仕事と私、どっちが大事なの?! っていう陳腐でベタな台詞がある。 そういうことを言われる人ってどんな人なんだろうって思っていた。 そして、そんなのは比べられないよ、とこれまたお決まりの台詞を言う人って。 …最近思うのはそれはとても正直な答えだなあということ。 だって、いま、仕事と…って言われたら正直、あなたに決まってるじゃないなんて言えないもの。 もちろん、仕事っていうのは私の場合これから先の「未来」のことだが。 先日旧秋元研の人々と会って、けっこういい歳だけど誰も結婚しないって話をしていて、そりゃそうだろうなあって思った。 そりゃもちろんつきあってるひとがいて、そのひとが何より大事だとは思うだろう。 それとは全く別の次元で、言うなれば目の前に仕事があってそれを見つめていて、その自分の傍らに好きなひとがいるって感じかなあ。 横と前は違うのだ。 ま、いま実際そういう人がいないからわからないけど、たぶん、そう。 うーん私は表現力と説明能力に欠けるなあ。 わかりやすく物理化学で説明すると(一部の人にしか通じないって)、 主量子数とか方位量子数が仕事。 スピン量子数が恋人。 あーわけがわからないかもー。わかったひとはすごい。 私に取り込まれているかもしれない。
実は昨日K先生の研究室に行って、痛感したことがある。 いかに自分が卒論の続きをもっとやりたかったか、ということ。 いかに村林研でジレンマを感じていたか、ということ。 だって修士のとき、関係ないのに大気の本とか読んでいたし。 シンポジウムでは企業色とか「実用」色の強さに辟易していたし。 それは工学だから当たり前なのに、どうしてもだめだった。 A川先生が廊下で1時間も熱く語ってくれた「理学」への思いとか、 O先生に教わってきた物理化学のエッセンスとか、 P.W.Atkins先生に会った時の感動とか、 なんだかそういうしまってあったものが流れてきてしまった。 おそるべし、「過去」。 美化していないかどうかのチェックはこれからも念入りに行うことにしよう。 でもやっぱり社会に出てみてわかったのだと思う。 なにがいちばん大切で、譲れないことなのか、が。 社会も悪くない。
あーそれにしても最近書いてることが支離滅裂だ。感覚的すぎるし。 「まとめる」意欲に欠けすぎ。反省。脳弱っ。
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