もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2013年05月14日(火) 北陸記10

今日は新潟
下越方面へと遊びに行く予定でした。





・・・・・が、俺とミッキー以外は不参加!?







巫山戯るなよ!!
こっちは休み取ったんだよ(怒)
今月ただでさえ2日が流れてるのに、これ以上来ない連中に足を
引っ張られてたまるかよ!!!
もういい、俺らだけで行く(マテ)
どうせ夜に横浜で飲めば何人かは釣れるからイベント成立するはず(ヲ)

幸いな事に?
未返信キャンセル料を踏んだのが2人も居たので
2人でガス代と高速代出しても何とかなるはず(邪笑)


1時頃ミッキーに我が家まで迎えに来て貰い、暫し我が家で本の貸し借り
をした後で出発!
俺の運転で中央道を目指します。




・・・・・・・・・・・・・何でミッキーのナビは意地でも関越道に
乗らせようとするの?(汗)

お陰で気づかずに走っていたら、途中から関越道コースに誘導されていて
無駄に遠回りする羽目になってしまいました(涙)
何とか気付いて軌道修正して中央道のICへと辿り着きます!

相模湖を越えて、山梨の手前まで中央道から降ろして関越道コースを
指示してきたナビに恐怖すら感じます(汗)


途中でミッキーが寝落ちしたので一人で頑張ります。
諏訪SAに立ち寄り、眠気覚ましの飲み物とかお菓子を購入。




・・・・・・売り場の一角がご当地萌キャラとご当地アイドルグッズ
に占拠されていて一種異様な雰囲気に(滝汗)
深夜のSAの売店にご当地アイドルの萌ソングのライブDVD垂れ流し
って、かなりシュールな光景でしたよ(苦笑)

SAの駐車場から明け方の朝靄がかかる『諏訪湖』の風景に
癒されながら出発です♪



長野県を北上して行き、途中のPAで起きたミッキーに運転を交代
して貰い、今度は俺が爆睡です・・・




目を覚ますと新潟。
最初の目的地『楞巌寺』へ着いていました。

時刻は7時前
俺も寝足りないし、ミッキーも眠かったので即駐車場で寝ます(笑)

一旦8時過ぎに起床
頑張って拝観して来ますか〜
楞巌寺は天文13年(1534)に上杉家最強とも言われた柿崎景家が
開基となり林泉寺の住職天室光育が開山しました。
そのつながりでか現在の山門は柿崎家の居城柿崎城の搦手門が移築され
現存しています。

・・・・・その柿崎城ですが

北陸自動車道の柿崎ICの乗り口のスロープに囲まれた中に
選りにも選って城跡が残っており、誰も入る事が出来ません(汗)


・・・どうして此処にこんな風にICを作った!!(怒)





お次は越後国の一の宮『居多神社』
過去に訪れた弥彦神社(過去日記参照)と同じく越後一の宮を称する
神社です。

・・・・・どうして同じ国に一の宮が2つもあるのかは



大人の事情でしょう(マテ)

上杉家の家督問題に巻き込まれて社殿を焼かれたり、社家(代々特定の
神社の神職を世襲してきた家(氏族))が国を追われたり、
江戸時代になり越後に戻って来れたと思ったら、明治に当時は今よりも
海寄りに建っていたのですが、海岸侵食により境内が崩壊したりと
波乱万丈な神社です(涙)


さてさて今日の行き先はほぼ全部近所なので続けて行きますよ♪
『福島城跡』
江戸時代に入り、春日山城のような山城が不要(不便)になり
春日山城を廃して代わりに築城された平城。
で、当時の北陸でも最大級の規模を誇る大城郭でした!


・・・・・・・・・・7年で廃城




遺構は無し(涙)
城の敷地は湾岸施設と小学校に全て使用されています。
学校内に建つ石碑を案内板を見学。
元々春日山城を廃して福島城を築城した堀氏。
その堀氏が移封のあとは家康の六男である松平忠輝が60万石で
入封しましたが、その後すぐに高田に新城(高田城(過去日記参照))を
築城し、壮大な近世城郭てあった福島城はたったの7年で廃城となって
しまいました(滝汗)
あまりに海と河川に近すぎて水害の被害がバカにならなかったというのが
主な理由らしいですが、我侭過ぎて家康から勘当されたバカ息子忠輝が
城主だったので、このバカ息子の「波の音がうるさくて眠れない」と
言う理由が廃城の理由だったと言う説があるくらいです(ヲ)


で、ここまで来たら折角なので訪れますよ『春日山城』
言わずと知れた上杉謙信を始めとする上杉家の居城!
この城の特徴は、何と言っても山頂の本丸から山麓まで連続する
屋敷群と、裾野に巡らした総延長1200mもの総構え(監物掘)!!

