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猛毒。
リョウ
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2003年08月09日(土)
相談。

友達からの真夜中の電話。
別に全然かまわないし、
頼ってくれるのは嬉しいと思う。
・・・こっちに電話代がかからなければ(笑)


シンドイなあ〜〜ってなってる友達からの電話を、
最近何本か受けた。
家族のことや、
仕事のことや、
進路のことや、
人生のことや、
恋のこと・・・
みんなたくさん悩みとか愚痴とかがあって、
そーゆー相談をしてくれる。


あたしはもともと、
ヒトの話を聞くのが上手ではないし、
それで一時期すごい悩んだし、
ヒトの話を聞くことと自分の意見を言うことの、
その正しさであるとか、
相手への思いやりであるとか、
自分の言いたいことを言わずに相手の言葉を聞くべきであるとか、
自分がどんなに反発心を持ってもソレを表すべきではないとか、
ヒトとヒトとのコミュニケーションや会話についての話の快不快を学ぶたびに、
自分がしたいこととするべきことの違いに、疑問を感じてきた。


だけど今、
友達からいろんな相談をうけて、
例えば友達がそれで話し終わって、
「楽になった」って言ってくれたり、
「また電話していい?」って言ってくれたりした時、
自分の言葉たちは間違っていなかったんだなって思うし。
すごくそれはあたしにとって、嬉しいことで。
うん。
いいことで。
あたしにとっても、相手にとっても、よいことだと思う。
その、相手が納得して安心してよかった、って言ってくれるような相談は、
あたしも本心から話して、
相手を理解しようとつとめて、
相手を決して否定しないようにして、
相手の話を促すようにして、
ほんとに相手を心配してる時に、
そんな風になる。
自分がダメだと思って、
学んできたことはすごく役に立ってるし、
さんざん悩んだことは無駄になってないし、
でも答えの出てない結果は、
結局自分の、本能からの行動で出たと思う。
相手の相談は、聴くことが一番大切だけど。
相手がどんな言葉を言って欲しいのかって考えることも大事だけど。
やっぱり、自分の思ってることを、
「言うべきため」という意思のために曲げる必要はないんだなって思う。
てゆうか、ほんとのほんとに心配で、相談ごとを聴いてるときとかは。
すごく自然に、自分の中から、相手のためを想う言葉が出てくるものなんだなあって、想った。


偽善かもしれないけど、
役に立てて嬉しいって、
ほんと思うよ。










友達のとーちゃんが、
余命1月。
そのかーちゃんは、精神的にも不安定で。
たくさんの重責が友達の上にかかって。
耐え切れなくなってかーちゃんを傷つけては、
それを後悔して自分に憤って、
でもそれを自分で消化できなくて、
あたしに電話をかける。
ガンバレとしか言えない、あたしがふがいない。

そしてさの余命が、
尽きるのではと心配されるその日あたり、
あたしがっつりと旅行中の予定。
・・・なんていうか。
旅行中に友達のとーちゃんが死んだら・・・
どうしよう・・・
支えてあげたいと思う心もあるし、
でも違う友達と綿密に考えた計画がパーになるってのもダメだし。
旅行行きたいし。
金もすでにけっこーかけてるし。
だけどもし亡くなってしまったら・・・とか考えると。
ううううん。
せめて、あたしが旅行を終えて、
ちゃんとヤツを支えられるように身支度整えれるまで、
とーちゃん、頑張ってくれよ・・・。
あああああああああああああああ。
もう、なんか・・・
いろいろだなあ。