| 2011年02月06日(日) |
兵庫へ〜神戸外周〜ユースケ独身最後の旅! |
イエ〜ッス!
「あんた!何時まで遊び呆けているの!?」と親に怒られても 俺は行く!(激しくマテ!!)
今日は兵庫県の神戸市街を除いた 神戸市外周をグルッと周って来ました〜♪
ユースケ、独身最後の参加イベントになります!(爆) 参加者は俺、ユースケ、クラウザー、そしてユースケ独身時代の最後を 共に飾るべく無理矢理休みをゴリ通したミッキーの4人!!
ミッキーの仕事後にクラウザーと合流して貰い、 我が家で俺を拾って貰って今日はクラウザー車にて西へ進みます・・・・
出発したのがだいたいAM1:30頃かな? ま〜そんなに急ぐ旅でもなかったので、マッタリと進みます。
運転手クラウザーで助手席が俺と言う珍しいパターンで 進んで行くも、途中の静岡県中央辺りに差し掛かり 「俺、前回の旅では浜松で交代したから、今回は前回を越えたい!」 発言から場は可笑しな事に(汗)
前回は間違い無く、浜名湖SAまでガソリンが保ったのですが 今回は何故か浜名湖のかなり手前でエンプティーランプが点灯!!
ま〜後20km近くは走るから平気だべ!とテンパるクラウザーを 宥めつつも俺も焦ります(汗)
結局、ナビに出て来た浜名湖までの残り距離がランプ点灯から 15km走った時点で後20kmだったので、まさかの一旦高速を 降りての給油です(涙)
・・・・・・・・・・マジか!? 俺、こんなの初めてだぞ!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・クラウザー? 「おかしいな〜前回は浜名湖まで行ったのにな〜」 「燃費悪くなってるのかな?」 一応聞いておくけど、もちろん家を出る前に満タンにしておいたよね?
「いや?」
燃費じゃねーよ!!!!
今日の高速代全額お前持ちな! (ま〜土日1000円だしイイベよ(邪笑))
え〜給油後、再度高速へと戻る不思議な体験をさせて貰った後は 流石にこれ以上は何も無いだろう!と祈り続けた甲斐もあり、無事に 愛知県へと入り、途中で俺に運転を交代してクラウザー就寝・・・・
相変わらずにミッキーも就寝・・・・
はぁ〜俺一人旅か〜(涙)
強風に煽られながらも、雪や雨が降っていなかったのが救いでした。
さして特筆するべき事も無く京都の手前まで進み、SAに立ち寄り トイレやら夜食の買出しやらで小休止です。
SA内のコンビニでユースケに差し入れも買って準備万全! 運転をミッキーに交代して俺は就寝です・・・・・・
7時手前に大阪『十三』のユースケ宅へと到着し、ユースケを 起こします!
やって来たユースケに「はい、差し入れ!」と先ほど購入して置いた アンパンを食べさせて掴みはOK♪
食後、間髪入れずに「はい、デザート♪」と続けて先ほど購入して置いた どら焼きを食べさせて今日もユースケは絶好調☆
「・・・・予想はしてたけど俺、起きてから餡子しか食べてない」
オメデトウ!
そんなご機嫌なユースケを乗せて、まずやって来たのは 今回の目的地で一番西に位置する高砂市の『生石神社』へ! 入口には立派な割拝殿があります。 割拝殿というのは、中央部に通路があり下足のまま通行出来る拝殿の事。 斜面にある寺や神社では舞台もしくは楼門の代用として機能している ケースが多く、ここもそのパターンでした。 割拝殿を抜け、更にまた割拝殿を抜けてそして、その奥にまた割拝殿! 割拝殿の三連続です!!
