光だ☆


まずは佐世保市内にて『凱旋記念館』を見学します。
正式名は旧海軍佐世保鎮守府凱旋記念館
国の登録有形文化財に登録されている佐世保港付近に点在する
旧海軍にまつわる近代化遺産の一つです。
第一次世界大戦で海軍佐世保鎮守府に所属する艦艇が連合国側に
属して地中海等で戦い活躍したことを記念して建てられたもので、
現在は佐世保市が管理する佐世保市民文化ホールとなり、市民に
よる演劇や音楽の練習及び発表の場となっています。


見学後は高速を使って「道の駅させぼっくす99」にて
ご当地グルメの「海軍カレー」と「海軍ビーフシチュー」を
迷った末、皆さんの予想通りに両方頼んで食いました(笑)

ガッツリ食って腹も心も満たされて幸せになった後は
再び佐世保市外へと戻り『佐世保駅』を見学。

昨日、訪れた「たびら平戸口駅」が本土最西端の駅なのは
間違いないのですが、佐世保駅はJRの駅で最西端の駅だ
そうなので、折角なので記念碑と何故か駅構内にあった
桃鉄のキングボンビー像を見ておきました(笑)


市街地を離れ、海沿いへと向かいます。
まずやって来たのは『寄船船番所跡』
昨日行った「高後崎船番所跡」(過去日記参照)の反対側の
西海市にある方の番所跡です。
こちらは残念ながら大きな遺構は残っておらず
当時の波止場と思われる遺構が僅かに海に迫り出して整備されて
いるのみでした。

お次は少し山の中へと入って行き
『石原岳堡塁址』へと到着です。
石原岳堡塁(要塞)跡地に花木の植栽や森林を整備を整備した
公園で現在ではまさかのキャンプ場としても利用できます!


石原岳堡塁の所属は佐世保要塞で、起工は明治30年10月、
竣工は明治32年12月
備砲は克式10センチ加農砲x6門となってます。
佐世保要塞のうち最南端の拠点として敵軍の上陸侵攻にそなえており、
敵兵の直接攻撃に対する近戦自衛設備を備えた堡塁形式の砲台として
築造されました。
現在も重厚な石造りの砲台や弾薬庫などが確りと残っていて
ここでキャンプとかやったら雰囲気があって良いだろうな〜と
地元の方々を羨ましく思いました。


その後、更に車を走らせて行くと遠くからでもハッキリと見えるほどに
そそり立つ、コンクリート製の三本の塔が出てきます!
この塔は太平洋戦争の勃発の口火を切った真珠湾攻撃の暗号文
「ニイタカヤマノボレ1208」を中継したと伝えられている
『旧針尾送信所無線塔』です。
300mの正三角形の頂点に立つ136mの塔は、大正7年から4年
の歳月を費やし建設されました。
無線塔3本と電信室が共に現存する国内最後の貴重な施設で
日露戦争を契機に無線通信の重要性を認識した日本海軍が、当時の
最新技術を駆使して建設した長波送信施設です。

建設からおよそ100年も経ちますが専門家による強度調査に
よると、現在の耐震基準をもクリアしており後100年は大丈夫と
驚愕のクオリティです(汗)

3本の無線塔が建つ位置の中心地に「無線電信所電信室」があります。

無線塔は塔単体では機能はしないそうで、3本の塔の頂上部分を
空中線で結び、塔と塔の中心から持ち寄った線が中央の電信室に
まとまり、長波電波を電信する1つの巨大な送信施設になるそうです。
ここから、中国大陸や東京・広島方面、台湾や沖縄などの
南太平洋へと情報が電信されていたそうです。

続いては『無窮洞』へ
第二次世界大戦時(1943年)、当時の宮村国民学校の教師と
小学生たちが掘った巨大な防空壕のことです。
中は幅約5m、奥行き約20m、生徒500人が避難できたと云う
ほどの大きさで、避難中でも授業や生活ができるように考えられて
掘られた壕です。
何が凄いって、国の命令ではなく校長先生の一存で
子供たちが手作業で掘り進んだと言う事ですね
結構広いよ、ここ(汗)
当時、小学生時代にこの壕を掘って空襲をこの中で何度も
やり過ごした地元のお爺さんが案内で付いてくれて詳しく
説明してくれたのでありがたかったです♪

