2002年11月28日(木)→→→偶然と必然

この間フェリス→東大に行った女の子の日記を読んだ。
フェリスかー懐かしいなあと思った。
中学受験時、私の第一志望校はなんとなくフェリス、だった。
当時塾で桜蔭かフェリス(横浜なので。東京だったら女子学院とかかな?)かという学校の試験タイプで二つの学校がツートップ!みたいな感じだったので、自分的に合うフェリスかな〜という感じだった気がする(曖昧)。
フェリス祭(文化祭)には何度か行って、まあまあ気に入ってはいたけれどこう決定的にこの学校に行きたい!とはあまり思ってなかった気がする(本当に曖昧…)。
そんな感じで志望校を本気で決めないといけない6年生になって、うちの学校にちょっと興味があって(セーラー服がフェリスより垢抜けていた…)行ったらもうなんかここだ!と思ってしまって、家から遠いだの偏差値がフェリスよりちょっと低いだの色々先生や親に反対されたけれど、うちの学校に決めてしまいましたとさ。
まあ大学もあるし(大学受験しなくてすむ、とか思っていた。なんて打算的な小学生!)授業も個性的(ヴァイオリンとか)だし校風も自由(これだけは譲れなかった。フェリスも自由だけど。)と、色々理由をつけてみた。
でもなんというか今思えば、勘としか言いようがない。
フェリス行った友人達は、みんなものすごく競争意識の強い人たちで、常に「一番」じゃないと!っていう子ばかりだった。
私はそういうのがとても苦手なので、ちょっとそういう中に居るのはいやだった。
試験でよい点を取ること、順位表の上の方に載ること、それは楽しい。
順位表の一番上に自分の名前があればそれはうれしい。
でも、それだけのことだ。
毎回毎回順位表の一番上に自分の名前がなくてはいけない、なんてこれっぽっちも思っていなかった。一番上だったらもうけもの、くらい。
まあ上の方にはないと行きたい学校に行かれないから困るし、なんかみんなにバカにされたらいやだから上の方をキープするってのはあったけれど、別に一番上じゃなくていい。
そんな人はその塾のクラスには私と、たぶんいつも順位表の一番上に名前があった子の2人だけだったのではないかと思う(その子はもう突き抜けて頭が良いうえに努力することをゲームみたいに楽しんでいた)。
そんな私に、ギラギラ勉強してるみんなと同じ学校に行く、という前向き?な意識があるはずもなく。
いま思うと昔からマイペースだったかも。勉強に関しては。
中学受験の勉強はゲームみたいで楽しかった。
塾は周りに学校にはいない賢い子が多くて楽しかった。
楽しいから塾に行っていた。塾で勉強していれば行きたい学校に行かれるように道が出来ているから、塾に行っていた。
だから結局、「ツートップ」にはあまり興味もなく(塾的にはいやな生徒だったと思う。やはりツートップに何人入ったか、が塾の実績だから)、自分で自分に合った学校を偶然的に、でも必然的に選んだのだと思う。
実際、フェリスに行った子達は中学入ってすぐ塾に行ったりして、がつがつ勉強という競争を続けていたらしいし。
大学受験をしなかったことは、自分の中でちょっとしたコンプレックスになってはいるが、たぶん私は大学受験なんかしなくて良かったのだと思う。
向いてないよ、そういうの(向き・不向きじゃないって?)。
実際のところうちの学校の中ではたくさん「競争」があったけれど、「大学受験」とか「順位表」とか、成績をみんなの前に晒してさらに競争を活発化させるというような殺伐としたものではなかった。
結論として、たぶん私はフェリスを受けなくてよかったんだと思う。
うちの学校はかなり特殊な「温室」だってことに最近気付いたけれど、そんな中で本当にたくさんのよい友達や先生に出会えたし。
出会いっていうのも、ある日突然ぶつかるものではなくて、自分でなにかしら必然、の部分を見つけて選んでいっているものなのかもしれない。

あー長くなった。
紅白にジョン・健・ヌッツォが出るらしい。なぜ?
「情熱大陸」で前に見てけっこういい歌手だなあと思った記憶が。
ウイーンだからひいき目かな?(彼はウイーン国立歌劇場専属テノール歌手なので)
でもま、同じ健でも錦織健の100倍はいい歌手だと思う(笑)


     
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