山道を進んで行き、岩盤をくりぬいたような採掘場の迫力に テンションが上がりつつ、神社を拝観です!! 石の宝殿と呼ばれる巨大な石造物を神体としており、宮城県の鹽竈神社 の塩竈、宮崎県の霧島神宮の天逆鉾とともに「日本三奇」の一つと ご対面〜 そこを抜けると、巨大な四角い岩がちょうど岩場をくり貫いたような ようなスペースに奥まって鎮座しており、下の池に浮かんでいるように 見えます。
この不思議な物体。 誰が何時何の目的で作ったのか不明! って言うか、人工物なのか!?ってレベルらしいです(汗)
社の裏手はすぐにゴツゴツした岩場になっていて まさに岩の神社って感じですね♪
見学後、ユースケが呟いた「寒い」に機敏に反応したミッキーが ダッシュで自動販売機から買ってきた「缶汁粉」が贈呈されます(笑)
「朝起きてから、まだアンコ以外食べれてないんだけど」(涙)
缶汁粉を握り締めて立ち尽くすユースケを車に押し込んで出発!
やって来たのは『三木城址』 播磨国東部の雄として君臨した別所氏代々の居城。 1568年、織田信長が入京すると時の城主・別所安治は、すばやく 織田方に味方して栄えます。
・・・・・が、毛利氏攻めの先鋒を務めるはずであった別所長治は、 何を思ったのか突如三木城に立て籠もり、織田方の羽柴秀吉に叛旗を 翻します(汗)
ただでさえ堪忍袋の緒が短い信長さん
マジ激怒ですわ(汗)
秀吉に徹底的に潰させます。
秀吉は三木城を攻める時、自棄になってテンション上がっている 別所一党と正面から当たるのは面倒だと、徹底的に城を囲み 兵糧攻めをします。
兵糧攻めをし続けます(汗)
結果、餓死者続出の戦国史上稀に見る凄惨な事件 「播州三木の干殺し」の現場として名高い城です(汗)
現在は本丸の天守台跡や模造の塀、当時の別所家当主別所長治の 辞世の句碑、井戸跡、別所長治の石像などがありました。
記念に騎馬に跨った別所長治像にタンデムして記念撮影をして 逃げるように撤収!(マテ)
高速を使い、急ぎ現場を離れます(笑)
途中、山陽道を走行中、事故渋滞に嵌りブーブー言っていたら 路側帯をパトカーやら救急車やら消防車まで通って行きます・・・
・・・・・・・事故起き立てかよ!
後20分後に事故ってろよ!!(ヲ)
何て不謹慎な事を言いながら現場に近づくと ・・・・・・・・・・もはや車種すら特定不可能なくらい、芯まで確りと 火が通ったウェルダンな感じの車が燃え残っていました(笑)
お〜い、クラウザー あの警官とヘラヘラ喋っている恐らく持ち主のオッサンに 「目玉焼きも完熟派ですか?」って聞いてこい♪
結局、燃えたバカのせいで高速を使ったのに下道と余り変わらない 時間になってしまいました(怒)
ま〜そんな感じで『篠山城』へと到着です。 100名城の一つで、関ヶ原の合戦後に家康が大坂城の豊臣秀頼を 警戒し、また大坂包囲網の一翼を担う城として、加藤清正・浅野幸長・ 蜂須賀至鎮・加藤嘉明・福島正則ら豊臣恩顧の大名を動員して、彼らの 財力と労力の消耗を強いながら、同時に西国大名を牽制する重要な 拠点として京都から山陰・山陽へ通じる街道の、あるいは大坂から山陰へ 抜ける街道の要衝であるこの地に築かれました。
天守台・曲輪・石垣・堀・井戸・馬出が立派に残るだけで無く、 城門や、一番の見物である復元された大書院が非常に見応えのある物で 来て見て良かったです!
城の見学後は、次の目的地へ向かう途中の山道が 何気に結構雪が残っていて、今日のような暖かくて天気の良い日で 良かったな!と皆でホッとしました・・・ (ミッキー車キューブは今回ノーマルタイヤのままだったもので(汗))
山を越えてやって来たのは『永澤寺』 永澤寺は、1370年頃に細川頼之が後円融天皇の命によって 七堂伽藍を建立したことが始まりとなった禅寺です。
・・・・・・・ま〜立派な参門を見た後は、本堂を見る前に
蕎麦だ!!! ここは蕎麦が有名なお寺で、寧ろ蕎麦がメインで立ち寄りました(爆)
寺の菖蒲園の中にある「食事処水無月亭」にて早速蕎麦だ〜!
