2002年07月13日(土)→→→Life without beauty is not worth being called human.

ルイス・バラガン展@現代美術館にEちゃんと行く。
ものすごく混んでいた。
沁みこんで来ないのは、混んでいてやる気が削がれたからだけではないだろう。
ここ数日の「思うこと」が心を占めているからだと思う。
ってことで感想は書かないけれど、人間の生活から芸術がなくなったらそれは人間とは言えないな、というのはよくわかる。

A learned fool is more foolish than an ignorant fool.
という言葉がある。赤い方にも書いたが、モリエールの言葉だ。
学者ばかは無学のばかより一層愚かである。
私は学者ではないが、ある意味、「learned fool」だと思う。
ルイス・バラガン展を見ていて、あまりの混雑ぶりに展示がきちんと見られなかったので、キャプションの配置がおかしいだの動線を考えてないだの、つい口にしてしまってその直後に、「learned fool」な自分に嫌気がさす。
私がいつも科学チックな戯言をついつい口に出してしまうのも、それは文系の、普通の人にしてみれば、「はいはい、またか」ってレベルのものだと思う。
そして自分でも口に出してしまった直後に、知ったかぶりというか知識をひけらかしているような言動に、後悔するのだ。
決してひけらかしているつもりはないし、知っていることとつながることがうれしいだけなのだけれど、どう考えてもそうとしか見えないだろう。
私はそんなlearned foolな自分が嫌で仕方がない。
そして、その「learn」の実がこれまた中途半端なのだ。
マスターじゃお話にならない。
やはり、ドクターを取って初めて、learnの内容が真実味を帯びてくるのだと思う。

夜、EちゃんとSさんとかわしまくんとWくんと飲んでいて、つくづく自分のfoolさを何とかしなければいけないなあと思った。
それはドクターに進学することで、何とかなるというわけではない。
ただ、公務員になろうと思ったのは実は「ドクターに進学する」ことから逃げていた、ということ。
ドクターに行くことが逃げになることだと思うことは、ドクターに行くことへの不安感からだということ。
つまり、ドクターに行かなければ始まらない、でもちゃんとやっていけるか恐いから、そこから目をそらしていたということ。
自分がやりたいことをやるために、やらなければいけないことから目をそらしていても、中途半端なところにしかたどり着けない。

ここ数ヶ月で、私は化学のないところでは生きていかれないくらい、化学が好きだという事実に気が付いて愕然とした。
好きだけど趣味程度にしか思っていなかったのだが、どうやら大恋愛をしてしまったらしい。
こうなったら腹括って化学の世界で生きていくために、自分をなんとかするしかないかな、と思うのだ。
仕事と私とどっちが大事?というベタな問いに思う。
化学と私とどっちが大事?と好きな人に聞かれたら、私は、「化学」と答えてしまいそう。
そして、世の大多数の男性が「仕事」を選ぶのと同じように(本当にそうかは知らないけれど。あくまで私のイメージ。)、「それは比べる次元ではないけれどどうしてもどちらかと言われたら化学」って言ってしまいそう。

私の生活にとって、「Chemistry」はバラガンの「Beauty」。
なくなったら、私は人間ではなくなってしまう。


     
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