さ〜そろそろラストスパート!
やって来たのは『川棚魚雷発射試験場』

場所は、大村湾に面した大崎半島の東にある片島。
元は独立した島に1918年(大正7年)、片島発射試験場が
完成しました。
太平洋戦争中には埋め立てられ地続きとなり、川棚海軍工廠が開設。

役割は名前の通り。旧日本海軍が重要視していた魚雷を実際に
発射して性能試験を行う場所です。
当然ですが極秘扱いです(汗)
ここで試験に合格した魚雷は佐世保鎮守府に納められていたそうです。

佐世保鎮守府にも近く、湾内は波も穏やかで、長い射程がとれ、
射線上に停泊船舶ないため、この地が選ばれたそうです。



来る途中で通り過ぎた『川棚大崎温泉』の
「しおさいの湯」と言う日帰り入浴施設に帰り道に立ち寄って
温泉タイムです♪
天然オンで泉質はナトリウム―塩化物・炭酸水素塩泉

マッタリと湯に漬かり癒されます
・・・ま〜今日と言うか今回の旅は、ほぼ全てが戦争系ばかり
なのでこの辺りで癒しを補充しておこう(笑)


で、風呂上がりにやって来たのも・・・・
『下原口掩体壕』(マテ)
大村市にある下原口公園の中にある掩体壕です。
昭和初期に築造されたとされます。
第21海軍航空廠の遺構で、現在は普通に子供の遊具に転用されて
いる掩体壕。
・・・結構貴重なものなので、大事に遊んであげてね?(苦笑)



さてさて、本日の観光は全部終了〜
後はレンタカーを返して空港に戻るだけです!


帰り道
俺「流石に長崎ももう回る所ないよね〜」
老ちゃん「そうだね」

俺「後はハウステンボスか!?1泊2日でハウステンボス(笑)」
とギャグのつもりで言ったら、すげー真顔で

老ちゃん「だったら私は2日ともセイルタワー見てるから」

待って!
置いていかないで!!
俺もセイルタワーがいい(涙)



次回の長崎行きの機会があってもハウステンボスの扱いは
慎重にしようと心に決めました(ヲ)


そんなこんなあったものの、無事に給油を済ませ、レンタカー屋へ
戻り車を返してから店の人に車で空港まで送迎して貰います。

ま〜店の人と言っても同じ会社の人ですが(笑)
しかもこちらが関係者だと言う事は一切言っていないので
バレていません(邪笑)

あれ?
送ってくれている人って・・・・・・・・店長さん??
全店会議で見た覚えのがある顔だ(汗)

店長「どちらから来られたんですか?」

・・・・横浜の方です

店長「横浜ですが!実は私も会議で2週間に1度は横浜に
行ってるんですよ〜」

・・・・・・知ってます(爆)
って言うか、危うく本社の地名を言いそうになりました(汗)

若干気まずい俺と、それを見て苦笑いしている老ちゃんを
乗せた車は空港へと到着・・・

搭乗手続きの時間まで、適当に空港内で土産を買い足したり
空港内のレストランで「皿うどん」を食ったりして
時間を潰してから長崎空港を定刻通り20:30に飛び立ちます。

上空は大した揺れも無く順調にに非常へと戻されます(涙)
羽田空港へは22:00に到着

空港内で老ちゃんと別れて、一人寂しく伊勢原まで車で
帰ります(笑)

は〜明日からの仕事が怠い〜〜
何時も怠いけど(マテ)
1〜3月の繁忙期が終わるまではより怠い〜〜(汗)

ま〜次の旅行の為に頑張りますけどね(泣笑)

取り敢えず、今回もお疲れ様でした!


 ←前の日  目次へ  次の日→


もへんじょ・だろ [HOMEPAGE]