白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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引越し先 白い木蓮の花の下で


2008年04月14日(月) 2人合わせて1世紀

週末は娘を連れて和歌山の田舎に住む夫の祖母の家へ行ってきた。娘にとって曾祖母になるその人は、来年早々に100歳を迎える。あちこち弱っていて寝こみがちだと言うものの、いまだ畑に出る達者な婆様だ。

電車を乗り継いで一路和歌山へ。途中、半分ほど散ってしまった山桜を沢山目にした。菜の花畑も沢山。夫の従兄に駅まで迎えに来てもらって義祖母宅へ。

義祖母は以前、お会いした時よりも少し小さくなったようにも思われたが、それでも皺の深い顔をクシャクシャにして出迎えてくれた。産まれてから1年に満たない娘と、あと1年足らずで100歳になる義祖母。義祖母に娘を抱いてもらって写真を撮りながら「2人合わせて1世紀か…」なんて事を思った。

100年という時間を目の当たりにしたような…ちょっと不思議な気分だった。

義祖母は曾孫を堪能した後「昼寝をするから」と早々に離れに籠ってしまわれた。私達は母屋でもてなしを受けた。「昼食を済ませて行きます」と連絡したのだけれど、食卓には都会で食べる2倍くらいの大きいいなり寿司が沢山用意されていた。他何も苺にケーキ、イカを焼いた物などご馳走が一杯。ご馳走を戴きながら、義祖母と一緒に暮らしている叔父や従兄とお喋りなどして楽しい時間を過ごした。

帰りには地元で取れた清見オレンジやデコポンをどっさりお土産に持たされる。帰る間際に離れに引っ込んでしまった義祖母に挨拶に行ったら「私もお土産を用意したから」と包みを渡された。中には時も手で取れたキノコと筍。それに蜜柑とサバの缶詰が入っていた。義祖母に挨拶した後、従兄が気を利かせてくれて「缶詰はどこで買えるし重いから、置いて帰りなよ」と缶詰を袋から出してくれた。

「お土産に缶詰」なんて今の感覚だと不思議に思うのだけど、ずっと田舎で暮らしてきた義祖母にとっては今でも「ご馳走」なのだろう。孫と曾孫に美味しいお土産を持たせてくれる義祖母の気持ちがとても嬉しかった。

子供は国の宝だと言うけれど、長生きしているお年寄りもまた宝だと思う。子供の頃は「お年寄りが宝」と言う感覚は全く理解出来なかったものだけど。義祖母は100歳まで生きたいと言う。義祖母の願い通り、これからもお元気で長生きしていただきたい。

回は義祖母に娘の顔を見せるのが目的だったけれど、従兄達とのお喋りも楽しかった。遠くに暮らす親戚とは、そうしょっちゅうは行き来する事が出来ないけれど、家族揃ってまた遊びに行きたいなぁ……なんて思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


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【同月同日の過去日記】
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