| 2013年11月26日(火) |
やっと岐阜山城巡り(涙) |
今日こそは! 2度も延期になっていた岐阜の山城を巡る旅に出かけます!! (過去日記参照)
参加は俺、ゲレゲレ、ミッキーの3人。
俺は取り敢えず前日から休みだったので、実家に顔を出して 母が持っている映画のタダ券で「清洲会議」を見て過ごしました♪
何時も通りにミッキー車で迎えに来て貰い、我が家を1:00頃に 出発して岐阜を目指します! 今回は長野南部を経由して岐阜の入りですので、相模湖ICから 中央道に乗って進みます。
途中、相模湖を目指す段階から濃霧で視界が悪くて 結構怖い思いをしました(涙)
高速に乗っても濃霧は変わらず厄介な状態でした(汗)
途中途中で一瞬で霧が晴れて視界がクリアになる事が何度かあったの ですが、急に視界がクリアになるので見やすい筈なのに、何故か落ち 着かなく気持ち悪かったです(汗)
談合坂SAにて運転手ゲレゲレが腹が減ったと言うので立ち寄り 夜食タイムに・・・ 結局3人ともガッツリと食いました(笑)
5時に最初の目的地の手前。 降りるICの1つ手前のPAにて仮眠を取ります。
朝の9時まで確りと寝てました(苦笑)
まずは寝起きの一発目! 『苗木城』を登城!! 天守などの壁が城郭では見慣れた白い漆喰などではなく、赤土のまま だった事から「赤壁城」とも呼ばれていた山城です。 岐阜県の東美濃地方に勢力を張っていた遠山氏の一族である遠山直廉が 天文年間(1532−1555年)に岩村城の支城として築いたのが 始まりとされています。 信濃と美濃の境にあることから武田・織田の攻防の激戦区に! 武田氏の東美濃侵攻により岩村城が武田氏の拠点となると、苗木城が 織田方の最前線となりました。
その後は一旦は他勢力に攻められ逃げ出しますが、明治時代まで遠山氏 12代の居城として続きます。
天守台跡、本丸跡、二の丸跡、三の丸跡、大矢倉跡、風吹門などの 各門跡の遺構が山の山頂付近から自然の岩と人工の石とのコラボで 見事な城郭を形成しています!
続いて『岩村城』へ登城 日本3大山城の1つ! で、日本100名城!! ・・・前述の苗木城と共に昔イベントで来た事があったのですが (過去日記参照)、その時は霧が凄くて山頂からの景色が良く 見えなかったので、今回リベンジです。 ・・・・ま〜霧の中に浮かぶ石垣や、山頂の天守台から見下ろす 山間や川の景色も幻想的で良かったですがね♪
女城主の城としても有名で、これは織田と武田が攻防を繰り返していた 戦国時代に遠山氏の城主は景任。 で、景任に嫁いだのは信長の叔母にあたります。 元亀2年(1571年) 景任が病没すると信長は5男を養子に 送り込みます。 幼少の養子に代わって女城主として采配を振るっていた夫人は、 武田方に攻められた際に守りきれないと見て、敵方の武将と結婚して 城と一族を守りました。
・・・・で、これに大激怒した信長さんは城を攻め落とし、城主共々 叔母を長良川河畔で逆さ磔にしてSASTUGAIしたそうです。 信長さんマジでパないっす(汗)
遺構は曲輪、堀切、井戸と良く残っていますが、何より苗木城と同じく この城も山の上に築かれたとは思えぬ程の立派な石垣郡が綺麗に 残っていて、見るものを圧倒させてくれます!
過去に来た時は、先に歩いていた俺が「滑るから皆気をつけろよ!」 と忠告してあげたのに、ゲレゲレが真後ろで「オウ!ウワーーー」と 転げ落ちた過去があったので(過去日記参照)今回も一応 「お前、前回コケてるんだから気をつけろよ」と忠告してあげました。
・・・・・・・・・何のに何故コケるゲレゲレ!!!
きっと土遊びがしたい年頃なのでしょう もうそう思う事にしました(汗)
前回来た時は見つける事が出来なかった、山の麓に復元された 移築旧藩校、模擬櫓、模擬城門、模擬土塀による藩主館も発見 出来たので見学してきました♪
次に向かう車内で、イキナリ前振りもなく
ゲレゲレ「俺、今度街コン行ってみる」
はぁ? 急にどうした??
ゲレゲレ「行ってみようかと・・・ミッキーも行こう!」
ミッキー「はぁ?俺??・・・・ま〜別にいいけど、どうするの?」
ゲレゲレ「取り敢えず、年収3000万って言っておけばイケるかな?」
取り敢えず速攻でバレて結婚詐欺で捕まってこいや(苦笑)
ま〜イキナリ意味不明トークに焦りましたが、上手くいったらいったで どこまで年収3000万で通すのかが非常に楽しみですがね(邪笑)
そんなこんなでやって来た3件目 勿論山城!(苦笑) 『小里城址』 美濃の大勢力土岐氏の一族である小里氏の居城で、武田戦では織田方に 付き戦います。 岩村城が武田方に落ちると、対武田の防衛線として小里城も強化され ますが、その強化が終わる前に武田戦が終わってしまい、小里城《改》 は完成する事無く途中で放置されてしまいます(汗)
江戸時代も小里氏がこの城を治めますが、幕府により小里氏が断絶すると この城も廃城になりました。
山頂には今もこの規模の城址にしては立派な石垣や石作りの天守台 が見事に残っています!