・・・・・・・・・って、何!? 菖蒲園は入園料取るの? で、蕎麦屋は菖蒲園の中・・・・・・・って、ヲイ!!
ありえね〜〜〜!!と入口前で大騒ぎしていたら 係のおばちゃんが「特別にどうぞ」と言って入れてくれました♪
我々、嫌な事にはきちんとNOと言える日本人ですから(マテ)
さてと〜 薪のストーブがイイ感じの山小屋風の店内に入り、 名物の大たぬきそばを注文!
丼を覆い隠してまだ余る巨大なお揚げが入っています。 (関西ではお揚げ入りをたぬきと呼ぶそうです)
蕎麦も旨いが、お揚げのジューシーさには感動ですな!
あっと言う間に食い切り、足りない俺とミッキーは結局ザルを1枚 追加で頼みます(苦笑)
ザルも、温かい蕎麦よりもより香りを感じられて美味しかったです!
食後、一応と言うかそんな感じで境内も見学(マテ) 何だかんだ極楽色のインドっぽい巨大な観音像に圧倒されて 来ました(汗)
腹も膨れたことだし、次は風呂だ〜! って事で、おそらく関西圏で一番メジャーな温泉かと思われる 『有馬温泉』へとGO〜〜〜!!!
流石は日曜日の有馬温泉・・・ 関東で言ったら日曜日に箱根に行くようなものですね(汗)
凄い人です・・・ おまけに駐車料金が高い(涙)
狭い道、大量の人に辟易しながら駐車場に車を停めたら 気を取り直して観光開始です!
と、その前に入浴施設「金の湯」で一ッ風呂浴びて行きましょう(笑)
ま〜ま〜 ・・・・・・・・・・凄い混んでます(涙)
鬱陶しい人混みを抜けて受付を済ませて イザ、入浴!
塩分と鉄分を多く含み褐色をした湯にマッタリ〜・・・・・ は浸かれないな(汗) 人と人の間にスペースを確保して何とか温泉を楽しみます(笑)
目の前に居る悶々を背負ったオッサンが ご機嫌で唸っているのが超・気不味いですが(涙)
湯上がりは勿論瓶の牛乳で〆! 湯上がりの火照った体を冷ますついでに、硫黄の香りを嗅ぎながら暫し 温泉街をマッタリと散歩しました♪
ま〜人が多過ぎですが、それでも温泉街って良いもですね〜
有馬温泉。 昔から有名な温泉で、色々な有名人が訪れています。 歴代の天皇も何人も訪れていたり、清少納言が枕草子で触れてもいます。 中でも豊臣秀吉の気に入りっぷりは半端なく、有馬を愛し何度も訪れ、 更に温泉や周辺の改修を行い、今でも太閤○○と言う地名が残っている ほどです。
秀吉の名を取った「太閤橋」や細君ねねの名を取った「ねね橋」 秀吉の像やねねの像、完璧に凍りついた噴水などを見て回り 帰宅ラッシュに巻き込まれる前に撤収します。
駐車場から出る前の渋滞に嵌り、2分の差で料金が上がってしまい 悔しい思いをしました!
今日はマッタリと晩飯を食って帰る気だったので、そろそろ早いですが 戻り出します。
戻り途中で最後に『伊丹城址』へと立ち寄ります。 伊丹城は有岡城とも呼ばれ、日本最古(1520年築)の天守台を持つ 平城です。 地元豪族伊丹氏が築城した城を織田信長配下の荒木村重が改修。 荒木村重が信長を裏切った際に攻められて落城します。
その後、荒木村重は信長の執拗な追跡から見事逃げ切り、秀吉の時代に 茶人として舞い戻るほどのシブトイ猛者でした(苦笑)
ま〜それよりも伊丹城は駅からメチャ近い城跡として有名です! 駅を出て1分で城跡ですから(笑)
駅の構内を通過して天守台へと出る「三原城」には負けますがね(笑) (過去日記参照)
駅前立地ですが、意外と石垣、土塁、井戸跡、堀跡などは 残っていました!
