ちょろりの役員様日記
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朝6時にたたき起こされ、礼服を着て マミーの実家へ。出棺が朝8時から。
最後のお別れだ。 座敷に寝かされていたおばあちゃんを、棺に入れた。 やはり収まってしまうと、とても悲しく涙があふれた。 花を敷き詰め、釘を打つときには こんな狭いところに入れてしまうのが 悲しくて悲しくて。
車に乗って出発した。クラクションが山に響く。 朝8時という時間だったのに 近所の人がたくさん見送りに来てくれた。
近くの火葬場へ行く。 とうとう燃やされてしまうのだ。
火葬場が何しろ古い施設なので 煙突から煙が出てきて それを見たマミーは号泣していた。
10時半まで焼くということなので マミーと、あたしと、義伯母さんと義叔母さんは 一旦家に帰って着物に着替えることになった。 いらないというのに喪服が勝手に22歳くらいに作られていたのだ。 もったいない という理由であたしも着ることになっていた。 従姉も着るために帰ったし、おそろいで着ろと。
あたしの黒スーツは (ちょろダーが気を利かせて大量に黒服を持って来てくれていた) さっぴーが着ていた。
近所のおばちゃんや親戚のおばちゃんの手をかりて 着付けてもらった。 うちら全員着付けなぞできない。
まだシツケ糸のついていた家紋付き喪服は あたしに全く似合っておらず、 10時くらいに火葬場に戻ると、弟妹といとこたちにバカウケだった。 そ、そんな・・・。
家のパピーが運転手で、 おばちゃん連がみんな帰っていたため 伯父さんと叔父さんと若者が火葬場に残っていて 女の年長者がりょうたんに気付いたらなっていたそうだ。
りょうたんは、ハっとして 何かしなあかんのやろか?と思ったら ひっそり片隅でちょろダーがお茶を入れてくれているところ だったらしい。 役立たずりょうたん。よく気がきくちょろダー。
また口うるさい代表やっさん(パピー)と おばちゃん連が全員いなかったため 待合室で、ものすごいはじけっぷりで 酒を飲んでいたらしい。 いいな楽しそうで・・・。
従妹(女子高生)の携帯カメラの写真を見せてもらったら めちゃくちゃ楽しそうな おっさんの写真があふれていた。
しかし、いざ骨になったおばあちゃんを見て お骨を箸で拾うときにはみんな涙ぐんでいた。
去年、肩を骨折して 医者は「もう年だから完治はないですよ」と言っていたのに 完全に治ってしまったくらい健康だったおばあちゃん。 骨もずいぶんしっかりと残っていた。
家に戻ったら、お昼を食べることになっていて 近所の地区の寄り合い場所で折り詰めの寿司を食べた。 さっき火葬場で菓子を食い散らかしたいとこ達は 食べれないでいた。
あたしは・・・もう着物が苦しい。 何から何までいやだ。特に足袋がいやだ。 きつい足袋を履いていたのだ。 これから葬式耐えられるかな・・・。
13時まで時間があったのでダラーとしてすごす。
マミーは泣いていたのに、 あたしが初めて着てる喪服を 「ちょろが喪服着てる写真撮らなきゃ」と あたしをちょろダーと並ばせて写真を激写していた。 一体何なんだ・・・
葬式は座敷でつつがなく行われた。 おばあちゃん今までありがとうね。 これから見守っていてね とずっと祈っていた。 しかし足が痛い。 お経の声となんかシンバルみたいなのと チーンというのと太鼓と激しく鳴っていた。 我が家は実家もここも、ちょろダー家もみな曹洞宗。
葬儀の後は、田舎のしきたりのまま 墓まで野辺送りの行列だった。 毎回さっぴーが、傘を持つ役だ。杖は従妹のかなちゃん。 おばあちゃんの農業用の麦わらが傘になっていた。 さっぴーがそれをかぶって歩いて怒られていた。
あたしとりょうたんとまりちゃんは いつもいつも生花というしょぼ役。 ひっぴーは何か提灯のようなもんを持っていた。 骨壷は内孫の長男だ。
ちょろダーには花かごを持ってもらって 道端で、和紙に包んだ小銭を撒いてもらった。 こんな野辺送りをまだするところあるのかなあ?
あたしの父方のじいさん、母方のじいさんのときもやった。
母方のじいさんの葬式のときは まりちゃんの手を引いて歩いていた。 あたしが22で、まりちゃんがまだ10歳くらいだったような。 今ではもう女子高生。 制服を着て、ブラウスの裾にゴムが入っている。 すんごい写りの良い、進化したプリクラ撮りが趣味で あたしのボロ携帯をバカにしながら貼ってくれた。
今日はよく晴れて、抜けるような青空。 昔、庄屋だったおばあちゃん家から 山の麓の寺までけっこう距離があった。 黒いの着てるから暑い・・・草履が痛い・・・。 しかし頑張って歩いて墓に到着。 線香を供えて祈ってきた。
家に戻って着物を脱いで生き返る。 その後、ぶち抜きの座敷で食事だった。 田舎の家は、こういうときのために座敷が広いんだから・・・。 ここの家なんて8畳間が3つつながるんだから・・・。 こんなにテーブルどこから持ってきたんだろうと思いながら ビールを飲みつつ、折り詰めを食べた。
親戚一同の食事の後は、村の集まり。 近所の人が大量に集まっていた。 喪主の伯父さんがひいひいとお酌をしていた。 パピーも参加していた。
うちらは宴会前に駅まで送ってもらって 東京に戻ることに。 はぐさんは今日は1日亡きおばあちゃんの部屋(離れ)で ぴいぴいと鳴いていた。
だんどり大王パピーは時刻表まで持ってきていて あっさりうちらを30分に1本しかない中央線に乗せて 宴会へ向かって帰っていった。 酒を我慢していたからすばやい行動。
今日はなんかやはりあわただしかった。 時間によって動かされるし。 おばあちゃんにはお経の間と焼香のときに じっくりお別れできたけど。
しかし電車の中も新幹線の中も みんな爆睡だった。 ものすんごいよく寝た気がする。 気付いたら品川にいた。
久々の自宅に戻る。 風呂にゆっくり入った後、アルバムを広げてみた。 小さいころのあたしを抱っこするおばあちゃん。 眺めてまた泣いておいた。
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