まさに山全体が要塞です!
典型的な山城!
江戸時代以降も存続していた山城の代表格「日本三大山城」に対し、
戦国期にその役割を終えた山城を選りすぐった「日本五大山城」の
ひとつに数えられています。
【日本五大山城】
・春日山城
・月山富田城
・七尾城
・小谷城
・観音寺城
但し小谷城に代わり八王子城を入れる場合もあり(笑)


大井戸や屋敷跡、曲輪、そして山中に張り巡らされた土塁、空堀と
遺構も盛り沢山で非常に良し!!
遺構が確りと残っている城跡は何度来てもイイものだ〜
・・・・天気が良過ぎてやや炎天下っぽいのと、虻だか蜂だかが
ブンブン飛び回っていて鬱陶しかったですがね(汗)

山の中腹に建つ上杉謙信を祭神としている『春日山神社』も序でに
参拝してから撤収!



暫し高速に乗って移動します。
と言っても50kmも無いですので、ガラ空きの高速を走っていけば
30分ちょいで到着したのが富山県との境に近い『糸魚川』

ここでご当地グルメの「ブラック焼きそば」を食べます♪

・・・あ〜、たぶん想像の通りです。
イカ墨で真っ黒になったイカ入り焼きそばです(爆)

「月徳飯店」と言う中華料理屋で食べましたが、値段の割に量も多く
マイルドなイカ墨とソースの甘さがマッチしていて美味かったです!

食後、再び高速に乗って来た道バック(笑)



今度は長野県との境の方まで戻り『箕冠城址』を見学です。
箕冠城は上杉謙信が武田信玄の信濃侵攻に際して国境を固める為に
築いた最前線の城で、重臣の大熊備前守朝秀の居城でもありました。
勿論有名な川中島の合戦(第1次〜第5次)の時も国境を守る為に
防備を固めていた歴史を持つ城です。

・・・ま〜平和になったらこんな辺鄙な山城に価値は無く、武田信玄が
没すると江戸時代を待たずに廃城になりましたね(涙)

腰曲輪や大堀切、土塁、曲輪とそれなりに良好に遺構も残っていて
中々に見応えがありました。

最後は県境に湧く『赤倉温泉』へと立ち寄り旅の疲れを癒します♪
赤倉温泉は妙高山の山腹にある、江戸時代唯一の藩営温泉であった
珍しい歴史のある温泉です。
江戸時代の湯治場から、明治以降はスキーリゾートとして本格的に
開発された温泉街です。
「ホテル秀山七つの扉」と言う不思議な名前の宿にて日帰り入浴を
堪能しました〜

日頃の行いが良さ過ぎて、またも貸切り状態!

内風呂も露天風呂も貸切りでマッタリ〜マッタリ〜楽しんで
疲れを癒します〜〜・・・・



さて、時刻は16:30
『横浜』に帰って飲むにはかなりギリギリな時間です(汗)

急ぎ足で帰りましょう!!



帰り道は順調に進み、関越経由で帰ります。
関越を降りてからが少し混みましたが、それでも予想よりも早く
20:00前には横浜へと到着出来ました!

一旦車を置きに帰るミッキーに駅前で降ろして貰い、取り敢えず何時もの
ビルの6階に向かい、キタイと合流(笑)
仕事後のMICHEL、車を置いて来たミッキーと集まり、20:30
に飲み屋へ移動♪
何時もの店では無く、同じビルですが違う階の店に入り乾杯☆

何気なくテーブルに置いてあった新商品のオススメで
「ゴディバカクテル」なる物があったので、試しに飲んでみようと思い
「俺、ゴディバミルクね」と注文したら・・・





「OK!ゴディバだな!!任せろ!!!」
「ゴディバ逝っとく?逝っちゃうの!?」
「ゴディバ入りま〜〜す!!!」






・・・・・・・・え?
お前ら、何でそんなに盛り上がってるの??(滝汗)


勝手に頼まれ続けるゴディバカクテルの連鎖
ゴディバミルクとゴディバティーのヘビーローテ(涙)


・・・甘い!
そして薄いココアを飲んでいるかの様な微妙さ(汗)

誰かが何かを頼む度に、俺の前にどんどんと追加で運ばれて来る
ゴディバども!(怒)


遅れてやって来たユウキ
開口一番「何珍しい物飲んでるの!?」

俺が自分で頼んだ物じゃない!
って言うか、少し手伝え!!!

で、一口飲んで「うっわ不味!!よく飲めるねコレ!?」



煩せ〜〜〜〜!!!(怒)


結局、延々それしか来なくて8杯も飲んださ〜

刺身食っても、餃子食っても、焼き鳥食っても


・・・・・これを飲むと口の中が不快感しか残らない(涙)




最後はゴディバのデザートを2品も追加で頼まれて食わされて
終了〜〜




最悪な飲み会だったぜ(汗)
だいたい俺はK点超えの混ぜ物大好きッ子
シャングリラーどもじゃない!!


何だか悪酔いしそうな感じでフラフラと帰宅です(涙)





最後は悲惨な目に会いましたが(ヲ)
2人でも結構遊べちゃうってのが分かってしまいました(苦笑)

・・・ま〜ただ、キャンセル料が追加で入らないと予算的には厳しい
ですがね(汗)

何にしても、最初から参加人数が集まればそれにこした事はない
ですがね・・・


ま〜今回も良くやったなって事で(笑)
特にミッキー
今回もお疲れ様でした!


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