・・・エレベーターに乗りながらすぐ真横の石垣、土塁を眺めながら 上がっていくのは変な気分でしたがね(苦笑)
先の篠山城に続いて、井戸跡でクラウザーが何故だか興奮状態に 陥り、井戸跡に潜ったり、潜ったと思ったら井戸跡からジャンプして 飛び出てみたり・・・・・・・・救急車を呼んでくれ!(滝汗)
他の人に通報される前に迅速に撤収!!!
その後、若干の混雑には嵌るものの、距離的にはあっと言う間に 大阪へと戻り、ユースケ宅の近所のコインパーキングに車を停めて 『十三』の駅前へ4人で馬鹿話をしながら歩きます♪
十三の駅前は飲み屋街と風俗街なのですが、今回は諸々の事情で どちらにも行けません(涙)
ま〜街を一回りした結果、前回ゲレゲレとジュンさんと来た時に 入った串カツ屋「上上酒場」に決めました!(過去日記参照)
・・・・・・・・・・あ〜〜 飲めないってのが凄いストレスだ!!!
ここで解散のユースケ。すっかり他人事で 「誰か1人ハンドルキーパー居れば良くない?」とか場を掻乱します(汗)
3人が牽制し合う仲、一人でご機嫌でハイボールを頼むユースケ・・・
今日がお前の独身最後の祝いの席じゃなかったら極刑モノの 所業です!
結局、3人でソフトドリンクを飲みながら串カツを貪ります! ・・・・・・・・・・自棄食いとも言う(涙)
ま〜それは置いておいて、4人で色々盛り上がりながらも 結構深い話なんかもしつつ、ユースケの今後の予定を聞いたり、 クラウザーが実は今日、イチゴ狩り合コンを蹴ってまで 参加していた事実に皆で「このストロベリー野郎が!」と感動したり
・・・・感動(?)したり・・・・・・?
ま〜2時間半くらいダベッてたね♪ 店からユースケの家までも、また4人で馬鹿話しながら ダラダラ歩いて帰りました・・・
何か、このダラダラ歩いている時間も結構楽しかったな〜(笑)
最後にユースケに「幸せになれよ!」とハッパをかけて解散です。 駐車場から車を出して・・・・・・・・・って痛てーーよ!
運転手クラウザー、俺が後部座席に荷物を積んでいるのに 後も見ずに急発進!
俺の足轢いてます(涙)
最後の最後でストロベリー風猟奇的行動に出たクラウザーにして やられましたが、ま〜時間も時間なので急ぎ帰ります!(汗)
直ぐに高速に乗り、途中のSAでお土産を買ったりした以外は 皆串カツをガッツリ食べていたので、改めて晩飯を食ったりもせずに 給油に立ち寄っただけで後は渋滞にも嵌らずに順調に帰って来れました。
20時くらいに大阪を出て、厚木を降りたのが7日AM1:30頃だった ので、結構順調な帰路だったかと♪
我が家の前で降してもらい、2人とはお別れです! 気を付けて帰れよ〜 特にクラウザー(汗) ミッキーと別れた後はお前一人だからな!
そんなこんなでユースケ独身最後のイベントは幕を閉じたわけであります。
結婚しても「あ〜行くよ!」とユースケは言っているので 今まで通りに本当に来る気でしょう(爆) 今後もユースケはレギュラーって事ですな♪
さて、人生の大きな節目を迎えるメンバーがとうとう身近に 出始めましたよ〜! 次は誰だ〜? 少なくとも俺だけは無いぞ〜!(泣笑)
ま〜何はともあれ、ユースケ&姉御オメデトウ! そして今日のメンツ、お疲れ様でした〜
帰宅して風呂に入った時に、何か染みるなと思ったら クラウザーに惹かれた御御足が爪破れて〜ら(涙)
いや、マジで俺で良かったよ これが他人だったら普通に人身事故で旅その場で終了だったからね(滝汗)
今後もより安全に気を付けて、もっともっと楽しく行きたいと思います! それでは染みる足に涙を堪えて乙!!
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