・・・が、そこまで登るのがキツかった〜(涙) 今までの2つは、標高は高いものの直近まで車で登って行けたので そこまでキツくは無いのですが、ここは山の下から徒歩での登城! しかも結構キツい山道でした(汗)
さてさて、お次は山城以外の場所に立ち寄りたいと思います。 この地を代表する有名な焼き物である美濃焼 その古くからの窯元『美濃焼窯元久尻元屋敷窯跡』を見学します。
登り窯とか色々見学出来ると言うので楽しみにしていたら・・・
休館日
ふぁっく! ファック焼きです(怒)
取り敢えず、裏手の公園から接近して境の川まで近づいて チョッと遠かったですが、登り窯などをそこから見学(マテ)
ゲレゲレとミッキーが「・・・・・えー」って感じで見てるけど 知らない&気にしない(笑)
続いても山城!(爆) 『美濃金山城』を登城します。 斎藤道三の猶子である斎藤正義によって築かれた山城ですが、信長の 美濃平定後はイケメンと名高い森可成が城主となります。
森可成は浅井朝倉連合軍との合戦で討ち死にしますが、1600年に 国替えで廃城のになるまで、その後も森家の城として使われ続けます。
ま〜山城と言っても車で本丸すぐ下の出丸まで登って行けるので 楽勝でしたがね♪ 遺構も天守台、曲輪、土塁、石垣、虎口、竪堀、堀切、井戸と 中々に良い状態で残っており、何より紅葉が綺麗!!!
木々が赤や黄色に色付いていて、しかもこんなマニアックな場所に 大勢の人間が来るはずもなく(マテ)見事な紅葉をほぼ独り占め状態♪ いや〜贅沢だ!(笑)
で、そろそろ時刻は16時
後まだ3つ城を見る予定でしたが、ここからの移動時間とかを考えると 流石にタイムアップかな?(涙)
最後は御当地グルメで〆ますか!
・・・・・の前に、移動中の車内にて立派な城を発見! 寄り道してみようとなりまして、美濃金山城から次の目的地までは 岐阜県と愛知県の境を移動していたので、一旦愛知県側に入りまして やって来たら国宝犬山城でした☆ 立派な筈だ(笑)
・・・・・・・・しかし! 僅か10分の差で閉門(涙)
過去に来たことがあった城ですが(過去日記参照) ムカついたので今度リベンジだ!!(ヲ)
ま〜ライトアップされた犬山城が見れたのでコレはコレで来た甲斐が あったけどね♪
一応、城の手前にて東海鎮護にして濃尾の総鎮守『針綱神社』を 参拝して来ました。 織田信長の叔父である織田信康が自身の手で彫った狛犬一対を奉納して 安産祈願した事から安産祈願の神社としても有名だそうです。
・・・僕には一ミクロンも関係の無い話しですがね(苦笑)
さてさて 再び川を挟んで岐阜県に戻り『各務原』へ
この地の御当地グルメ「各務原キムチ」を食してこの旅を〆たいと 思います!
岐阜でキムチ?って思いますが、実は1999年に各務原日韓親善協会が 発足した影響からこの地でキムチがブームとなり、流行りの御当地グルメ と合わさって完成したそうです(笑)
で、特徴は「にんじんと松の実」が入っている事です。 これは「にんじん」が各務原市の特産物。 「松の実」が姉妹都市春川市(韓国)の特産物。 更にこの二つの食材はキムチの味を美味しくするとともに栄養価も高め るので言う事無しのコンビだそうです!
・・・ま〜今回のメンツで、そこまでのキムチ好きは居ないので 車内はあまり盛り上がりませんでしたが、折角なので食べます(マテ)
で、色々探しておいた店は何処も定休日!! もしくは潰れたか臨時休業! 更には昼時しか営業していない!!!
やる気有るのか御当地グルメ!? これだから地方は!!(怒)
そんな中で何とか見つけた「萬歩軒」と言ううどん屋 名物の各務原キムチを使ったメニューは・・・ 元祖豚キムチカレーうどん!
ま〜美味そうですが、キムチにカレーって味の濃い物オンパレード ですな(汗)
ゲレゲレはそれを、俺は更にトッピングでチーズまで投入!(笑) ・・・そして急な体調不良で珍しくグロッキーなミッキーは 普通に鴨うどん(汗)
ま〜前菜として割り勘で各務原キムチを単品で頼んで摘んで 食べましたが、そんなに辛くもなく味わいがあって美味しかったです♪
食後は帰るだけなので、最寄りのICから高速に乗って一気に帰路に 着きます。
途中で渋滞にハマる事も無く、22時やや過ぎに秦野中井ICを通過して 我が家近所のTSUTAYAに立ち寄り、週刊日本の城を購入してから 解散しまいた♪
いや〜 やっと岐阜の山城巡りが出来ました(涙) 途中、本当に珍しく体調不良になったミッキーも最後は少し元気に なったので良かった良かった♪
今回間に合わなかった城と犬山城リベンジはまたの機会に必ず行くぜ!
それでは今回もお疲れ様でした〜☆
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