本日よりまたまた旅に出ます!(笑)
行き先は九州! メンツは俺と老ちゃんの2人(涙)
何時も通りに前夜、家を出て横浜で老ちゃんを拾って 『羽田空港』へ
駐車場で仮眠を取って・・・
向かうは長崎! タイトルの通り最西端へ向かいます。
・・・最西端は過去にも行った事がありますが(過去日記参照) その周辺は全然回れていなかったので、今回重点的に 見て回りたいと思います♪
羽田空港を7:30頃出発の便だったので 2時間半くらいは寝れました
サクサクっと搭乗手続きを済ませて機内へと乗り込みます。
行きの飛行機は今までに無い程、全く揺れの無いフライトで 逆に違和感が!(汗)
天気も良く、窓側の席だったので上空から雲や富士山を見下ろす 素晴らしい風景も堪能出来て現地に着く前からテンションが 上がりますね♪ ・・・ま〜その分、睡眠時間が減りますが(ヲ)
もう何度目かな〜 全くアウェー感の無い『長崎空港』へ定刻通り9:30に 到着です(笑)
いや〜 現地も暖かいね 上着が邪魔です(汗)
うちの系列店でレンタカーを手配していたので 電話して迎えに来て貰いました。
・・・因みに、今回は航空券などとセットでのレンタカー だったので社割などは使わなかったので、身分を明かさずに 普通の客として借りました(笑)
恐らく、対応してくれたバイト君以上に詳しいので 速攻で貸渡し手続きを済ませて出発!!
まずは空港近所のレンタカー屋から北上して行きます。
遠路はるばる九州までやって来て、最初に訪れたのは・・・ 『梶谷城』
はい 今日も我々は絶好調です(笑) 梶谷城は、松浦市今福町の今福城山頂にある中世山城で松浦氏の 居城であったと云われています。 平安末期頃に築城され、山頂を楕円形に削り本丸を築き、北側に 二の丸、南側に物見台を設けています。 山の上まで車で行けて、駐車場から山頂へ登るとすぐに 大手門跡や城壁などの石垣が現存しているのを見る事が出来て イイ感じです♪
松浦市はこの城のみだったので、そのまま西へと移動して 『たびら平戸口駅』へ到着です! ここは第三セクター松浦鉄道の駅であると同時に 日本最西端の鉄道駅でもあります! 小さな駅ですが、駅前には記念碑もあり撮影しておきました(笑)
続いて海沿いを北上して『生月大橋』を渡り、隠れキリシタンの島と して有名な生月島へと到着です。 因みに生月大橋は、長崎県平戸市の平戸島と生月島を両島を隔てる 辰の瀬戸を跨いで連絡する道路橋で、この橋の開通で離島だった 生月島は平戸島と平戸大橋を通じて九州本土と繋がりました。 全区間を生月大橋有料道路の一部として長崎県道路公社が 管理していましたが、2010年4月1日より無料開放されました。
島内に入り、狭い道を通り抜けて『生月観音』を拝観 漁港を見下ろす高台に建つ観音像は、ブロンズ像としては日本屈指の 大きさで、高さ18m、基壇3mもの巨大な像です。 昭和55年(1980年)に海難者と魚介類の霊、世界平和を 追悼し、漁船の航海の安全を祈って建立されました。 基壇内部には10分の1の大きさの「生月大魚籃観音」をはじめ、 木彫りの観音像など70体が祀られているそうです。
像が建つ高台からは、平戸島と生月島を結ぶスカイブルーの 鮮やかな生月大橋や、海を隔てて平戸島を見渡す事が出来て 眺めは最高でした♪
お次はキリシタンっぽい場所って事で 『カトリック山田教会』へ 山田集落の高所に建ち、大正元年(1912年)に鉄川与助の 手により完成したレンガ造りの教会です。 特徴的なこうもり天井の脇には珍しい蝶の羽のステンドグラスに 彩られ、内部には生月に関係した4つの殉教を紹介するレリーフ などが飾られています。
縦長な島をどんどん北上して行き、生月島の最北端に位置する 『大バエ灯台』へも行ってきました! 80m程切り立つ大バエ断崖の上にたつ白亜の無人灯台。 この灯台には全国でも珍しい展望所が設置されており、海と空が 溶け合う雄大な景観が眺望出来ます!! 岬の陸部分は草原になっており、はまゆうの群生地なのだそうですが 残念ながら時期ではなく花は見られませんでした(汗)
灯台から少し来た道を戻って『塩俵の断崖』を展望所から 見学します。 島の西部の海岸線はほとんどが断崖なのですが、奇岩が密集して いてひときわ不思議な地形をしているのが、この塩俵の断崖です。 この奇岩は柱状節理といい、溶岩台地の上に玄武岩が重なり、 垂直方向に亀裂が入って五〜七角形の断面を作ることにより、 あたかも柱がいくつも立っているような形になるのだとか・・・ 南北に500m、高さ約20mの規模があり、珍しい地形と相まって 中々に見ごたえのあるダイナミックな景色を堪能出来ます!
島の観光を終えて、再び生月大橋を渡り本土へと戻ります。
一応、過去にも来た事がありますが折角なので 『平戸和蘭商館跡』へも立ち寄って見ました。(過去日記参照) 1609年に設置され、東アジアの貿易拠点として利用された オランダ商館を復元した建物で、白い洋館と目の前の平戸の海と 合わさって美しかったです。
・・・ま〜相変わらず道が狭くて車を停める場所が無くて 難儀する場所でしたね(苦笑)
いい加減に腹が減ったのですが、中々飯屋が出て来ず ここまで来たらコンビニや牛丼屋は嫌だったので、頑張って 空腹を堪えて道すがら飯屋を探しながら進みます(涙)
で、飯屋は出てくる事無く 九州本島の最西端であり、また 日本の本土最西端ともなる『神崎鼻公園』へと到着(汗) 神崎鼻は長崎県佐世保市小佐々町楠泊にある岬で、岬に整備された 公園から最西端の碑を見て来ました! ま〜ここも2度目です(笑)(過去日記参照)
で、流石に空腹が限界!!
やっとの事で道すがら出てきたのは・・・・・・
うーん どうなんだろう ご当地グルメと言えばそうだが、いやしかし(汗)
長崎で まさかの
リンガーハットでちゃんぽんを食いました(爆)
安心の値段と安定の味に大満足です(笑)
食後、更に海側へと進み『高後崎船番所跡』へと到着 俵ヶ浦半島の高後崎にある船番所の跡です。 江戸時代、唯一の貿易港だった長崎の警備を担った平戸藩が設置した 番所跡で長崎奉行の指示により外国船の取締りを行いました。 船溜まりの古い石組みの突堤が確りと現存していて当時の 様子を残しています。 また高後崎と海を挟んだ西海町は約850mしか離れていないので、 すぐ近くに見えます!
次にやって来たのは『丸出山砲台跡』 明治22年(1889年)佐世保鎮守府が開かれ、海軍の根拠地と しての佐世保軍港が築造されました。 それに伴い、艦隊の根拠地である佐世保軍港の安全を確保するため、 「佐世保要塞」が計画され、明治30年(1897年)から佐世保湾 周辺にその築造が開始されました。 陸軍の砲台群が佐世保港を取り巻くように造られ明治34年 (1901年)頃までに、佐世保湾口北側(高後崎、小首、丸出山)、 佐世保湾口南側(面高堡塁、石原岳)、 佐世保市北側・西側(牽牛崎、前岳)の砲台・堡塁が造られました。 日露戦争で佐世保要塞も、動員令は発令されましたが、 ここも例に漏れず一弾も発射することなく終戦を迎えました(笑) 現在は砲台跡として、赤レンガ造りの建物が確りと残っており 山頂付近の『丸出山観測所跡』も錆びてはいるものの、金属で 作られた屋根を持つ観測所が堡塁も含めて、こちらも確りと 残っており最高です! 更に佐世保の展望所の一つとなっており見晴らしの いい高台から佐世保の海と島々が見渡せて奇麗でした!
後は宿に戻るのみだったのですが、途中の道で 行きに通った時にずっと気になっていた 『佐世保重工業株式会社佐世保造船所』へと近くのコンビニに 車を停めてフェンス越しにですが高台から見下ろして 巨大なクレーン群を見てテンション上がってました(笑) 有名なタンカー日章丸もここで誕生したそうです! 主な業種は船舶、艦艇の建造および改造修理で、クレーンの 中には文化財登録されてる貴重なものもあるそうです!!
いや〜巨大なマシーンって見てるとテンション上がるのは 男の子としては仕方が無いよね(苦笑)
ま〜クレーンを見てテンションが上がったまま 『佐世保』市外へと戻り本日の宿「セントラルホテル佐世保」 へとチェックイン
飯無しプランだったので、お互い部屋に荷物を置いてから ロビーで合流して夜の佐世保へ繰り出します♪ ホテルが駅前だったので何かは食えるでしょう!(ヲ)
事前に老ちゃんが調べてくれたカレーなどの店は 軒並み閉店か、調べた住所に店がなかったりで辿り着けなかったので 商店街の中にあった「C&Bバーガーズ」と言う 「佐世保バーガー」の店に入って、晩飯にハンバーガーと ジャンクな感じの佐世保の夜になりました(苦笑)
食後、コンビニに立ち寄って明日の朝飯や飲み物などを買って からホテルに戻りました。
さ〜 ・・・・・・・・・飲むぞ(ヲ) コンビニで地酒が売っていたので小瓶で1つ買って ツマミにベーコンだのジャーキーだのカニカマだの チマチマ摘まんで飲みました♪
飲み終えたら・・・・もう寝ます(笑) 明日は佐世保市内から空港までの間を観光予定です。 天気も良さそうなのでテンションアゲアゲで行きましょう☆
続く
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